縄ばしごを降りていくと、その下にはさらに別の空洞が広がっていた。グミ族の集落へ入るための洞窟も、そういえばゆるやかな下り坂になっていたようだし、そう考えるとぼくらは魔境というこの世界の奥地の、さらに下の下へと潜っていっていることになるのかもしれない。だとしたら、その一番下には何があるというんだ? なんだろう、まさか地殻を突き抜けてしまうわけでもあるまい……。いや、確かプーが以前なにか言っていたような気がする。――そう、地底大陸だ。
 はしごから足を下ろし、地面を踏みしめる。
 洞窟の中は、上のグミ族の集落と同じくほのかに明るかった。明かりなしでも周りが見回せるほどだ。やはりどこからか光が入ってきているのか、とも思ったが、どうもそれだけでもないようで、どうやら岩壁全体が淡く光を放ち、灯りの役割を果たしているようなのだ。空洞自体は広くもなく、まんなかに大きな岩が鎮座している以外は何もない。奥には、さらに通路が続いているようだ。
「この奥にあるのかなあ、第七の場所」
 先に降りていたネスが、振りむいてぼくに聞いた。
「たぶんね」ぼくは腕を組み、やや思案する。「それで、その先にはたぶん……地底大陸が」
「よく覚えてたな」後ろのプーが、縄ばしごから地面に降りてきた。音を立てて地面に着地する。「なるほど、そうか、そうすると、ここからまた更に奥底へ降りていくということになるな」
「ずいぶん遠くまで来ちゃったものね……」隣のポーラが、感慨深げに溜息をついた。
 すると、

「おーい」

 どこからか声がした。……いや、どこからというよりも、その声の主ははっきりしていて、この部屋の中央にある岩が、表面にある模様を顔のように動かして、こちらに向かって話しかけたように見えたのだが、それはぼくの気のせいだっただろうか。
「おーい。おおーい」
 岩は、なおもこちらに向かって声をかけてくる。ぼくは一瞬頭をめぐらせ、それから心を決めた。
「……。えっと、さ、先進もうか」
「そ、そうだな」とプーが慌てて口裏を合わせる。
「うん。それがいいよ」ネスもうなずく。
「そうね、そうしましょう」と、ポーラもそれに同意した。
「――おいおいちょっと待て、私に話し掛けろ。おい! おい! おい! おーい!」
「……」
 あまりに、自己主張の強い岩であったので、ぼくたちはしぶしぶその岩の近くまで歩み寄ってみた。
 ぼくらがよく見ると、その岩には確かに、人の顔のような目に似た掘りや、鼻に似たでっぱりがついていたりして、下手をすれば喋ってしまいそうな外見に、見えなくもなかった。
 しゃべる岩は、ぼくらが集まると再び口を開いた。
「こんばんは、しゃべる岩です」しゃべる岩は言った。「びっくりしました? でも、この近所のしゃべる岩は、あんまり長話はしません。一番よくしゃべるのは、この先の迷路の奥の奥の下……『地底大陸』にある、しゃべる岩です。彼と必ず話をしてください」
「あなた、誰ですか? どうしてこんなところに?」とぼくは聞いた。
「やあ。それは、この大事なことをあなたたちに教えるためですよ」
「……」
 ぼくたちは一礼して、その場を後にした。
 部屋の奥にある狭くてうす暗い通路を進みながら、ぼくはポーラに話しかける。
「なんかさ、これだけバカらしいことが続くと、世界も救えそうな気がしてくるよね」
「それはよかったわ……」ポーラは力なく苦笑しながらそう答えた。
 先に続く道は、どうやら一本道だったのは初めだけのようで、途中からは頻繁に、幾重にも方向が分かれており、かなり入り組んでいた。いちいちすべての道を辿り、印やマッピングなどで対応しているようではキリがないので、ここは直感能力を持っているネスの動向を信じるしかない。「自分の場所」に近いところでは幸いにして、ネスの能力がかなり役に立つということはすでに実証済みだ。
 ネスは分岐点に立つたびに、何かに導かれるように、迷いなく一本の道を選んではずんずんと進んでいく。ぼくらはただそこに盲目的につき従っていくだけだ。
「今、いくつめの分かれ道だったかしら」
 隣でポーラがぼくに聞いた。
「さぁ……。十個目から、数えるのをやめちゃったから」
「プー?」ポーラは振り向いて、しんがりを務めているプーに話しかける。「方向はこっちで合ってそうなの?」
「いや、わからん。俺が詳しい場所を把握していたのは、あくまで数箇所だったから。この辺りはかなり未知の領域だ」
「……」
 ポーラは黙った。いやしかし、何者かに訊ねてみたい気持ちも分かる。そんなぼくらの心配をよそに、ネスは何かに突き動かされるように、何のためらいもなく道を進んでいくのだった。
「音みたいなのがするんだ、そっちの方から」
 どんな感覚なのか尋ねてみたぼくに、ネスはそう答えた。そういうものなのだろうか。


