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『カニメザウルス
体長2.5m(推定) 体重200kg(推定)
どう猛な肉食恐竜。ふだんは一頭で行動するが、
ごくまれに2,3頭のグループで行動する場合もある。』
そのプレートを読んでから、上方に視線を向ける。
そこには、トカゲを何倍にも大きくしたような感じの骨格標本が展示してあった。僕より何十cmも大きいその身体に目を奪われる。
思わず呟く。
「……かっちょいいなぁ」
「ホント、なに食べてんのかしらね」とポーラが後ろで言う。「食費とかだってバカになんないでしょうに」
「お前、もっとマシな感想は言えないのかよ」
「なぁに、じゃあ『うわぁステキ惚れ惚れしちゃうわー』とか言えば良かったの?」
「ポーラは極端すぎなんだよ」
「いいじゃない、私は私なんだし」
「ねぇジェフ、お前からも何とか言ってやれよー。この人が変なこと言って――」
と言いながら、ジェフを振り返って。
返事は無く、
ジェフは骨の標本にすっかり魅了されていた。
「……あの、もしもし?」
返事は無い。
ただその巨大トカゲの骨に目を奪われていた。
そういえば、フォーサイドの恐竜博物館でもこんな感じだったような。ライスボウルさんにしつこく質問していたっけ。
ジェフはこうなってしまうと、もう1時間ぐらいはこの調子なのだ。
「……どうする?」
「……どう、しよっか」とポーラも頷く。「先行って待ってればいいんじゃないかな……たぶん」
んまぁ、平気だよね。僕も頷く。きっと大丈夫だよ。
……きっとね。
まぁ、僕もなんだかんだ言いながら興味がもてるのは恐竜の骨くらいなわけで、ラムレーズン何世の棺だとかトタンカーメンのなんたらとかは見ても全然面白くなかった。
ポーラの方も『スカラビのピラミッドで発掘された装飾品です』だとかそういうのには少しばかり興味を惹かれるけれども、それが単なる石ころとかだと判別するとすぐに目線を他の方に向けてしまったりする。
結局のところ、よほどの人でないかぎりは博物館のありがたみなんて子供に分かるわけがないわけで。
そして、
あっという間に飽きてしまうわけで。
「あれ、もう出口だ」
時計を見ると2時ちょっと過ぎ。まだ30分も見学しちゃいなかった。これじゃ何のために9ドルも払ったのか分かりゃしない。
僕は、通路出口のロビーのベンチに腰を下ろした。
ポーラもその横にどさりと座り、静かにため息をつく。
「どうする?」と僕は聞いた。
「……どうしよっか。先行っちゃう?」とポーラは言う。「あの様子だと、ジェフあと3時間は戻ってこないわよ」
同感だった。
僕はリュックからさっきのガイドブックを出すと、マップのページをパラパラと開いてショッピングストリートへの道を探し始めた。
ふと、窓の外を覗く。
蒸し暑そうだった。
メインストリートを歩く。
どうやら小さな一軒家の店舗などがあるのは海沿いの方だけのようで、街の方に入ってしまうとフォーサイドばりのビル街が立ち並んでいた。オフィスやレストランなどが並ぶ中で、僕とポーラは二人でショーウィンドウを覗きながら歩みを進めていた。
「えーっと、もうすぐだよここに書いてある店」
「え、どこどこ?」
「ほらここ……うわっ」
ポーラが僕の持っている雑誌を覗き込み、体と体が触れる。
「そ、そんなに近づくなよ」
「しょうがないでしょ、じゃあ本貸してよ」
「やだよ、俺の金で買ったんだぞ」
「じゃあいいでしょ、荷物持ちさん」
むっとして、ポーラのほうを睨む。しかし当のポーラのほうは知らぬ顔で「えーっと、今いる場所は……」などと雑誌を眺めている。
しかし、こんなに近づくと返って暑苦しい。ただでさえ日差しが強いというのに、市街地に入ってしまうとそこはコンクリートの道路で、日光が照り付けて余計に暑かった。時折海から吹き付ける潮風が何よりのオアシスだった。
そしてふと、ポーラの横顔を見て、
彼女のブロンドの髪はさらさらと潮風に揺れていて、
ふわりと、リンスの香りがした。
「……なによ」
僕の視線に気付いて、ポーラが言う。
「顔に何かついてる?」
「い、いやべつに」
「……用もないのにジロジロ見ないでよ、恥ずかしい」
悪かったな用もなくて。
「ねぇどっちが似合うと思う?」
「は?」
振り向くと、ポーラが両手にそれぞれ1種類ずつ、ヘアピンを持ってこっちを見ていた。
いちごが付いた白いやつと、お花の付いた細いやつ。
「ねぇ、どっちがいいかな?」
「……え」
どっちでもいいのでは。
という男心を寸前で飲み込んで、どうするか迷う。頭の中で散々悩んだ末、
「こっち、かなぁ」
細いやつを選ぶ。
「……ふぅん。じゃあこっちにしようっと」
ポーラは微笑むと、また違うところに行ってしまう。どちらがいいか迷っていて、最終的にこちらに判断を任せたのだろうか。まぁ5秒も考えなかったからそんなに気にはならないんだけど。
ていうか、何で僕は雑貨屋に来てるんだろう?
