誰かが、ぼくの体を揺さぶって呼びかけていた。眼を覚ますと、ぼくの視界には仲間たちの顔が写り、彼らは心配そうな表情を浮かべながら、ぼくの顔をのぞき込んでいるのだった。ぼくが目を開けたのに気がついたのか、ぼくの周りを囲んでいた彼らはわっと歓声を上げた。
 ぼくはどうやらまた薄暗い火山の洞穴に戻ってきたようだ。地面が熱を持っており、少し身体を動かすたびに、かたい砂利がぼくの肌に食い込んだ。ずいぶん場所移動の激しいことだ。ぼくは肘で身を支えながらその場でゆっくりと上体を起こした。
「どうやら、無事で済んだみたいだな」と隣のプーがぼくに言った。
「……ちっとも無事じゃないよ。まったく、ひどい目にあった」
「遅れてごめんなさいジェフ」傍にいたポーラがぼくの手を取って語りかけた。「もう少し早く駆けつけられたらよかったんだけど……予想以上に時間がかかっちゃって。おまけに、あと一歩ですれ違うってことばかりだったの」
「まーでも、おかげでオレたちもヒーローみたいでカッコよかったろ?」
「ネス! なんてこと言うの!」後ろにいたネスに向かって、彼女のヒステリックな声が響く。「少し黙ってて!」
「そ、そこまで言うことないだろ。冗談だって冗談……」
 ネスは両手を頭の後ろにまわしながら、ポーラをなだめるみたいに、ひきつった笑いを浮かべる。その調子にぼくも思わず苦笑してしまった。
「ジェフ」
 プーが声のトーンを低くして、心配そうにぼくを見た。ぼくは、普段どおりに笑ってみせた。
「……いや、ネスの言うとおりだよ」ぼくは言った。「君たち、本当に正義のヒーローみたいだったんだよ。おかげで助かった。たしかに、マジカントは酷いところだったけど、でも、ショック療法って言うのかな、これできっともう、過去にこだわってしまうこともないと思う。思い出すことはあってもさ。……にしても、みんなには最後まで助けてもらっちゃったな。自分が情けないよ、ホント」
「だが、まだ『最後』じゃないんだろう?」
 ぼくの言葉にプーはそう答える。ぼくは、一瞬きょとんとしてしまったが、やがて、そのことを思い出すとこっくりと頷いた。
「……そうだ。もう『ギーグを倒す方法』は手に入れた。これでやっと肝心のギーグを倒しにいくことができる。音の石はなくなっちゃったけど」
「でも、これからどこ行くの?」とネスが聞く。
「向かうべき場所はわかってる。サターンバレーだ」
 三人は、「サターンバレー?」と、ぼくの言葉をオウムのように反復した。
「うん」ぼくはうなずく。「マジカントで、何もかも全部思い出したんだ。だから分かる。最後の目的地はサターンバレーだ」
 そう。
 思い出した、というより、ぼくは、この筋書きを最初から全部知っていたのだ。それでいて自分に、あたかも見るものすべてが初めてであるかのように思い込みをかけていたのだ。
「サターンバレーに何があるの?」
「行けばわかるはずだよ。詳しくは分からないけど……、でも確かあそこには、博士とアップルキッドが『スペーストンネル』の開発のために移り住んでいたはずだ。だから、そうなるときっと彼らが何かを知ってるんだと思う」
「ふむ、何が待っているのか……。とにかくテレポーテーションだ!」
 プーが立ち上がったので、次いでぼくらも重い腰をあげた。集まって全員で円になると、手をつなぎ、やがてネスが「行くよ!」と号令をかける。そしてその次の瞬間には、目の前の景色はさあっとホワイトアウトしていった。




 サターンバレーには、博士とアップルキッド、それに谷じゅうのどせいさんたちがすでに中央の広場に集合していて、ぼくたちのことをすっかり待ちかまえていた。ぼくらが手をつないで丸くなったままそこにワープしてくると、アップルキッドやどせいさんたちは歓声(?)を上げて、ぼくらのまわりに押し寄せてきた。
「よかった。予定通りだ!」
