下平が学校に来なくなった。
「もしもし、下平?」
『……あれ、どしたん、学校は?』
「こっちの台詞だよ」と俺は言う。「お前、昨日から家にも帰ってないらしいじゃねぇか。今どこにいるんだ?」
『ネットカフェ』
 吐き気がした。
『やだなぁ、今日はたまたまだよ。さすがに親にキレられて家から追い出されちゃってさ。でも今日は昼から「狩り」の約束してたからさ、だからこうやって仕方なく』
「……おいちょっと、今からこっち出てこいよ」
「え、嫌だよ」と下平は否定の言葉を返す。「ちょっと待って、今手が離せないんだ。いいところでさ」
 いいところでさ?
 その台詞を聞いて思わず寒気がして、俺は反射的に思わずケータイを切ってしまう。ハッとして再びかけ直そうとしたところで、多分もうこれ以上の反応は得られないんじゃないか、と俺は心のどこかで確信してしまう。俺は急にアホらしくなってケータイをポケットにしまう。それからため息をついて、アイツについての思考を完全にストップさせる。

 Lena > こんばんはー
 旅砂 > あ、どもです
 フィス・グレイブ > あ、Lenaちゃんこんばんは。
 Lena > ヴォルカノいます?
 +唯葉+ > ヴォルっちは……用があるって言ってどっか行っちゃった。なんか都合とかで一旦ギルドも抜けちゃったし。
 Lena > え、抜けた?


 そう言われてギルド情報ウィンドウに目をやると、確かにメンバー表の中からはヴォルカノの文字はなくなっている。俺は思わず首をひねる。

 フィス・グレイブ > Lenaちゃん、ヴォルカノ君って確か同じ高校だったよね。学校とか大丈夫なの?彼。
 Lena > いや、全然大丈夫じゃないです……w
 +唯葉+ > あっちゃー……
 フィス・グレイブ > 既に笑い事じゃなくなってるけどね。
 旅砂 > でも、今、狩りって色んなところでやってますよ。ヴォルカノさんだけじゃなくて。


 いつの間にか、PKPKは『狩り』という通称が付けられ、一種の『流行』のような形で確実に周りに広まりつつあった。そして、その中心人物のなかの一人として確実にヴォルカノの名前があるのだ。

 +唯葉+ > なんか、嫌だなぁこういうの……
 旅砂 > 黒々としてますよね
 フィス・グレイブ > ……うわ、ちょっ、やばいぞ!


 会長が叫ぶ。

 フィス・グレイブ > 首都に、変な公開チャットがいっぱい立ってる……
 +唯葉+ > は?
 フィス・グレイブ > ……「聖戦」っていうのが沢山。




 俺が首都に向かったときには既に首都はもぬけの殻で、いつもは露店が立ち並び何千人ものキャラが行き交う大通りには、数人程度がパラパラと座っているだけだった。どうやら首都にいたほとんどの人間がどこかに出払ってしまっているようだった。

 怜璽 > ……あれ、君、ヴォルカノさんのギルドの人でしょ?

ふと、残っていた数人の中のひとりに話しかけられた。

 Lena > え、知ってるんですか?
 怜璽 > そりゃ知ってるよ。あの人ってなんか狩りのリーダーって感じじゃん。聖戦でもなんか先頭で率先して歩いてたみたいだったし


 それは初耳だったので思わず驚く。まぁたしかに狩りに熱心になっていたことは分かってたが、そこまでイカつい立場になっているとはさすがに知らない。

 Lena > ……というかあの、聖戦って何なんですか?
 怜璽 > あれ、もしかして知らない?
 Lena > え? はい……
 怜璽 > あー……


 一瞬だけ、間があった。

 怜璽 > じゃあさ、一時的にギルド抜けられる?

