12

『おい!』
 目を開けると、そこには闇が広がっていた。
 時おり遠くのほうで稲光のようなものが見え、それが彼のまわりや足場を一瞬だけ照らしてみせた。そこは、道だった。広い道だ。両側は切り立った崖になっており、そこから覗いても、崖の一番下は見えそうになかった。しかし底の方では、一定感覚で、まるで呼吸するようにして、淡い光が発せられては消えたりしているので、それも歩く助けの一つにはなっていた。
『おいってば!!』
 呼ばれたほうを振り向くと、そこには、巨大な蜘蛛がいた。いや、蜘蛛ではなく、蜘蛛の形をした機械じかけのロボットだった。本体から長い八本の足が出ており、それがあまりにも機械ばなれした、生き物じみた動きをしていたため、そう見えたのだった。本体はカプセル・ポッドのようになっていて、その中に、人が入っていた。太った、子供のようだった。
『聞いてるのか?』本体のスピーカーの中から声がした。中の子供の口は、動いていなかった。『ふん、こんなところにいたのかよ。ちょうどよかった。僕のこと覚えてるだろ?』
 彼は、首を振った。
『……チッ。使えないやつめ、人の顔だけはどうしても覚えられないらしいな――、ゲホッ! ゲファッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!
 中の子供の体が、とつぜん痙攣するように跳ね上がった。
『ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……、まぁいい。僕は、ポーキー。お前を作るように命令したやつだ。分かるか、お前はいわば僕の分身なんだ。偉いんだぞ、僕は。分かるだろ?』
 彼はうなずいた。
『よし、上出来だ。いいか、お前はここから先に行って、この道の行き止まった所にある「針」を、もう抜いてしまえ。そうしたら、全部終わりだ。へっへっへ。ざまあみろ、先に抜いちまえばこっちのもんだ……ハハハハ、ハハッ、ゲホッ、ゴハッ、ゴホッ! グホッゴホッ!
 中の体が、また人間の動きではないような形に硬直し、それから、また少しずつ元に戻っていった。
『……ハァハァ、ハァ、ちくしょう、笑うと、苦しいな……、くそっ、ふざけんな、畜生、畜生……。なんだよ、いつまで見てるんだよ!』
 子供は怒鳴った。彼は首を振った。
『くそっ、早く行け! 僕はもう少しここで休んでる』
 彼はうなずき、それから、歩き出した。



「クラウス!」
 歩いていた彼は、後ろを振り向いた。
 その目線の先に、両ひざに手をつきながら息を切らして立っている男がいた。カウボーイハットを頭にかぶっており、その顔をあげると、その頬のこけた憔悴しきった表情が見て取れた。彼は、その顔をどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。男はごくリとつばを飲み込むと、それから一呼吸おいて、
「やっぱり、そうだ、クラウスなんだろう」
「……」
「クラウス!」
 男は一歩一歩、彼に向かって近づいていった。彼は、あわてて空を手で切った。その瞬間、男に稲妻が走り、男は音を立てて、地面に倒れこんだ。その拍子にかぶっていたハットが風で飛び、向こうへ流されていった。男は、動かなかった。彼は先へ行こうとした。
「……ま、待て……」
 彼が再び振り向くと、倒れていた男が、懸命に立ち上がろうとしていた。息を切らしながら何か言っていた。
「思い出してくれ、父さんだ。クラウス! ……なぁ、あの時、リュカがコーバへ行っていたとき、森ですれ違ったのは、お前だったんだろう!? おかしいと思っていたんだ、あそこに、リュカがいるはずがないんだから。……クラウス!」
「……」
 ヘルメットの奥から、一定感覚の低い音が耳鳴りのように響いてきて、その男の声をかき消した。彼は、男が何をいっているのか理解できなかった。彼は、首を振り、そしてくるりと向きを変えて、歩きだした。
「クラウス!」男が叫んだ。「答えてくれ、クラウス!!」
 彼は、振り返らなかった。



