Final Chapter  ぼくのいる場所

 そしてその日ぼくは、グミ族の集落で夜を明かした。
 朝日のまぶしさに目覚めると、ぼくは集落にひとつしかないというグミ族の宿の部屋にいて、そこのベッドで布にくるまって寝ていたのだった。ベッドといっても豪勢なものはでなく、地面に大きな広葉樹の葉が敷きつめてあるだけのものだったし、かけ布団は藁を編んで作った薄い布だ。それでもこの蒸し暑い地底大陸の気候には適した上等なベッドだった。
 体を起こし、回りを軽く見渡すと、もう時刻はすっかり朝で、すぐそばの窓から朝の光が差し込んできていた。ぼくは軽く伸びをするとベッドから出て立ち上がる。それから軽く着替えをし、周辺に置いていた荷物を整理しながらごそごそと旅支度を進めていると、やがて2人のグミ族が入り口ののれんをくぐってぼくの部屋に入ってきた。
「よっ! 旅人さんも起きたか。おはようさん」偉そうな口ぶりで、片方のグミ族が前に出て言った。グミ族の人たちはぼくにとっては一見して見分けがつかないので、誰だかは分からないが、たぶん昨日この集落についた時に初めにあった二人の内のどちらかだろう。彼の後ろに隠れるようにしてついているもう一人のグミ族は、何も言わないままだった。
「ええっと、どなたでしたっけ……?」とぼくは答えた。
「えーっ! ヤだなー覚えてねーのか!」グミ族の彼はややショックを受けたようだ。「……まあいいや。昨日も会ったけど、オレはこの集落を取り仕切ってるボスな。みんなからはアニキって呼ばれてるから、旅人さんもぜひそう呼んでくれ」
「アニキさん?」
「そう。それでこいつはオレの子分。旅人さんとは初めてかな」
 後ろのグミ族をアニキが紹介する。よく見ると、その子分と呼ばれたグミ族はアニキよりも一回り小さい。このあたりのグミ族は、上の人たちと比べてやや個性化が図られているようだ。
「名前が付いてるなんて、珍しいですね」
「え? いやぁ、普通はついてないんだけどよ、なんせ、オレはボスだからさ、みんなの。だからそう呼ばせてるってわけよ。ハハハ!」
「ここの人たちって、地上のグミ族たちとはどういう関係なんですか?」
「んー、まぁ、あいつらとはもともと一緒に住んでたらしいんだけどよ、向こうのやつらがあんまりにも無口なもんで、オレたちおしゃべりな方はこっちに引っ越してきちまったってわけだよ」
「へぇ……」
 ということは、喋る内容の差異はあれど、やっぱり彼らとは正真正銘同じ種族なのか。
 しかし、もっと移り住む場所を考えればいいのに。
「ところで……アニキさん、ここから南西に、誰も近づけないような場所があったりしませんか」
「はえ? 誰も近づけない?」
「はい。ぼく、それを目指して旅を続けていたんです」
 そう言われると、アニキは少し考え込んで、それから後ろの子分のほうを振り向いた。「お前、なんか心当たりあるか?」
 子分は、ぼくの方をちらりと見て、それからもじもじとアニキの陰に隠れながらぼくに聞き取れないくらいの小さな声でアニキの耳になにか囁く。
「……あぁー! 火山、火山ね! それなら確かに誰も近づかない場所だなぁ!」
「火山ですか?」
「あぁ。旅人さんの言うとおり、ここから南西に大きな火山があるんだ」アニキはそういうと窓の外に向かって指差す。ぼくがそちらに目を向けると、そのはるか遠くにそびえる山々の中で、ひときわ高い山が見えた。「あの山は、ふもとが洞窟になっていて中に入れるんだけどよ、この辺りの連中なら怖がってさっぱり近づかねえ場所だよ」
 火山。
 ファイアスプリング炎の泉だ。
「……もしかすると、そこかも知れません」
「えーほんと! そりゃ良かったなぁ」アニキは自分のことのように喜んで言う。「あ、でもなー、うん。それじゃあオレが途中まで案内してやるよ」
「本当ですか?」
「おうよ。恐竜もいるし、オリの中は危ないからさ。……あっ、それじゃ、今から外出するって村のみんなに言ってくるわ。それまでちょっと子分と一緒にいてくれよ。すぐ戻ってくるからさ。いやー、なんたってボスだから、一応言っとかないとさ。じゃ!」
 と、彼は言って、そのまま部屋の外へと走って行ってしまった。部屋の中には、ぼくとその子分くんだけが残された。ぼくたちは顔を見合せると、やがて、どちらからともなく無言になってしまった。
「な、なんか、すごい人だね。アニキさんって」
「……」
 子分くんは、答えなかった。
「でもさ」ぼくは苦笑しながら言う。「さっきからオリの中、オリの中って言ってたけど、なんかおかしいよね……?」
「……」
「君、もしかして無口なの?」
「ううん」子分くんは首をふった。「べつに……」
 どうやら、気分で答えていなかっただけのようだ。
「恐竜のオリをつくって閉じ込めた……とアニキは言うけど、強がりだと思うなぁ」
 ぼそり、と子分くんが言った。おおっと。


 というわけで、ぼくとアニキさんと子分くんの三人は、その火山とやらがある場所へと向かうことにした。集落を出てしばらく歩くと、乾いて干からびてばかりだった地面に砂が混じり、大きな岩が点在するようになってきた。火山が近づいてきた証拠だろうか。
「そういや、旅人さんはどうしてあの火山なんかに行くんだい? 観光かなんか?」
 アニキさんが歩きながらぼくに訪ねた。いや、さすがに、こんな所までわざわざ観光に来る人はいないと思うのだけど。
「うーん、なんて言えばいいのかな。世界中の、そういう場所を、回る旅をしてるんです」
「そういう場所ってーと……」
「朝も言ったんですけど、この世界には誰にも近づけない『自分だけの場所』っていうのが8つあるらしいんです。で、ぼくはそれを巡る旅をしているわけです」
「それを巡るとどうなるわけ?」
 自分の世界が見えてくる
 ぼくの運命が、宇宙全体の運命と重なり合う。
 あの岩はぼくにそう言った。一体、あれはどういう意味だったのだろうか。
 まず、最初の「自分の世界が見えてくる」っていうのからしてよく分からない。自分の世界、とは一体なんだろう? その単語でぼくがまず思い出すのは、もうだいぶ前のこと――例えばフォーサイドでの一騒動や、サマーズでのあの出来事のことだ。

 思い出すのもおぞましい、『マニマニの悪魔』の一件。

 あれは、マジカントと呼ばれる心の中の世界を、現実世界にそのまま同化させてしまうという恐ろしい機械だった。もしあのマジカントが「自分の世界」に他ならないのだとするなら、それはつまり、『自分の場所』をすべて巡って全てのメロディを記憶したとき、マジカントが現れるということだ。
 そして、それは「マニマニの悪魔」の効果とまったく同じだ。
 つまりこの冒険の果てには、あの惨状が再び待っているということなのだろうか? そして、その場に現れたぼくの「マジカント」が、この現実世界と三たび「重なり合って」しまったりする事があるのではないか? だとしたら、ぼくは最後の「自分の場所」へ立っていいのだろうか。これが本当に「世界を救う方法」なのか?
 よく分からない。なんだか嫌な予感がしてきた。

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