「……とりあえず怪我については、幸い命に別上はなかったそうだ。しかし、念のため病院の方ににしばらく入院するらしい」
 事件の次の日。
 僕たちスノーウッド寄宿舎の面々は、全員先生の部屋に呼び出された。
 先生はため息をついたあと、
「……しかし、いたずらにしてはタチが悪すぎるぞ。どういうことなんだ、これは」
 そんなこと言われても僕は何を言っていいのか分からなかった。周りを見回したが、みんなはそろって下を向いていた。
「……よし、みんな目を閉じろ」先生は言った。
 僕はゆっくり目を閉じる。
「言うなら今の内だ。この中で、グレンを殴ったヤツは黙って手を上げなさい」
 みんなは黙っていた。
 僕は耳を澄ましたが、物音一つ聞こえなかった。
「……もう一回言うぞ。グレンを殴ったやつは手を上げろ」
 先生が言った。誰も手を上げなかったのだろうか。
 僕は、再びじっと目を瞑っていた。
 目蓋を閉じると、目の裏に昨日の事件が焼きついているのが分かった。今も、まるでさっきのことのように思い出すことができる。
 真夜中の寄宿舎。階段を上がって、そこからまっすぐ伸びる廊下。あたりを非常灯だけがぼんやり照らし、突き当たりには物理準備室とかかれたドアがある。
 そして、そこで倒れていたグレン。開けっ放しの窓から冷たい風が入り込んでくる。窓の外は吹雪が吹き荒れ、ほとんどなにも見えない。
 不意に窓の外に、怪しげな影が浮かび上がりだした。その影は僕を見つめ、そしてニヤリと笑った。
 僕の背筋に悪寒が走った。
 その場から急いで逃げ出そうとするが、なぜか足が動かない。足の方を見ると、さっきまで倒れ込んでいたはずのグレンが起き上がって、僕の足にしがみついている。
「……たすけて、痛いよ、ジェフ……」
 鈍器で殴られた頭からは血が溢れ、額をつたって下に滴り落ちた。
「頭がとっても痛いんだ。助けて、助けてジェフ……」
 再び前を向くと、亡霊は僕の目の前にまで迫ってきていた。
 僕の体中に鳥肌がたつ。
 やがて、その亡霊は口をゆっくりと大きく開いた。鋭い牙と大きな舌が、僕の頭を飲み込んで行こうとする。
 僕はそれでも必死に抵抗した、しかし、足はさっきよりもがっしりと固定されている。
 僕の心は、恐怖に支配されていた。
 来るな。
 来るな。
 来るな。
「―――誰一人として、生かすわけには行かぬ」

「よし、もういいぞ」
 僕は目を見開いた。
 そこは先生の部屋で、夜の廊下ではなく、僕は思わず安堵の息を漏らす。
 先生はしばらく思案している様子だった。
「――……先生、」
 ずっと黙っていたボビーが、先生に向かって言った。
「……なんか自己弁護するみたいでイヤですけど、おれが最後にグレンに会ってからは、ずっと自分の部屋にいました。本当です。ウィルも一緒にいましたし」
「本当か? ウィル」
「……はい。嘘じゃないです」
 悲しそうにしていたウィルも、ようやく口を開いて言った。
「その、最後にあったってのはいつかね」
「8時過ぎくらいだったと思います。ちょうどその時は僕らもいっしょにいましたし」
 今度は僕が割り込んでそう言って、僕たちが最後にグレンとあったときの事を順々に説明していった。そうすると、また先生は考え込むようにする。
「……じゃあ、ギャリーとグレンはそのまま部屋に戻ったんだな?」
「はい、そのあと30分ぐらいして、兄ちゃんがトイレに行ったんです。それで、それからずっと兄ちゃんが戻ってこなくて、それでジェフとトニーと一緒に捜しに行ったんです」
「……そうか」先生は呟いた。「ジョージは、ロビーで何をしてたんだ?」
 僕たちの視線が思わずジョージに集中する。ジョージは少し黙って、
「……僕は、守衛の人と話をしてました」ジョージは言った。「でも、そう考えると50分以上も話し込んでいたんですね……。まぁ、守衛さんたちの部屋はストーブ点いてたので風邪は引きませんでしたが」
 ……だから何でそんなに話が合うんだよ。世代がいくつ違うと思ってるんだ? サバ読んでるのか?
「……そういえば、守衛の人と話し込んでるときに、確かにグレンがロビーを通ったのを見ました。ほら、守衛さんの部屋って窓からロビー全体が見回せるんですよ。まぁそんなに広くもないから、見回すって程でもないですけど」
「ふむぅ……」
 へぇ、それは知らなかった。まぁ、たしかにそうでもないと守衛さんなんている意味ないんだけど。
「……あ、そうだ。そういえば――」
 ふと、ジョージが思い出したように呟いた。また全員の視線がジョージに注がれる。
「あの後……たしか2分ぐらい後だったと思うけど、
 確かにロビーを通ったよね。ウィル君」
「えっ!?」
 突然呼ばれて驚くウィル。
「……本当か?」
「えぇ、確かに見ましたよ。守衛の方に話を聞いてもらえばすぐ分かると思います」
 先生の言葉に、ジョージが相槌を打つ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 確かにそれくらいの時間に、僕はトイレに行ったような気がしますけど、グレンとは何の関係もないですよ」
「まだそんなことは誰も言ってないだろ」
「で、でも、疑ってることは事実でしょ? 先生、僕は……」
「黙るんだ」
 先生が一括し、ウィルは縮こまる。先生は再び深くため息をついて、
「……分かった。もうみんな部屋に戻りなさい」
「先生! 信じてください!」
「いいからもう戻るんだ」
 先生の言葉に思わず怒気が混じる。
 僕の隣にいたトニーが、僕の袖をくいくいと引っ張って、「戻ろう、ジェフ」と呟いた。「もう行こうよ」
「……そうだな」
 僕も言って、先生のドアをくぐった。その後に続くように、ギャリーも、ジョージも、そしてボビーも部屋を出て行く。先生は、ウィルに何か耳打ちした。ウィルは、それにしぶしぶと行った様子で頷いて、やや遅れて部屋を出て行った。



