どれくらいそうしていたか分からないが、目を覚ますと、ぼくは地面に寝転がされていた。今まで体験したことのないような、酷いむし暑さだったのだ。土は固く、からからに乾いている。長いあいだ眠っていたせいで地面にくっついた頬をぺりぺりと剥がし、顔をあげると、そこはまるで見覚えのない、荒れ果てた黄土色の荒野だった。
 空は青く、カッと晴れわたっていて、それは地平線の向こうの山の彼方まで気持ちよく広がっていた。天頂にはまぶしい太陽が輝いているきりで、その残酷な日差しが、じりじりとこのあたりを照らしている。あたりにはろくに草木も生えておらず、遠くのほうでは、低い木が蜃気楼に霞みながら養分を求めるようにぽつぽつと立っていたり、少し先には、高く切り立った鍾乳石のような山が地表に濃い影を落としていたりした。さらにその地平の向こう一帯には、うっそうとした森が、連なっている山々まで続いて広がっている。……ここは一体どこなのだろう。ぼくは確か――そうだ――たしかに、ルミネホールの穴をすべり降りていたはずだったのだが。
 そこで、ぼくは思い出した。……みんなは!? ぼくはあわてて体を起こし、周囲をよく見まわす。みんなは一体どこへ消えたんだろう。少なくともこの辺りでは、ぼく以外には誰の姿もない。そうだ、思い出した。あのトンネルを降りている途中で、ぼくは一人だけはぐれてしまったのだ。ということは、ぼく一人だけ知らない別の場所に出てしまったのかもしれない。
 と、いうか……。
 ぼくは周りをもう一度見渡す。澄み渡ったみごとな青空と、太陽と、何もなくどこまでも続くひび割れた大地。一体ぼくは、どこから出てきたのだろう? ルミネホールから穴をすべり降りてきたのだから、どこか出口らしき場所から出たか、放りだされたかしたはずなのだが……。周辺にはそのような穴などもどこにもない。ぼくは何もない荒野の真ん中にいつの間にか放置されていて、その焼けるような太陽の熱さにむりやり目を覚まされたのだ。
 これはどういうことなのだろう。なにもない所にいつのまにかワープするといった類の通り道だったのだろうか……? いや、とにかく、ネスたちとはぐれてしまったという事が、かなりの一大事であることは確かだ。一刻も早く彼らと合流しなければ。
 ぼくはじりじりとした暑さのあまり、思わずネクタイをゆるめ、緑のジャケットをするりと脱いだ。それから、汗をぬぐいながら今の所持品を確認する。大事な道具のたくさん入ったぼくのリュックは、幸いにして無事だった。次にズボンのポケットを探ってみると、衝撃によって変形し、壊れてしまった受信電話が出てきた。少しいじってみたものの、まったく電源が入らなくなっている。ぼくは嘆息し、どこか落ち着いた場所で直さなければいけないな、とそれをポケットに戻した。そして、反対側のポケットの中に、ごつごつと身に覚えのないものが入っているのに気が付いた。
 取り出してみると、それはぴかぴかと七色の光を淡く放つ、こぶし大の石だった。
 音の石だ。
 どうしてこれがぼくのポケットの中に入っているんだろう。確か、この石はネスが管理しているはずだったが、ルミネホールで妙な子供の幻を見たあとで、プーから手渡され、ぼくはそのまま返さずにずっと持っていたのだ。これをぼくが持っていたところでどうしようもないのだが、しかし彼らと合流するまでに、失くさないように大事に持っていなければならない。
 ……だが、それにしても、ぼくはこれからどうすればいいのだろう。ぼくはさらに周りを見渡す。どこかへ行こうにも、行くアテがない。むしろネスたちと合流するためには、ここにずっと留まっている方がいいような気さえしてくる……と思っていると、突然、それは起こった。
 ぐらり、と地面が揺らいだのだ。
 地震だ!!
「う、うわぁっ!?」
 外で立っているぼくにさえ感じられるくらい、それは突発的で大きな地震だった。ぼくは思わず尻もちをついてしまい、しばらく立ち上がれなかったほどだ。しかし、そんなにも揺れは長く続くことはなく、しばらくしてすぐに治まった。
 な、なんなんだ、とぼくはうろたえる。何だか、ここは思った以上に危険な地帯らしい……と考えていると、今度はまたしても地響きのような強い揺れを感じた。ずしん、と一発だけ響き渡った感じだ。またか、とぼくは思わず姿勢を低くするが、今度はそうではなかった。その地響きはゆっくりと、だんだん大きさを増しながら、なにかが歩くようなゆったりとした間隔で、ずしん、ずしん、と響いてきた。そして、視線の先にあった、鍾乳石のような鋭い小山の向こうから、それは、ぬっと顔を出したのだ。
 恐竜、だ。
 足音とともに姿を現したのは、小山ほどの大きさの巨大な爬虫類だった。長い首が、緑色の滑らかな肌の体からすらりと伸び、その後ろにも、さらに長い尻尾が続いている。その生物は至極ゆっくりな動作で、ぼくの姿なんかにはまったく気にも留めない様子で、森から別の場所に向かって歩き出していた。
「……!!」
 ぼくは、声が出なかった。
 どうしてこんな所に恐竜が? ……いや、そんなことを考えてる場合じゃない! ぼくは、恐竜がまだこちらに気づいていないのを確認すると、反対の方角へ、なりふり構わず駆けだした。
 何もなくただ埃っぽいだけの平原を、全力でひた走った。空の上の太陽がひたすらに眩しくて、息をするのが苦しかった。少し走ってから立ち止まり、ひざに手をつきながら後方を振り返ると、その恐竜の姿ははるか向こうへ消えていたが、足を止めた途端にぶわっと汗が噴き出た。ぼくはあごの下を手でぬぐうと、どこか日陰で安全な場所を探そうと、再び歩きはじめることにした。
 それにしても暑い。天頂にある太陽は、さっきからまったく動く様子を見せないでいた。なんだってぼくの旅する先は、こんなにも暑い場所が多いんだろう。誰に愚痴れるわけでもなく、口に出しても仕方のないことなのにそんなことを思ってしまう。何も考えないようにしよう、と思った。こういう時は何か一人で考えているだけで鬱陶しくなるのだ。
 しばらく歩くと、尖塔のような小山のそばに、背の高い木枠で囲まれた、なにかの空き地を見つけた。その前に、見上げるほどの大きな看板もなぜか立っている。つーか看板、でかっ。ぼくは試しに近寄ってみた。

