10

 ぼくはひたすらに歩きつづけていた。今どのくらいまで歩いているのか、そんな事さえももはや考えないようにしていた。考えるだけ疲れてしまうからだ。今はこの先にきっと見えてくるだろう、目的の集落とやらを目指して一心不乱に歩を進めていた。
 そうか、ここが、地底大陸なのか、とぼくはおもむろに思い至った。天には真っ青な空とまぶしい太陽があるせいで、今の今まで気がつかなかった。おそらくここがプーの言っていた「地底大陸」なのだ。しかし、やたらと暑いわ、恐竜は歩いているわ、地震は起こるわで、ぼくはもうすっかり参ってしまっていた。ついさっきも、紫色の大きくて不気味な恐竜に襲われ、死ぬような思いをしたばかりだ。早いところ三人と合流してこれからの方針を決めたいところなのに。
 だいいち、「地底大陸」なのにどうして空があるんだ。おかしいではないか。地の底は、まさか別の世界の別の次元につながっていたとでもいうのだろうか。……いや、案外そうなのかもしれない。そもそも、ぼくたちが今やすっかり慣れ切ってしまったあのグミ族の人々でさえ、冷静に考えれば(いや、深く考えなくても)立派なUMAだ。どうしてこの世には、ぼくの想像のつかないものしか溢れていないんだろう。もう少しぼくに優しくしても罰は当たらないだろう。
 暑さで、頭がどんどんダメになり、くだらないことばかり思いつき始めていたころ、ようやく地平線の向こうにゆらゆらと、何かが姿を現してきた。ぼくは薄め見ていた目をぱっと見開いた。それは、一見すれば先ほどのグミ族がいたような、木で出来た高い塀のようだった。この距離感からするとさっきのよりもかなり大きく、広大な敷地に広がっている。
 集落だ。
 ぼくは走り出した。相変わらずあたりの恐竜の影にはおびえながらも、全速力でその囲いの方を目指していた。息を切らせながら、ぼくは、その囲いの間近までやってくる。近くで見ると塀はかなり高く、立派な門まである。中はそこまで広くはない。小さな小屋が二、三軒建っており、真ん中にこじんまりとした広場がある程度だ。
 その広場では、また二人のグミ族がぶらぶらしながら談笑したりしていた。そのうちの一人が、柵の外で息を切らしているぼくにふと気がついた様子で、興味ありげにひょこひょこと近づいてきた。
 彼は、声をかけようかかけるまいか迷っているぼくの前まで来ると、なぜかぼくの身体に顔を近づけて、臭いをかぎはじめた。
「おまえ結構すっげえいい匂いするじゃん! クンクン」彼はぼくを見上げるとそう言った。それにしても、ここいらの人たちはグミ族にしてはあまりにフランクすぎる話ぶりだ。
「……よ、よく分からないんですけど、グミ族の方ですよね?」
「あっ、オレ? おれもグミ族よ」笑いながらそのグミ族は答えた。「いやでもお前すっげえいい匂いだよ。なに持ってんの?」
「何って……」こちらこそ、何のことなのかわからない。ぼくは周囲を見渡しつつ、「荷物しか持ってませんけど」
「おい恐竜のオリの中でなにやってるんだっ?!」
 ぼくがリュックを降ろしてグミ族の彼に中身を見せようとしていたところで、彼の背後からもう一人のグミ族の男がこちらまでずんずんとやってきた。「入り口を開けてやるから早くこっちに出てこい! ボスのオレが許すから」
 恐竜のオリ?
 ぼくが訳も分からない様子でいると、そのもう一人の男は最初のグミ族の彼を押しのけてぼくの目の前までやってきて、リュックの中に手を突っ込み、それから勝手に中身をあさりはじめた。
「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!」
 ぼくが声をあげる頃には、彼はもうリュックの中からなにやらこぶし大の、とげとげした形の果物をすでに取り出していた。あれはグミ族の長老からお礼にもらった得体のしれない木の実だ。彼はそれを両手のなかで大事そうに見つめていたあと、
「……グミドリアンありがとよ」
 と言い捨て、木の柵沿いに向こうまで行ってしまった。と、思ったら、そこにかかっていたカギをガチャリと開けて、ぼくが入れるように門を開いてくれた。ぼくが更になにか言う前に、彼は広場の向こうにさっさと行ってしまった。
 まぁ、いい。あれは貰ったあとでぼくたちも扱いに困っていたものだし、この際いいだろう。
「誰なんですかあの人は?」
「おれらのアニキだよ。ま、とにかくそっちから出てこいよ。オリは危険だしさ」
 ……相変わらず何のことを言ってるのかわからない。
「あなたも、よくしゃべるグミ族なんですね」
「神秘の岩を拝んでけよ。岩もまたよくしゃべるぜ」
 岩?