 さらに分かれ道を折れに折れ、穴を一つ降りた。そこから、迷路はさらにその複雑さを増していく。ぼくらが入口も出口も見えない徘徊にうんざりしはじめた頃、下へ降りるための穴を、道の先でまた見つけた。のぞきこむと、薄暗い地面が下に見える。どうやらそこまで高くもないようだ。ぼくらは思い切って、そこから中に飛び降りてみることにする。ネスが最初に降り、そして次にポーラが飛び降りた。その後ろからぼくが、そして最後はプーという順に続いた。
 降りた先は、狭く、さっきいた部屋よりもだいぶ暗かった。ほとんど何も見えないほどだ。ぼくは壁に触れ、今いる場所から、この先の道を辿ろうとした。するとその触れた場所が、その瞬間に灯されたように緑色に光り、反応した。そのぼんやりとした光が、ぼくの顔やみんなの姿、そしてまわりにあるものを照らしだした。ぼくは驚き、今度は別の壁に触れてみる。するとそこも淡い緑色に発光して、おぼろげに斑点を作った。先ほど触った地点は、まだほのかに発光しつづけていたが、しばらくするとそれもやがて消えてしまう。
「ヒカリゴケだ……」
 ぼくはその美しさに見とれ、思わずつぶやいた。ぼくは、洞窟の壁を指でなぞっていき、その光を道しるべに、先へ進んでいった。よくみるとぼくらが歩いている地面さえも、ぼくらの歩みに反応して光の波紋を作っていて、さながら暗闇の湖の上を歩いていくようだった。壁の光斑は、ぼくらがなぞって線をつけていくのに反応し、すぐ隣の苔の発光を誘発して、まるで波のように、緑色の光の波が壁をつたって広がっていった。
 やがて、道が開けた。
 ぼくらがたどり着いたのは、ひときわ大きくて真っ暗な広場だった。その壁には、ぐるりとヒカリゴケの大群が密集しており、緑色の光の波がまるでネオンサインのようにゆらゆらと揺れ動きながら、時には幾何学的な模様を描いたりしているのだった。その美しく壮大な光景に、ぼくらは周りを見渡しながら、感動の溜息をもらしていた。まるでこの世の、自然が作り出したものとは思えない――けれど、間違いなく自然によって作り出されたと思われる、その自由かつ精緻な美しさに、ただただ驚嘆するほかはなかったのだ。
「プー、ここが第7の場所?」
「そのようだな……」そばにいたプーが頷いて言った。「第7の場所、ルミネホール」
 光の洞穴か。まさしくその名の通りだ。
 ぼくらがこれらの光景に見とれていると、正面の壁の光の散乱がにわかに騒ぎだした。それらはチラチラとまたたきながら端々に移動し、その壁に四角い巨大な枠を作った。その枠の中にもしばらくして光の波が動き出し、まるでテレビが像を映し出すように、一つの姿を浮かび上がらせた。
 それは、子供だった。
 まだ小学生にも満たないくらいの、幼い少年が、壁の向こうからこちらを、呆けながら見つめていたのだった。それは、ぼくだった。確かに小さい頃のぼくが、そこに映って、ぼくと目を合わせているのだった。その子の前方には、ゲーム機があった。彼はコントローラを握ってこちらを見ているのだ。
 ぼくが怪訝に思いはじめたあたりで、その映像は、なぜか突然ざらざらと散ってしまい、元の群生したヒカリゴケの放つ光に戻った。ぼくは呆然としていた。すぐさまプーの方を振り返り、「い、今の見た!?」と声を上げた。
 プーは驚いた様子で、ぼくを見返した。
「な、何だ、どうした」
「今の映像だよ、あれは何だったんだ?」
「映像だって?」
 なんだか反応に違和感があった。まるでここでは何も見ていなかったかのようだ。
「いや、だから、今のだよ。壁の光が形になって、子どもの姿が……」
「……何だって?」
 ネスとポーラも、ぼくの言葉を聞いて思わず振り返った。ぼくは妙な心地がした。……ということは、ぼく以外の三人ともそんなもの見えていなかったというのだろうか。なんて事だろう。
 そのとき、ネスの半ズボンのポケットの中身が、光を放ちだした。ネスがポケットに手を突っ込んでそれを取り出してみると、それは何かに共鳴して輝く、音の石だった。石は、みるみる目も眩まんばかりの光を放ちはじめ、その白い光は広がると、ゆっくりとぼくらを包み込んでいった。
 目の前が完全に見えなくなる瞬間、音の石が共鳴して、どこか懐かしい音を響かせたような気がした。

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