一番はじめの記憶は光だった。まばゆい光。目も開けていられないほどの光だ。最初それが何なのかぼくには分からなかった。しばらくして、ぼやけていた視界がしだいにはっきりしてくると、それが天井に取り付けられていた蛍光灯であることが分かった。
「目が覚めたか?」
 どこからか声がした。しかし、どこから聞こえているのかはっきりしなかった。全体的な遠近感がまるで掴めなくなっているのだ。視界もそうだった。眼球が常にぐらぐらしているような感じで、自分が見たい方向へ自由に目を向けることができない。見えている周りの風景も距離感がなく、何が遠くにあって、何が近くにあるのか、どういう風に空間ができているのか、という事すら把握できなくなっていた。すべてが平面の絵のように見え、そこに虚空がある、という感覚自体わからなくなっていた。
「体は動かせるか」
 また、さっきの声がした。
 ぼくは身を起こそうとしてみたが、首から下にかけて、まったく力というものが入らなかった。
「聞こえてるのか? まばたきをしてみろ」
 ぼくは、言われたとおりにまばたきをしてみせた。まぶたは動かせるようだった。
「ふむ。意識はあるが、まだ完全に神経がつながってないようだな。……報告書に書いてあった通りだ。まぁ、生き返ったこと自体がそもそも奇跡だったのかもしれんが……」
 声は、男の声だった。ぼくには話の内容がまるで分からない。男は続けて、
「俺様の名前はヨクバという。お前を生き返らせてやった者だ。お前はキマイラになったんだよ、機械と人間の完全なるキマイラだ。……キングPさまのご提案によってな。感謝するんだぞ、史上初の『人間キマイラ』になれたことにな。まったく、ポーキー様もお戯れがすぎる、いくら力があるとはいえ、こんな死にぞこないみたいなものに……」
 それだけ言うと、ヨクバというその男は満足したのか、足音を立ててそこから去っていった。ぼくは目を閉じ、それから眠った。



 何日かすると、だんだんと手足も動かせるようになってきた。とはいえ、それはあくまで局所的なことに過ぎず、たとえば手の指が一本二本曲げられるようになったり、首が動かせるようになったり、といった程度のことだった。
 ぼくはようやく、自分が一個の生命体であることを認識できるようになった。が、しかしそれはあくまで漠然とした感覚でしかなかったし、それに、自分がそういったことを完全に意識できるようになる頃には、ぼくは、もう自分がそのようなものであるとは思わなくなっていた。
 自分は死にぞこないなのだ。死んでもいないし、生きてもいない。人間ですらなかった。
 ぼくの体の肌の色はところどころ違っていた。まるでつぎはぎした布か、違うピースの混ざったパズルのようだった。違う場所に違うピースを入れても、きちんとはまるはずがない。そこには違和感しか残らないのだ。
 やがてぼくはひとりで立って歩けるようになった。恐るべき回復力だ、とまわりのドクターたちはひそかにささやきあった。やはりPSIの力が影響しているのかもしれない、ヨクバ様の話は本当だったのか、と彼らは口々に話し合っていた。ぼくには相変わらず何がなんだかさっぱりだった。彼らもまるで、その場にぼくがいないかのように平然と話していた。
 ぼくは白い下着とそでの短い服を着せられ、(この時になって初めて、ぼくは自分の左腕に「1-sample」という文字が捺されていることに気付いた)、部屋の外へ連れ出してもらえるようになった。部屋の壁も外の廊下も、すべて一様に白く塗られていた。ぼくを引き連れる男のドクターや、ときどき廊下ですれ違う人たちは、みんな白衣を身にまとっていた。
 ドクターに連れられ、ぼくは、とても大きくて広い部屋に入れさせられた。その部屋も、壁や床や天井が一様に白くて、そしてぼくの前方には、一本のプラスチックでできたパイプが立っていた。
「おい、聞こえるか」
 部屋のスピーカーからヨクバの声がした。(その頃には、ぼくは既にはっきりと物の距離感がつかめるようになっていたのだ。)
「ためしに、そのパイプを破壊してみろ」
 ぼくは、言っている意味がよく分からなかった。子供の手でこんなものを壊すことなんて不可能だ。
「聞こえないのか」ヨクバの声が急きたてるように言った。「念じるんだ。PSIを使ってみろ」
 ぼくはためしに想像してみた。そのパイプが、巨大なハンマーでも振り下ろされて、粉々に砕けてしまう様子だ。するとその瞬間、目の前のパイプを耳をつんざくような雷鳴と、目を覆ってしまうほどの閃光が襲った。しばらくして、ぼくが恐る恐る目を開けると、パイプはその場で跡形もなく砕け散ってしまっていた。
 おぉ、と、スピーカーの奥から男たちの声が漏れた。



 そして、それからもぼくは、彼らに色々な実験を受けさせられたのだった。多くは『PSI』と彼らが呼んでいる、ぼくの持つこの不思議な力についての実験だった。相手は、パイプからコンクリートの柱になり、機械を埋め込まれて改造されたトナカイになり、それから、体がウシで首から上はヘビの奇妙な生物になったりした。雷の一撃で倒せてしまう相手もいれば、びくともせずに襲い掛かってきて、逆にこっちが半殺しの目に遭うような相手もいた。そのうちにぼくは、衝撃波のような光の波動を出して、敵を攻撃する技も自由に使えるようになった。たいていの相手はこれで息の根を止めることができた。
 PSIをたくさん使うと、後頭部のあたりに、なにか重いしこりのようなものが残った。頭がうまく働かなくなり、また、じんわりと熱っぽくなって、すぐに疲れるようになった。大抵、一晩寝るとそれらは良くなっていて、その時にはまた一段、PSIの強さが増していた。
 首のうらに、金属製の丸い破片のようなものが埋め込まれているのに気付いたのもその頃だった。よく触ってみると、表面には、ネジのようにドライバーをはめる部分が刻まれていた。
 ぼくは、自分の部屋で誰も見ていないときに、スプーンの先端をあてがって、ひねって外してみようとした。そのとたん、首すじにまるでぶ厚いナイフを尽き刺されて、ねじられたような鋭い痛みが襲った。ぼくは痛さのあまり声を上げて地面に転げ倒れ、その場にのたうち回った。気を失いかけ、びくんと軽く体が痙攣した。胃液が喉の奥からせり上がってきて、それを二、三度吐いた。金属片に触れるたびに、そんな痛みが全身の骨のずいまで駆けめぐるので、そのたびにぼくは体を震わせ、長い息を吐きながら痛みに耐えていた。涙が出た。それ以来、そこにはできるだけ触っていない。

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