「ねぇねぇネス」
「今度はなに」
「じゃーん」
試着室のカーテンを開け放って、水着姿のポーラがそこにいた。
「……うわわわっ!」
「どぉ?」
どうと言われても、直視できない。
……ていうか、ビキニはさすがに反則でしょう。
「なに、そんなに似合わない?」
「い、いやそういうワケじゃないけどさ……」
両手に抱えた紙袋を脇に下ろし、とりあえず壁に手を付いて深呼吸をする。
照れてるのを分かられたくなかった。
「あ、そういうわけじゃないのね。じゃこれも買っちゃお」
シャッ。
カーテンを閉められて、とりあえず安堵する。
……そうだよな、ポーラって一応女の子なんだよな。
いまさらながら思う。
そして、自分が男であるということも。
買うものも買い、近くの喫茶店で一息ついた頃にはもう時刻は5時をまわっていた。僕は両の手で持ちきれなくなるくらいの紙袋を座席にどさりと置くと、ため息をつく。
「ジェフ、どうしてるかなぁ」
「さすがにまだ見てるって事はないわよね」
ポーラが言って、そうだよねと僕も頷く。
「ていうか、ちょっと買いすぎちゃったね」
「……これは『ちょっと』って言うのか?」
僕は横にある紙袋の山をちらりと眺める。しめて1032ドル86セント。
「だからゴメンナサイって謝ってるじゃない……あ、すいませんこの『避暑地のジェラートサンデー』っていうのひとつ」
「また食べるのかよ!!」
「ネスも、何か頼めば?」
そう言われて、そういえば何か小腹も減ったような気がする。
しばらく悩んで、ポーラと同じものを注文した。
やがてそのジェラートサンデーなるものが2つ僕たちのテーブルにやってくると、僕達は黙ってそれを食べた。
一番下の生クリームの層の上にコーンフレークの層があり、その上にチョコレートソースのかけられたバニラのジェラートアイスが乗っかっている。そしてそこに、3角形に切られたウェハースが1枚だけぽつんと添えられていた。僕はウェハースをパリパリと食べ終わると、今度はバニラのジェラートの頂を崩そうとスプーンですくって口に運ぶ。
「……あ、あのさぁ、」
突然ポツリとポーラが口を開いた。
「え、なに?」
「……やっぱりなんでもない」
ポーラは、なぜか恥ずかしそうに下を向く。
「何だよ言えよ。気になるだろ」
「だ、だって、今更っていうかなんていうか」
ポーラはもじもじしながら呟く。
僕はポーラの何か言いたげな雰囲気につられて、じっとポーラの顔を覗き込む。するとしばらくして、ポーラがやっとのことで口を開いた。
「……あの、今思ったんだけどね。やっぱりさ、男の子と女の子がこうやって一緒に博物館行ったり、一緒に買い物したり、一緒に喫茶店入ったりするのって、こういうのってやっぱり、」
デート。
その3文字が僕の脳裏に浮かび上がる。
そういえば、そんなの気にもしてなかった。
顔と耳が真っ赤になっているのが自分でも分かった。
やはりこの状況は、誰がどう見てもそうだった。そして一度そう思ってしまうと、それをお互いに変に意識しだしてしまって、僕は黙ってアイスを口に運んだ。
ちらりとポーラを見ると、
ふと、目が合う。
「……」
「……」
再び目をそらし、黙って手を動かす。
明らかに気まずかった。何か話題を探そうと思っても頭の中は思考能力がほぼゼロに等しく、何か考えようとすればするほどポーラのことが頭に浮かんできて、すぐに思いを振り払いながらも一生懸命に思考する。考えろ、考えろネス。何か話題提議をしろ。なんでもいいからとにかく口に出せ。
「……この際だから、海にでも行く?」
気が付いたら口に出ていた。