 アップルキッドが一直線に、ぼくらの目の前まで寄ってきて、ネスの手を取ると握手をした。丸っこい手だった。
「ネスさんたち、どうもお久しぶりです。ぼくとアンドーナッツ博士とどせいさん達とで、ついに『スペーストンネル』を完成させたんです。ほら!」
 アップルキッドがそう言って指さした先には、一見して、大きな銀色のどせいさんといったような形の巨大な鉄の塊が、どっしりと広場の中央に鎮座していたのだった。全体的にすごく素っ頓狂なデザインだ。そしてその傍らには博士が、おだやかな表情を浮かべながら、ぼくらのほうを見ていた。
 ぼくは、思わず目をそらしてしまった。
「スペーストンネルは『時空間・瞬間・移動装置』なんです」時々身ぶり手ぶりも交えながら、目の前のアップルキッドが説明する。「まだ空間移動ができるだけの状態ですが、敵のいる場所をサーチします。それがどうやら、伝説の地底大陸を示して……いるんです!」
 聞きなれた単語がアップルキッドの口から飛び出してきたことに反応し、ぼくらは顔を見合わせる。
「地底大陸?」とネスが言った。「じゃあギーグは地底大陸にいたってことか」
「ご理解が早くて助かります」
「でも、私たちが歩き回ったときにはギーグのアジトなんて見なかったけど……」ポーラが隣で呟く。
「そのギーグとやらは、人が踏み込めないような場所で身を隠しているのだろう」
 ぼくらが話していたところに外から声がかかり、顔を上げた。
 アンドーナッツ博士が、どせいさんを踏まないようにおそるおそる進みながら、輪の中に入ってこようとしていた。
「だから、君たちの手からは逃げ仰せることができたが、レーダーには反応した」白衣についたほこりを手で払って、博士は一つ咳き払いをする。「そして、あらゆる空間を飛び越えることのできるスペース・トンネルなら……きっと、ギーグの隠れている場所にたどりつくことができるだろう。いやぁ、彼らどせいくん達は実にすばらしい人々だよ! うん、アップル君も若いのに大したもんだ。彼らの協力がなくては、きっとこのマシンの完成は永久に叶わなかっただろう」
 博士は上機嫌そうに、柄にもなくはしゃいだような調子で話していたが、やがて我にかえったのか、声のトーンをあわてて戻し、話題を変えた。
「……それはさておき、もうひとつ君たちに伝えなければいけないことがある。君たちが来る前に、初期型の『スペーストンネル』が盗まれてしまったんだ」
「初期型?」と、ぼく。「スペーストンネルって、向こうにあるの1つだけじゃないんですか?」
「あれは、われわれが改めて作りなおした、いわば急ごしらえのもので……服を着たブタのようなものが、どせいさんをおどかして乗っていったという」
 そこまでひどい比喩を聞いたのは初めてだ。
「ポーキーのことだな」ネスが事も無げに答える。
「君さぁ、以前は仮にも友人だったんだろ? もうちょっとためらいとかそういうのは……」
「そのセリフ、今までいろんな人にずーっと言われ続けてきたんだよね」ネスはため息をつく。「やなんだよな、そういうの」
「とにかく!」アップルキッドが、全員を見回して、音頭をとるように言った。「ポーキーさんという方かどうかは分かりませんが、とにかくその服を着たブタが、僕たちよりも一足先にギーグの元へ向かったのは間違いないみたいです。なのでネスさんたちも、一刻も早く後を追ってください。スペーストンネルの詳しい操作方法について説明します。ついて来てください」
 アップルキッドに促されて、ぼくたちは、彼の後ろに続いてぞろぞろと歩き出した。ぼくが、ふと脇に目をやると、博士はさっきと変わらぬ様子で、穏やかな表情でこちらを見ていた。目が合ってしまう。丸いメガネの奥にある表情は、レンズが白く汚れていたので、うまく見通せなかった。

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