 ぼくが彼に案内されて広場の奥まで行くと、それはあった。村のはずれにあったそれは、ぼくの背よりもずっと大きな黒い岩だった。地面に半分ほど埋まっているが、その大きさはなんとも迫力があり、上のほうにはまるでレリーフのように顔が浮き彫りになって出てきていた。おそらくグミ族の地下にあったのと同じしゃべる岩だろう、とぼくは思った。
「やっと話しかけてくれたな」
 ぼくが近くまで行くと、その岩はおもむろに自分から口を開いた。
「……だ、誰ですか?」
「私は最後のしゃべる岩。お前に真実を話すために、ずっとここで待っていたんだ」
 彼はそう言った。ぼくはなんて言っていいのか分からず、ただ呆然とするばかりだ。
 その岩はそれから一呼吸おいて、
「いいか、ジェフ、よく聞くのだ。メモをとってほしいくらい大切なことを教えるから。いいな!」
「え、えぇっ?」
 しかし、彼はおかまいなしに話を続けようとしているようだった。きっとこいつが、村の地下にいたしゃべる岩の言うところの「一番よくしゃべる」しゃべる岩であるに違いないだろう。彼とは必ず話をしてください、とあの岩はぼくらに言っていた。どうすればいいのかは分からないが、とりあえず、ぼくはいま目の前にいるこの岩の言うことに耳を貸すべきなのだろうか?
「お前は選ばれた者だ」
 しゃべる岩はそう言った。
「ぼくが? ネスやポーラやプーじゃなく、ぼくが?」
「そう、お前だけがだ」しゃべる岩が答える。「お前の運命は、お前一人のものでなく……宇宙全体のシステムとして創られている。お前のすべてが宇宙のすべてと重なるときがくるのだ」
 なにやら話が大きくなってきた。
 この旅は、ぼくら4人が地球を救うための旅だったはずじゃないのか? しかしその中でもぼく“だけ”が重要なキーポイントになっているというのは一体どうしてだろう。
「そ、そんな事いきなり言われても、ちょっと分からないんですけど……」
「今はわからなくともよい」岩はそう断言する。「サターンバレーにあった『ミルキーウェル』を覚えているか。あれは『お前の場所』のひとつだ。お前にパワーを与え、お前のすべてを引き出すスポットなのだ。『音の石』がすべてのパワースポットのメロディーを記憶したとき、『お前の世界』が初めて見えてくる」
 お前の世界?
「……音の石にパワースポットのメロディーをすべて記録すると、ギーグを倒すことのできる唯一の手段になる、っていうのは前々から聞いてましたけど……」ぼくはひとつずつ理解しながら喋ろうとする。「その『自分の世界』を見る、というのがギーグ打倒の方法ということなんですか?」
「そう。メロディーを集めることは、『お前の世界』を見えるようにするための手段にすぎない。お前が『お前の世界』を見ることで初めて、ギーグを打ち破れる可能性が生まれる。――すべてを教えておこう」
 そう言って、岩は「自分の場所」をひとつずつリストアップしていく。

 1、オネットの「ジャイアントステップ」。
 2、ツーソンからゆくグレートフルデッドの谷の「リリパットステップ」。
 3、グレープフルーツの滝からゆくサターンバレーの「ミルキーウェル」。
 4、ウィンターズの洞くつで見つけた「レイニーサークル」。
 5、フォーサイドの町外れにある「マグネットヒル」。
 6、ランマのプーも知っている「ピンククラウド」。
 7、そしてあのひかりごけの洞窟「ルミネホール」。

「8……更にこれから扉が開こうとしている、ここより西南のパワースポットが『ファイヤスプリング』だ」と岩は言って続ける。「この8つのパワースポットのすべての音を記録するのだ。それをせぬうちは、ギーグの思惑をくつがえすことは――無理だ。わかったな、ジェフ。お前の運命が宇宙全体の運命と重なり合う時が、もうすぐくるだろう」
 ぼくの運命が、宇宙全体の運命と重なり合う?
 どういうことだろう、だいぶ話が違ってきたように思う。ぼくは、ポケットの中に入っているこぶし大の岩に触れてみた。音の石は、着実に近づいている最後のパワースポットを前に、ほのかに熱を帯びているように感じた。
 音の石が今ぼくの手元にあるのなら、ぼく一人だけでも「ファイアスプリング」に向かうべきだろうか? この地底大陸に着いてからぼくは仲間4人の合流を最優先に考えていたが、必要な鍵がぼく一人であるということなら、音の石を持っているぼくがてっとり早く最後のパワースポットの音を石に記憶させて、その「自分の世界」とやらを見てしまうべきか?
 だけど、そんな事がぼくにできるんだろうか。
 今までぼくが旅を続けてこれたのは、PSIをというスーパーパワーもつ3人の心強い仲間がついていたからこそだ、ということは疑いようがない。パワースポットの詳細な場所を感知できたのも、プーの千里眼や、ネスの感知能力があってこそだったのだ。果たしてぼく一人で、そんなことができるのだろうか?
――最終部へ続く

BACK MENU NEXT