「……ねぇジェフ」
 椅子に座ってなにやら考えていたトニーが、急に僕に言った。
 あのあと部屋に戻った僕たちは、1時間ぐらいボーッとしていた。今日の授業は、先生がグレンのお見舞いに行くとか何とかでほとんど無いに等しい状態になった。まぁ期末の範囲はもう終わっていたし、別にかまわなかったが。僕は、そのときちょうどベッドに寝転んで読書をしていた。
「……なんだよトニー」
「あのさぁ……、」トニーはちょっと黙ってから、そのまま続けた。「……ウィルが、犯人じゃないよね?」
 僕は黙った。
 そんなの答えられる訳ないじゃないか。
「……ジェフはどう思う?」
「トニーは信じてないの?」
「そんなこと無いけど……」トニーは思わず口ごもる。
「たとえウィルが犯人でもそうじゃなくても、信じてあげなきゃ」僕は言った。「僕たちがウィルを信じないことには、ウィルは自然に犯人になっちゃうよ」
「……え、どういうことだよ」
「レッテルとかの話だよ。僕たちがウィルを犯人だと決め付けちゃったら、ウィルはそのまま犯人だと言われ続けることになっちゃうってことだよ。そうだろ?」
「……そっか」
 トニーはそう言って、ふたたび黙った。
 窓の外の雪は小ぶりになり、そろそろやんできそうだった。まぁ仮に雪がやんだとしても、ただでさえ散々降ってたのだから大地には何十センチも積もっているに違いない。僕はため息をついた。
 今頃ウィルはどうしているんだろう? 先生の部屋を出るときに先生に何か耳打ちされていたようだけど、あれから呼び出されたりしたのだろうか。あれはそういう事を伝えてたのか?
 ……と、
「そうだよ!!」
 トニーが突然椅子から立ち上がった。
「……は?」
「そうだよ、僕たちが信じてあげなきゃいけないんだよ!」
「……それで?」僕は尋ねた。「どうしたんだよ急に」
「だから、僕たちがウィルの無罪を証明してあげなきゃ!」
 トニーは僕に叫んだ。気のせいか、目もきらきらと輝いている。
「……なるほど」
「だろ? それじゃあ行こう!」
「……どこに」
「だから推理だよ推理! ウィルが犯人じゃないっていう、その証拠を探しに行かなきゃ!」

 ……あぁ、そういうことか。いつか言い出すかなぁとは思ってたけど。
 それがトニーのいいところでもあるんだけど。
 やろうと思ったら何も考えずに行動する、その行動力。
 僕にはない、その力。
「よし、分かったよ。じゃあ行こうか」
「……うん!」トニーは力強く頷いた。「よっしゃあ、燃えてきたぞー!」
 トニーはうれしそうに叫びながら、部屋を飛び出して行った。
 おいおい、雪も降って湿度も高いし、そんなに張り切って転んでも知らないぞ。
 と、それと同時に盛大にずっこけるトニー。言わんこっちゃない。



 ……でも、
 トニーにそんなに心配されているウィルに、
 ちょっとだけ嫉妬しちゃったのは、秘密だったりする。

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