 一瞬、何を言うのかと思った。が、ふと彼の名前の下のギルド名が『JIHAD』(ジハード)とあるのに気がつく。それを見た瞬間に俺は全てを理解する。
 会長に断って一時的にギルドを辞め、そうするとしばらくして目の前の彼からギルド加入要請が来る。俺はそれに同意し、ギルド会話に耳を傾ける。


***


 シオン > うわやべぇ死ぬ死ぬ死ぬ 蛇龍 > おらおらー  くりぃむしちゅー〉うわ、ぬるすぎやん wWw > うはwwwwwおkkkkkkkwwww 蝿の王 > うざ 毒苺 > うぜぇ 蝿の王 > お前がうぜぇ シオン > うわ死んだー 田鰻めめめ > なむー 蛇龍 > なむりー シオン > なむありー 田鰻めめめ > うわ南無って言ってたら死んだよ 紅き逆毛 > wwwwww ケヴィン > www ヴァル > ちょwwwwwwwwねーよwwwwwwwww 名無し > ばーか 鋼児 > はいはいワロスワロス レインジャー > お前が馬鹿だ ヒポコンデリー > うるせぇ馬鹿 あっひゃー > ばーかばーか 孤独A > 面白いね君たちw レインジャー > うるせぇ死ね  ゴジラの幼虫 > あれ、死んだ アップル・ロード > 衛生兵ー、衛生兵ーw 中島もら > いねぇよww 奈々氏 > ばーか 孤独A > 面白いね君たちwww ヒポコンデリー > あれ、おされてない? 川澄舞 > あ、マジかも アレク・ウィード > え、うっそ カーニバル > うわ、ホントだ、押されてる押されてる ヒポコンデリー > いやマジだって オヤスミナサイ > そうか? アレク・ウィード > うわ、本当だ ヒポコンデリー > やばいって、全滅だって アルプスの少女廃人 > は、全滅!? 紫藤陸 > うわ、やべぇ来る来る来る来る 蝿の王 > ウザ SILVER > 死んだー 輪廻転生 > うっそ…… うんこ > ひでぇwwwwwww もラえドん > アリエネエ クラウド・ストライフ > スパイがいたんじゃねぇか? ユンボ > スパイ説キタ━━━━━━━━━━!w カーニバル > は?誰だよ 琥珀 > 裏切り者か 翡翠 > 裏切り者だ パーシファル > ♪邪教の使途は、根絶やしにしろ♪ wWw > スパイとか意味わかんねぇwwww マリオ > 誰だよ 名無し > 責任者出て来い プランクトン > 面白いね君たちwww 裏切り者出て来い! 裏切り者出て来い!ww wwwww wwwwwwwwwww wwwwwwwwwwwwwwwwww wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


 いきなり部屋の外で電話が鳴り、不意に俺の意識は現実に戻される。電話の音は2、3コール分ほど鳴り響いた後にやがてふっつりと消えた。親が取ったのだろう。ふと時計を見るともう23時で、こんな時間にいったいどこの誰だと思ったが、しばらくして親が廊下を小走りにやってくる足音が聞こえ、やがて俺の部屋のドアが焦り気味にノックされる。
「ちょっと、下平くんが倒れたって! 過労で……」
 母親の言葉を、俺は他人事のように聞いている。


***


 病院の1203号室のベッドに下平は眠っている。腕に点滴を打ち、まるで今まで取っていなかった睡眠を全て取り戻すかのようなほどの貪欲さでスヤスヤと眠り続けている。俺はベッドの側の丸椅子に腰掛け、下平の顔をずっと眺めている。俺は下平をただじっと見下ろしている。そして俺は、今こいつはどの世界にいるのだろうと思う。
 こいつはログアウトしたのだ、と俺は思う。EOをしたりチャットをしたり狩りをしたり、そういうことをしているそんな自分の姿にある時はたと気付いて、それにすらもはや飽き飽きして現実からログアウトしてしまったのだ。だからこうして今もこんこんと眠り続け、現実の世界から離れてしまったのだ。
 そして俺は、やがて下平の顔を眺めるのにも飽きてしまうと、椅子から立ち上がり、黙って部屋を出て行った。


(終)

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