波の音が大きく聞こえた。
 空は真っ赤に染まり、夕日が海を黄金色に染めながら向こうの地平線に体をうずめていた。僕は浜辺に座り込み、波打ち際で打ち寄せる波を足で蹴っているポーラをじっと眺めていた。
 ポーラはやがてそれにも飽きたのか、波打ち際を離れて裸足で僕のほうに戻ってきて、隣に静かに座った。
 どのくらい、そうしていたのかは分からない。
 僕もポーラもなにも話さずに、ただそこでじっとすわって夕日を眺めていた。
「……あのさ、」
「……あのね、」
 ポーラと僕の口が同時に開く。
「……」
「……」
 思わず、お互いに顔を見合わせる。
 そしてまた下を向いた。
 僕もポーラもそれぞれなにも言わず、ただじっと黙っていた。ポーラは足を両手で抱え込み、僕は足を伸ばして海を見ていた。


 なんでこんなに、ひとつひとつのことにドキドキするんだろう。
 うしろめたい事は何もしてないのに。
 どうしてこんなに、ポーラのことが気になるんだろう。
 よく分からなかった。
 僕は、ポーラのことが好きなのかもしれなかった。
「ネス、」
 ふたたびポーラが口を開く。
「ん?」


「キスって、したことある?」


「……ないけど」
 やっとのことで出した声は、緊張でうわずっていた。
 ポーラのほうを見る。
 目が合った。
「わたしも、ないよ」
 ポーラは僕から目をそらして、恥ずかしそうに言う。
 夕日が、ポーラの横顔を黄金色に染めていた。
 きれいだった。
「……してみない?」
 ポーラが言った。
 しばらく間を置いて、僕は気付かれないように深呼吸する。心臓の音がどんどん高鳴っていた。
 僕は頷く。
 正面に向き直る。
 ゆっくりと、まずは右肩に手をかける。その次は左。しっかりと、そっとポーラの肩を抱く。
「いくよ」
 僕が言って、ポーラは目を閉じる。
 僕はゆっくりと、ゆっくりと、ポーラの顔に、自分の顔を近づけていく。
 ふと寸前で思い、
「……本当にいいの?」
「はやくやってよ」とポーラが言う。「……私が、恥ずかしくないとでも思ってるの?」


 唇を、重ねた。
***
「……んもぉ、どこ行ってたのさ二人とも!」
 僕達がようやくホテルに帰ってきたとき、ジェフは僕達二人に向かって一気にまくし立てた。
 自分が博物館を回って途中で、ふと気が付くと二人が近くのどこにもいなくなっていて、30分ぐらい博物館中を探し回った挙句に出口の受付のお姉さんに「その二人なら先にホテルで待っててって言い残して行っちゃったわよ」という言葉を聞いて、驚くヒマもなく急いで博物館を出て、メインストリートの方や昼に訪れたレストランの方まで行って散々駆けずり回ってようやくホテルに帰ってきたが誰も部屋にいなくて、1時間ぐらい待って待って待ち続けてようやく会えたんだよ、どうしてくれるんだよまったく、ということを15分ぐらい長々と聞かされた。
「……ハァ、ハァ……ったく、もうすっごく心配したんだからね……。ほら、夕飯の時間に遅れちゃうよ。今回はたらふく食わせてもらうからね」
 ジェフはぷんすか怒りながら部屋のドアを開け放つと、すたすたと廊下を歩き出す。
 その後ろで立ち尽くしていた僕とポーラは、やがて互いに顔を見合わせた。
 ポーラはくすりと笑う。
 僕も、照れながら笑った。
「ホラ二人とも何してんのー!?」
「……あ、」僕はジェフの呼びかけにやっと気付いた。「……じゃ、行こうか」
「う、うん」
 ぎこちなくポーラは頷く。
 僕はポーラの手をとって、足早に走り出す。
「走るよ」
「……うん」
 ポーラの顔はすっかり赤くなっており、僕は自分の頭をかきながら、先で待っているジェフの後を追った。

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