廊下の窓を開けると、外の冷気が中に入り込んできた。僕は窓から身を乗り出すと、下を覗きこんだ。眼下には雪に埋もれた中庭の銀色の世界がいっぱいに広がっている。
「事件があったとき、確かにこの窓だけが開いていたんだ」と僕は言った。
「そうだったの?」とウィルが訊いた。
「うん。そのせいですごく寒かったんだ。だから覚えてる」
「でも、何で開いてたんだろ?」とトニーが言った。「確かそのときは外は吹雪だったよねぇ。そんなときに窓開けるなんてグレンも非常識だよね」
「うーん……」と僕はうなると、改めて周りを見回した。
 正面には小実験室のドアがあった。僕はドアノブに手をかけると、小実験室の中をゆっくりと覗き込む。中は寒々とした空気で満ちていた。少し広い部屋の中に、黒い実験用のテーブルが8つほど並んでいた。鼻につく薬品のにおいがした。
「――グレンによると、『ここで少し犯人を待っていたが、来る気配がないので立ち去ろうとしたところで、後ろから殴られた』っていう話だったね」
「それで、何か分かった?」とトニー。
「……うーんと」と僕は言って、ドアの中から首をひっこめた。「僕が考えてるのは、つまり、犯人はどうやってグレンを殴りつけたかってことなんだけど……」
「どうやって、って?」とウィルが訊く。
「証言からすると、グレンは犯人の姿を見ていないんだろ? とすると、犯人はどこかに隠れていて、それでグレンの油断した隙をついて、後ろから殴りかかったってことだ。だから問題は、犯人はどこに潜んでいて、どこから現れて、どうやってグレンに忍び寄って殴ったか、ってことなんだけど。でもパッと見、この周りには人が一人隠れられるようなそんな場所はないし」」
「あれ、犯人って、そこの小実験室に潜んでたんじゃなかったの?」
「それは、考えにくいと思う」僕はトニーに言った。「小実験室をはじめとして、すべての特別教室は門限を過ぎると鍵が閉められるようになってるんだよ。鍵を取りにいくにしたって、守衛さんの入る事務室に借りに行かなきゃいけないし」
「そっか、事件のあったときは夜だったもんね」
「それじゃあ……」とウィルは考えながら言う。「窓から入ってきた、って事はないの? 外部犯の可能性、っていうか」
「いや、」
 そう言って、僕は再び窓の外を覗き込む。
「……この窓は、ごく普通の鍵のついたごく普通の窓だよ。傷ついている形跡もないし、開けるには中から鍵を開けないと外からの侵入は無理だね。外は吹雪だったから、グレンが気まぐれで開けたってことも考えにくいし」
「じゃあ、そうすると」とトニーが割り込んで言った。「やっぱり、犯人は普通に階段を上って……」
「あーいや、だからさ、トニー。もしそうだったとすると、階段のほうから忍び込んだっていう疑いがかかってる人間は、今のところ一人しかいないだろ?」
「あ」
 ウィルだ。
「この話は『ウィルが犯人ではない』ってことを前提に話を進めているんだから、それもやっぱり違うだろ?」
「うーん、そうか……」
「えっ、ちょっと待ってよ。それじゃあ――」
 ウィルが、僕らに向かって言う。
「それじゃあ、犯人はいったいどこから現れて、どこに消えたの?」
「……」
「そう、それなんだよね」僕は頷く。「……まぁ、それはちょっと前からうすうす分かってたことなんだけどね。ちょっと整理してみようか」





「……大体、こんな感じ」僕は適当に図示して見せた。「小実験室には鍵が掛かっていて、中には人は入り込めなかった。階段からやってきた人間も今のところなし。窓は開いていたけど、外部からの進入はとりあえず不可能だ、と」
「もともと犯人なんていなかった、ってことは?」とトニーが言った。「あ、いや、……こういうこと言いたくないんだけど、その、グレンが自作自演したとか」
「動機がない」と僕は言った。「ウィルがトイレに言ったのは丸っきりの偶然だし、ウィルのいじめ目的にしては手が込みすぎてると思うね。偶然にも頼ってるし。……だから」と僕は腕を組んで目を閉じた。「誰にも、こんなことはできないんだよ」
 誰もが口を閉ざさずにはいられなかった。
 いや。……いや、ただひとりだけ、ひとりだけそんなことができる人物を挙げるとすれば……、「亡霊」ぐらいだった。
「スノーウッドの亡霊、か……。あーもう! 現場検証を先にやってればもっとグレンからいろいろ聞き出せたのに。ギャリーとか怒らせちゃったし、これ以上病院にいくのはヒンシュクだろうなぁ……。くそッ、僕のバカバカバカ!」僕は悪態をついた。
「ジェフのせいじゃないよ」とトニーは僕に言った。「もう一回戻って、考え直してみようよ。階段にはジョージもいるだろうし、何か解決案が見つかるかもしれないよ」
「うん、そうだね」ウィルも頷いて同意した。僕もしぶしぶ頷くと、トニーが先頭に立って階段の方に戻り始めた。

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