(危ない時はここに避難しよう! ボス)

 ボスとは誰なんだろう。
 その高い木枠の向こうにはなんと、どこかで見覚えのある人たちがいた。……グミ族だ! その二人組のグミ族は、どちらもちょうどいい大きさの岩に腰かけて、なにやら談笑しているようだった。ようやく見知った人たちに会えたと、ぼくはホッと胸をなでおろした。
「あのー、すいません!」
 ぼくは声をかけた。二人のグミ族は、ぼくのことに気がつくと振りむいた。それから、やがて一人が立ちあがって、トコトコと柵ぎわへ近づいてくる。
「グミ族の方ですよね?」ぼくは訊ねてみた。
「なんだお前」彼は答える。「なんか変なやつだけど、なんかいい匂いするな」
「あのう、人を探してるんですけど」に、匂い? 何のことだろう。それにグミ族にしてはえらく流暢な話し方だ。「ぼくと同い年くらいの、子どもの3人組を探してるんです。この辺りで見かけませんでしたか? ぼくの大事な友人たちで、はぐれてしまったんですけど」
「うーん、見なかったなー」
 ぼくの腰より下くらいまでの背しかないグミ族の彼は、ぼくを上から下まで、なめるように見回したあとでそう言った。なにやらぼく自体が、物珍しい客だったのだろうか。
「この辺りにもグミ族の方が住んでるんですか? 人間はいないんでしょうか」
「このへんにいるのはグミ族ばっかりさ。お前みたいな変なやつは正直言って、今まで見たことないな。もう少し歩けばグミ族の集落もあるし、そっちの方がいろいろ聞けるかもよ。神秘の岩っていうよくしゃべる岩もいるけど、お前とかならよく分かるかも知れないな。なんか変なやつだし」
 神秘の岩?
 それは、グミ族の村の地下に入ってすぐに見つけた、あの岩のことだろうか。
「ところで、あなたたちはよく喋るんですね……」
「へっ? そうかな」彼は答える。「俺は普通よ、ふつう」
 ぼくがひとまず集落への道順を聞くと、彼はこころよく教えてくれた。道のりはまだまだだいぶ遠そうだった。
「それじゃ、ありがとうございました。さよなら」
「おー。じゃあな」
 彼はそう言うと、手をあげて答える。後ろで岩に腰かけている別のグミ族も、やさしげに手を振った。彼らと別れて、ぼくは彼らの方をたびたび振り返りながら、歩みを進めた。彼らの姿は、暑い日差しの中で蜃気楼の彼方に遠くなっていき、やがてかすんで見えなくなった。

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