それに気付いたのは、自分たちの部屋に向かう途中、ちょうど僕たちがロビーに着いたところだった。
 僕はある種の違和感を感じた。
「ん、どうしたの?ジェフ」とトニーが聞いた。
「……誰もいない」
 ロビーが完全な無人なのだ。ジョージの姿も消え、ふたりの守衛さんもいなくなっていた。
 いやな予感がした。
 僕は周りを見回すと、小走りに歩き出した。
 ロビーは全ての部屋とつながっているため、ここを中心として周りに廊下や階段が並んでいるのだ。僕が一つ一つを軽く確認して、先生の部屋のある廊下の前に来たとき、ちょうど半開きになっているドアが目に入った。
 先生の部屋のドアだ。
「……まさか」
 僕は先生の部屋に近づいていくと、半開きのドアの中にそっと首を突っ込み、中を凝視した。
「うわっ!」
 思わず叫んでしまった。
「ど、どうしたのジェフ……、ぎゃあ! ひっでぇ!」
「え……うわっ!」普段はおとなしいウィルも、このときばかりは声を上げた。
 それは散々な光景だった。
 全ての引き出しという引き出しは開けられ、本という本は全て棚から引きずり出され、ロッカーというロッカーは全ての中身が外に投げ捨てられ、書類という書類はすべて目が通したかのようにめくられ、ファイルから取り出され、床に放り投げてあったりやぶれていたりした。床の下にも、今までたまっていたプリント類などが文字通り散乱していた。
 まるで空き巣に入られたようだった。


 僕たちはそのあと、いそいで先生を呼び出した。先生はというと、ウィルとの面談が終わったあとすぐにグレンのお見舞いに出かけていたために、ちょうど学校を留守にしていたという。
「……な、なななんじゃこりゃあ!」
 このひどい光景を見るなり、先生は叫んだ。そして、呆れているのか途方に暮れているのかよく分からない足取りでそのまま部屋の中にふらふらと入っていく。多分その両方なのだろう。
「なんだか、悪質っていうか手が込んでるっていうか……」
「入念だよね」とウィルは言った。
 部屋の中は、ほぼ全ての調べられる場所が確実にチェックされていた。机の中から雑誌一枚一枚のページの中から挙句の果てには額縁の裏まで、ありとあらゆる場所がその空き巣犯によって調べっぱなし(というのも、調べただけでその後処理というか片づけをしていないのだ)になっていた。多分一〇分もかかっていないだろう。
 空き巣はおそらく、僕たちが小実験室の廊下の現場検証をしていたときにこの部屋をあさったのだろうと推測された。
 犯行当時、守衛さんは校内のパトロールのために一時的にロビーからいなくなっていたらしく、その空き巣はおそらくそのときを狙ったのだという結論に至った。まったく、そういう事をなくすために守衛は二人いるんだろうに……。
「これはやっぱり、アレだろうね」と僕は言った。「犯人は、自分が何を捜しているか知られたくなかったんじゃないかな」
「あ、なるほど。『木の葉を隠すなら森へ隠せ』ってやつだね?」とウィル。
「でも、そうなるとやっぱり調べようがないよなぁ……。犯人もそれを狙ったんだろうけど……」
「ん、こりゃなんだ?」
 ふいに先生が言った。みんなの視線がそちらに集中する。ぼくも先生が持っているそれを凝視した。
 カードのようなものが一枚。
「名刺ですか?」
「……いや、先生の名刺ならさっきあっちに二〇〇枚ほどバラされて落ちてたよ」と先生は声のトーンを落とした。「こんなもの先生の部屋にはなかったんだけどなぁ。……なになに、スノーウッドの亡霊? なんじゃこりゃ」
 一瞬、耳を疑った。
 すぐさまその名刺を先生からひったくると、僕はそれを裏返してそこに書いてある名前を改めて凝視した。


 ――我が名は、スノーウッドの亡霊


 とんだ名刺だった。
 僕は自分のポケットをまさぐった。グレンの事件のときのカードはポケットの中にちゃんと入っていた。ということは、先生の部屋にあったこのカードの方は、ぼくが落としたものではないということで……。
 という事は、先生が犯人? いや、それは違う。いくら先生といえども犯行は不可能だ。小実験室に行くにはやはりかならずロビーを通らなければいけないし、マスターキーも実験室の鍵も事務室にしかない。それになにより先生が犯人だったら、こんなところでこのカードを公表する理由が見当たらない。
 そうすると、考えられるのはただ一つ。
 同一犯の犯行。
 この空き巣と、グレンを殴った犯人は、同じ人物。
 ――何かが、僕の頭をかすめた。
「どうしたの、ジェフ?」とトニーは言った。しかし僕はそれには答えなかった。
 ……思考しろ、思考するんだジェフ。
 ピースは全て揃った。あとはそれを並べ替えて組み立てて、一つの巨大な絵を完成させるだけだ。
 僕は持てるかぎりの全ての脳細胞を使って考えて考えて考えた。
 そして、


「……トニー」
「え?」
「つながったよ、ピースが」と僕は言った。そして続けた。「犯人が分かった」
「え! ちょっとどういうこともがむぐ」
「……ちょっとびっくりするから大声は出さないでくれ」と僕はトニーの口を両手で押さえながら言った。「あと、このことは誰にも言わないで。結構おおごとになるから」
 トニーは口をふさがれたままコクコクと頷いた。
「……実のところ、ちょっと推理には疑問が残ってるんだ。本当にこれであっているのが不安でたまらない。だけどやっぱり"これ"ぐらいしか思いつかない。だから、ちょっとトニーに調べてほしいことがあって。そしたらそのあと明日一緒に犯人のところに行こう」
 トニーは頷いて同意した。

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