11

 、は目覚めた。
 目覚めたのはベッドの上でなく、体力回復用のカプセルの中だった。青のブラックライトが、何もまとっていない彼のまっさらな肌を照らしていた。彼は、外へ出ようと思った。目の前の扉を手で前に押し上げると、それは簡単に開いた。彼はそこから起き上がった。開くと同時に、カプセル内の冷気がむわっ、と外に流れ出て、煙のように下へ流れていった。
 そこは、どこなのか分からない白い壁に囲まれた部屋だった。身体を起こしてカプセルの下を覗くと、何本もの太いチューブやパイプが、カプセルの下から伸びていた。まだ意識のはっきりしない頭で、ぼんやりと辺りを見回していると、天井に取り付けられていたスピーカーから電源が入ったような音が聞こえ、それから、声がした。
『やっと目覚めたか。ヌヘッ』
「……」
『気分はどうだ?』
「おまえは誰だ」と彼は言った。「ここはどこなんだ?」
『俺はヨクバ。お前を生き返らせた者だ。服を着替えて、そこで待っていろ。今からブタマスクたちがそっちに迎えに行く』
「……」



 ブタマスクたちによって、彼は、いまさっき居た部屋よりも何倍も大きな、違うホールへ連れて来られ、そこでPSIに関するいくつかの実験を受けさせられた。能力の使用については問題なかった。彼は、サルセイウチもこもちカンガルーザメも、ものの数秒で倒してみせた。すばらしいぞ、ヌヘヘヘ ヘ、とヨクバの声が言った。
 それから数回の実験の後、彼は、今度はまた別の部屋へと通された。そこは、ただの簡素なこじんまりとした個室だった。家具も、白いベッドと小さい棚があるほかは、目に付くものはほとんど何もない。ほんの少しだけ開けられた窓からは、穏やかな風が入ってきていて、部屋の壁の色と一緒の白いカーテンが、さらさらと静かに揺れていた。
 ここはあなたの部屋です、と、後ろのブタマスクが彼に言った。彼は、そうなのか、と思っただけで、特に他には何も思わなかった。まったく見覚えが無かったのだ。後ろのブタマスクはやがて敬礼をすると、持ち場へ帰っていった。
 彼は一人その部屋に取り残され、きょろきょろとその部屋の中を見回していた。ふと、その数少ない家具の一つである棚のほうへと歩み寄っていき、そこに取り付けられていた引き出しを開けてみた。中には、一冊のノートが無造作に入っていた。彼はそれを手に取ると、近くにあった丸椅子を引き寄せて座り、それをぱらぱらと眺めてみた。どうやら日記のようだった。子供のような下手な文字で、その日あったことや思い出した過去の出来事などが、淡々とつづられていた。
 ふと、最後のページから、何か紙のようなものがはらりとこぼれ、床に落ちた。彼はそれを拾ってみた。写真だった。家族の写真だ。
 計4人の家族と犬が一匹、まず父親らしき背の高い男が、カウボーイ風の格好で静かにたたずんでおり、その隣にいる妻らしき女性も、こちらに向かって優しげに微笑んでいる。その前には、顔も背丈も瓜ふたつの二人の少年が、真ん中にその茶色のむく犬を挟んで、一緒になって笑っていた。一人は心底おかしそうに、またもう一人は、少しだけはにかみながら。
 彼はふと、その写真を眺めているうちに、こめかみの部分に微かな鈍い痛みを覚えた。彼は目を閉じると、ゆっくりと呼吸しながら、頭を押さえた。頭痛はなかなかおさまらなかった。頭ぜんたいがきりきりと締め付けられるように痛むのだ。彼は荒くなった息を整えながら、写真をノートに戻し、それごと元の棚にしまうと、目元を押さえ、そのままベッドの上に倒れこんだ。気分が悪かった。胸が、苦しいのだ。
 そして彼は、それから少しだけ眠った。



 目が覚めると頭痛はもう治っていた。彼がベッドから身を起こすと、そこにヨクバが、二、三人のブタマスクたちを引き連れて、何か身に着けるための鎧のような物を持って、立っていた。
「……それは何?」
「お前の装備だ。今日からこれを着けていろ、外すことは許さん。特に仮面はな」
 彼は、それを受け取った。ヘルメットのような銀の仮面と、軍服、それから、後ろに背負うズシリとしたバックパックだった。
「それを着けたらすぐに出かけるぞ。イカヅチタワーだ。どうやら、何匹かネズミが入り込んだらしい。……あぁ、そうだ、言い忘れてたが、お前は、副指揮官から正式な指揮官になった。以前の指揮官殿はいなくなったからな」
「……」
「おもてにスカイウォーカーが停めてある。お前はそれに乗って母船と合流しろ。それからは待機だ。おれは一足先にポークビーンで行って様子を見てくる」
「……」
「分かったら返事をしろ!」
「はい」



 ヘルメットをかぶると、耳の奥から心臓の鼓動のような、低い地鳴りにも似た音が聞こえてきた。それはとても微かで、普段ならほとんど気にもならないほどだったが、それを聞いていると、なんだか頭の中にかかっている重苦しい霧のようなものが次第に晴れていくような気がした。息をするのが楽になり、何かじゃまな雑念のようなものが取り払われていくようだった。もう何も怖くはない、と彼は思った。
 部屋を出、廊下を抜けて、入り口のホールに差しかかったとき、ふと目が受付のデスクのほうを向いた。以前なら、自分はいつもそうしていたような気がしたのだ。そこには人がいる代わりに、女性型の受付ロボがいるきりだった。彼は目をそらした。なぜ気になったのかさえ、その次の瞬間にはもう忘れていた。

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