 その間、彼はずっと正体の分からない痛みに苦しんでいた。
 体じゅうが痛みはじめたのは、少し前、チュピチュピョイの古代神殿に、六本目の針を抜きに行った時のことだった。神殿の扉の前には大量のツタが生い茂っており、なぜかそれらは氷のように固まっていて動かなかった。引きはがすことも燃やすこともできず、彼が手をこまねいていると、そこに「彼ら」がやってきたのだ。
 彼らは、男二人と女一人、それから犬の一匹で構成されていて、男のうち一人は、彼と同じくらいの背格好の少年だった。彼が、撃退しようとその彼らに向かって雷を放ったとき、普段ならどんな防御でさえも突き破るはずの雷撃が、その一人の少年に当たった瞬間、それは見事に跳ね返り、逆に彼にぶつかってきたのだ。
 その時の痛みが、まだ体の中に残っているような気がした。何かの拍子にふとそれは、全身をかけめぐる痛みとなって、彼を襲った。どんな時に、どうしてこんな痛みが彼をかきむしるのか、彼にはわからなかった。痛みだけがただそこにあった。



 針は、道をずっと進んだその終わりに、ポーキーの言うとおり地面に突き刺さって立っていた。黄金にきらめくその七本目の巨大な針を、彼はしばらくぼうっと見つめていた。その白い炎のような輝きに、彼の顔は火照るほどだった。彼は、首を振ると、それから手を伸ばした。
「クラウス!」
 その名をまた呼ばれ、彼は振り返った。そこに、彼らがいた。
「やめろ!」先頭に立っていた例の少年が、彼に向かって言った。「その手をどけるんだ!」
 バックパックから、彼は、ビーム・ブレードを抜き取ると、それを彼らに向かって振りかざした。その先から何倍にも増幅された電撃が放たれる。その瞬間しまったと思った。彼らのうち二人と一匹が吹き飛ばされる中で、例の少年だけが、その場から一歩も引かず、電撃をはね返してきた。
「!!!」
 あごの下から思い切り殴られたような衝撃だった。頭がぐわんぐわんと鳴り、体が宙を舞った。彼は、勢いを殺しながら体をくるくると回転させて、針の数メートル前に何とか着地したが、その途端にひざからがくんと地面に倒れこんだ。手足の痺れがまだしぶとく残っていた、彼は、険しい表情のまま立ち上がった。
「クラウス!」少年が言った。「もう、やめてよ、敵の言うことなんて、もう聞かなくてもいいんだ!」
 耳の奥の音が、だんだんと強くなっていくような気がした。それは彼の迷いを失くした。
 彼は標的を少年に定め、PSIの力でその場で高く飛び上がると、少年に向かって高速で突進していき、ビーム・ブレードで切りつけた。少年はとっさに持っていた棒を目の前で構えてこれを堪えた。彼は、いったん離脱し、それから片手で衝撃波を続けざまに放った。少年は応戦せず、ただ目をつぶって体を小さく丸めながら、それに耐えるようにしていた。
「クラウス、やめて……!」
 少年が小さな声で言った。少年が倒れないので、彼は、衝撃波をさっきより強く、さらに連続で、何発も放った。耐えている少年の、足元まわりの地面が反動で砕け、削れていった。少年はまだ倒れなかった。かろうじて動かせる片手を使って、少年はPSIのシールドを作り出したので、彼はもう一つの武器のシールド・キラーに持ち替えて、それを打ち消した。
 そうだ、こいつは、自分と同じくPSIが使えるのだ、と彼は思い出した。以前戦ったときでも使っていた。それならば、何故それで応戦しない? 何故耐えるだけで何もしないのだ?
「クラウスーっ!!」身を削りながら、少年が叫んだ。
 耳元で聞こえる低音のリズムは、さらに強くなっていった。彼はビーム・ブレードを握りしめ、再び少年に向かって突撃しようとした。

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