ふと気が付くと、僕たちはそのおじさんの家だというプレハブ造りの家の前にたどり着いていて、中に案内されると、家の奥からそのおじさんの奥さんだと思われる同じ位の年のおばさんがやってきて、僕らが来たことにびっくりすると、奥からあわててタオルを用意してきて「あらまぁこんなにずぶ濡れで」と僕たちの体を拭いてくれた。
「あなたたちどっから来たの?」とおばさんが言うので、カッちゃんが、「家出してきたんです」と答えると、おばさんは、きょとんとした顔つきになり、それから微笑んで「あらまぁ」とだけ言うと、黙って僕たちを家の中に上がらせて、何も言わずにお風呂に案内してくれた。
 僕たちが呆然としながらお風呂に入り、やがてそこから上がってくると、いつの間にかおばさんは、三人分の子供用の寝巻きっぽいものを用意してくれていて、「うちの孫のだけど入るかしらねぇ」と言って僕たちに渡してくれた。僕たちが着替えて居間の方に戻ってくると、畳の上のちゃぶ台には、何故か僕たち三人分の温かいご飯が用意してあって、おばさんは僕たちを席に座らせると「ほら、お腹減ってるでしょう。冷めないうちに早く食べちゃいなさい」と優しく言った。それを聞いたとたん、何だか僕はとても安心してしまって、そのとたんに目からぼろぼろぼろぼろと涙がこぼれ落ちて、僕はすっかり泣き始めてしまった。見ると、隣の二人も何だか同じようなものみたいだった。



 夕ご飯を食べ終わると、僕たちは家の中の布団の敷かれている部屋のひとつに通されて、その部屋で僕たちは無言のまま明かりを消して、ごそごそと布団の中にもぐりこんだ。しばらくしてどこからかスヤスヤと寝息が聞こえ始めたけれど、僕の目は暗闇の中で冴えきっていて、僕は布団から顔を出して、しばらく見知らぬ天井を眺めていた。ここは一体どこなんだろう、僕は何でこんなところにいるんだろう。涼しげな風に耳を澄ますと、外からは雨の降るしとしとという音が聞こえてきて、それをぼんやり聞いていると、ふと部屋の外でぼそぼそと話し声がするのが聞こえた。さっきのおじさんが電話で誰かと話しているみたいだった。
「――はい、そうです、三人ともちゃんとおります。はい、分かってます。今日はもう遅いので、一応軽く物を食べさせたあとで今はぐっすり寝かせといてあります……、はい、ええ、どうも」
 そうしているうちに僕にだんだんと睡魔が襲ってきて、僕は眠くなりながらもかすかな声で「――カッちゃん」と小さく呼びかける。返事はない。僕は構わず続ける。
「カッちゃん、ごめんね」
「………」
「カッちゃん、ごめんね、カッちゃん……」
 まぶたがだんだんと僕に重くのしかかってくる。視界にゆっくりと黒いヴェールが下りてきて、やがて僕は静かに目を閉じる。眠りに落ちていく瞬間、不意にどこかの布団から何か囁くような声を聞いたような気がしたが、何だか僕にはうまく聞き取ることができずに僕はすやすやと眠りについてしまった。



 朝家を出るとき、僕たちにおばさんたちは何と親切にも三人分のおにぎりを作ってくれていて、おじさんおばさんは僕たちにそれを手渡すと、「気を付けるんだよ」と僕たちを送り出してくれた。僕たちは、おじさんたちからもらったメモつきの地図を頼りに、いつの間にか手元に戻ってきていた自転車で海に向かった。


 そのときの気持ちを、一体なんと表現したらいいのだろう。
 初めて僕たちだけで来た海はとても穏やかで、小さい浜辺を歩きだした僕たちの靴にジャリジャリとした砂が入り込んできて僕たちを困らせたし、波打ち際には沖から流れ着いたゴミがたくさん漂着していて、僕たちを多少げんなりさせた。けれど、朝日に輝く海の地平線はとてもとても綺麗で、僕たちはしばらく無言でそこにたたずんでいた。
 しばらくしてカッちゃんが、僕に「あのさぁ、」と呼びかけた。
「何?」
「あのさ、昨日は、……その、ゴメン、言いすぎた」
「……あ、いや、僕が悪かったんだし、ごめん」
 僕がそう言って会話が途絶えると、僕たちはまた口を閉ざして黙って朝の穏やかな海を見つめた。朝早くだからなのか、周囲に人は数えるほどしかなく、朝の散歩のお爺ちゃんとかがそこら辺をのんびり歩いているほかは誰一人その浜辺に姿を見せなかった。
 急に、カッちゃんが大きく息を吸い込むと「バカヤロ――ッ!」と叫んだ。僕と由希ちゃんは突然の出来事に驚いたが、それからやがてニンマリ微笑むと二人で一緒に「バカヤローッ!」、「ばかやろぉーっ!」と叫んだ。それから僕とカッちゃんと由希ちゃんは、三人でお互い顔を見合わせると、やがて小さな声を立ててクスクスと笑った。
 海はまるで息をするかのように静かに波をよせたり返したりしている。僕たちは一通り笑い合うと、やがてもと来た道を引き返して自転車に乗り込んで、家への道を辿って三人で帰っていった。

(終)

BACK MENU NEXT