いつものホテルの2、3倍はするであろうという料金を払ってチェックインを済ませ、僕達は4つのベッドがついた豪勢な部屋に案内された。途中の廊下の豪華な装飾品にポーラは見事に目を奪われていたけど、僕には飾られている絵とか壷とかの価値は全く持って分からなかった。こういうところはやっぱりまだ子供は早いんだろうか。
「うわーっ、すごーい!」
 部屋を見てポーラが叫ぶ。
 窓からは遠くの海が一望できた。太陽に照らされてキラキラと輝く、エメラルドグリーンの海だ。僕とジェフも思わずごくりとつばを飲み込む。
「ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」と言い残してボーイさんが静かにドアを閉めると、僕らはそこら辺の部屋の隅っこに荷物を下ろした。ポーラは早くも窓際のベッドを取り、シーツの上からどさりと寝転がる。
「はぁーあ、一度でいいからこういうリゾートホテルに泊まってみたかったのよねー」
「すごいなぁ、僕雪国育ちだから海なんて初めてみたよ……湖は近くにあるけど」
 ジェフは窓から海を眺め、静かにため息を漏らす。
「……おくつろぎのところ悪いけど、このホテル朝と夕は付くけど昼飯はないんだってさ。どこかに食べに行かないと」
 二人を見て僕は言った。ジェフが窓から目線をこっちに戻して、
「そういえば、向こうのほうに港町とかもあるみたいだし、シーフードレストランのひとつやふたつありそうだね……今から行く?」
「今から!?」
 ポーラが叫ぶ。
「ダメなの?」
「……シャワー浴びるの。こんな汗ばんでちゃたまんないわよ」
 あぁ、なるほど。
 ポーラは荷物の中からタオルと着替えを出して、すたすたとバスルームへと向かう。
 ふと、立ち止まって振り向く。
「ぜっっったいに覗かないでよ」
 睨まれた。
「僕もネスもそんなに意地汚くないってば」
「それにそこまでして死にたくないしね」
「……なんか言った? ネス」
「べっつになんでもありませんよーお姫様ー」
「聞こえてんのよ」
「……じゃあ聞くなよオニババ」
 スカーン!と気持ちいい音とともに、僕の後頭部に洗面器がクリーンヒットする。
「――最っ低!」
 ぴしゃり。
「……なんかいつもこんな調子だよね、ネスとポーラって」
「余計なお世話だよ」
 僕は言って、頭の後ろをすりすりとさする。


 サマーズの高級レストランの料理の値段が目を疑いたくなるほど高かったので、僕達はサマーズと隣り合わせにある港町トトでいかにも庶民的そうなレストランを見つけた。値段もお手ごろだし、肝心の味の方もかなりのものだったので、僕達はすっかり満足した。
 僕は早めにパエリアを食べ終えると、近くの雑貨屋で購入したガイド雑誌に目を移す。
「……あれ、すげぇ。ここの店この雑誌に載ってるぜ」
「本当に?」とジェフが聞いて、僕の雑誌を覗き込む。「……へぇ、街の隅っこにあるのにどうりで繁盛してると思った。……あれ、サマーズって博物館もあるの?」
ジェフはサマーズの中央辺りにある『スカラビ文化博物館』と書かれた場所を指差す。
「そういえば、フォーサイドのライスボウルさんがそんなこと言ってた気もするわね」とポーラは頷く。「ていうか、2人で見てないで私にも見せてよー」
 仕方なく全体マップをテーブルの上に広げ、3人で身を乗り出す。
「ふーん……。あ、サマーズ・ストリートだって。『100店舗以上に及ぶ様々なお店があなたをショッピングの世界へ誘います』」
「なんだか行く気の失せるキャッチフレーズだな、それ」
「……へー。ねぇ、ここ行きたい」
 ポーラが僕の顔を見て言った。
「じゃあ、行ってくれば?」
「なに言ってんのよ、みんなで行くのよ。荷物持ちがいないと困るでしょ」
「……うぇー、やだなぁ」
「だって食料品とか雑貨とか服とか買わなきゃいけないでしょ」
 最後の『服』というところに微妙に気合が入っている気がするけど。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 博物館はどうなるんだよ博物館は!」とジェフがすかさず異議を申し立てる。
「博物館なんていつでもいけるでしょー!」
「買い物だっていつでもできるじゃないか!」
「ねぇ、ネスはどこに行きたいの?」
「えっ!?」
 急に話題を降られて、思わず声が裏返る。「え、俺はべつにどうでもいいよ……」
「じゃあ、ネスは博物館と買い物どっちに行きたいんだよ?」
「……え」
 二人の目が僕をじっとにらむ。
 えっと、これはつまり、これからの行動の権限はすべて僕が握っていると。
「……」
「……」
 あの、そんなに見つめられると逆にプレッシャーが。
 どうしよう、仮に博物館を選んだとするとポーラのマジ切れは確定だとして、僕はどちらかというと博物館で古代の遺産を鑑賞するよりかは食料品や雑貨をあさる方が性に合ってるといえば合ってるんだけど。しかしポーラのことだから服とかの店に入りだすと何時間も待たされた上に荷物持ちやらされて3〜4軒ハシゴ、なんてことにもなりかねないし。というかジェフにもいろいろ男の友情だのなんだのという微妙なアレがあるわけで、
「早くしてよ」とポーラが急かす。
 そんなことはわかってるんだ。早くしなきゃいけないことくらい。
 こういうときだけ優柔不断になる僕。
「え、えっとー、その、俺は……」
 うぅむ、しかし、
 こういうときはやはり、
 折衷案というものを取ったりするわけで。

「……どっちも行こう」

 2人が「はぁ?」という顔をする。
 いや、だからそういう目で見ないで。頼むから。
「……だからその、博物館をチャッチャと見ちゃって、それから適当に買い物しちゃえば済むんじゃないかなー、と」
「それって中途半端って言うだろ」とジェフ。
 だって折衷案だし。
「……まぁいっかー。ネスがそう言うんなら」とポーラは頷く。「うん、よしそれ決定。じゃあそうと決まればさっそく博物館行っちゃいましょ。夕御飯までには間に合うんじゃない?」
「んー、そうだなぁ。まぁ大丈夫でしょ」とジェフも頷き、2人ともさっさと席を立つ。
「そうだよね、僕も実は結構買わなきゃいけないものとかあったりするんだよね」
「でしょでしょー。……あ、でも私博物館って小さい頃お父さんに一回連れて行ってもらったっきりなの。観光名所なんでしょ? 結構楽しそうじゃない」
「うん、博物館ってのはあぁ見えて結構面白いものも置いてあるしね。見てて飽きないよ」
 2人ともなかなか折衷案に満足の様子で、楽しそうに話しながら店を出て行く。
 うむ、よかったよかった。これでこそ悩んだ甲斐があるものだ。
「ん、でも待てよ」
 ということは、
 結局どっちでもあんまり変わらなかったってことではないのか?
「なるほど、結局俺が一番損なのか」
 しかもあいつら、ここの勘定払わずに出て行きやがった。
 全部僕持ちですか。そうですか。
 せっかく父さんからの仕送り金も結構たまってきたっていうのに。
「52ドル7セントになりまーす」
 ……まぁ、いいんだけどね。
 これが本当の、骨折り損のくたびれ儲け。
 ついでに銭失い。
「ありがとうございましたー」

 ……あいつら、前世は詐欺師だろ絶対。

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