やがて太陽が、透んだ青空の頂上からようやく傾きだそうとした頃になって、学校の授業も終わったのか、ぼくらの同級生たちも寄宿舎へと戻ってき始めた。談話室に戻ったぼくとトニーのもとに初めてやってきたのは、ちびで調子のいいスタンと、彼と同室の友人であり、大柄で穏やかな性格のヘンリーだった。
 スタンは、部屋に入ってきてぼくのことに気がつくなり、「あっ、ジェフだ!」と声を上げるとこちらへ駆けてきた。それからぼくの腕を軽くこづくと、「よう、サボり魔! 元気だったか!」とからかうように言った。
「なんだよ、会って早々から手厳しいな」
「そうだよスタン!」トニーがぼくの隣で言う。「ジェフだって色々大変だったんだから!」
「えっへへ、冗談だって冗談。気にすんな!」
 スタンはそばかすだらけの鼻っ頭をかくと、手を頭の後ろに組んでいたずらっぽく笑った。彼の後ろにいたヘンリーも目を細めて、「でも、一時はどうなることかと思ってたよね」と柔らかく微笑みながら言うと、スタンも「まーな」とうなずいた。
「他のみんなも、もうすぐ来ると思うよ」ヘンリーは嬉しそうに言う。「みんな、ジェフが戻ってきたって聞いて、喜んでたんだ。それに明日はジェフのためのパー」
「あっ、馬鹿ヘンリー! てめ!!」
 横でスタンが声をあげ、ヘンリーも驚いて口をつぐんだ。ぼくは二人の様子に訝しんで、
「……なに? なんか言おうとしてたけど」
「え? あ、あはははは、なっ、何でもないってば! な!」
「う、うん。別に、なんにも言ってないよー」
「……」
 まあわざわざ聞かなくとも、今までの流れからすれば、何を言おうとしてたのかなんとなく分からないでもなかったのだが、あえて黙っていることにした。なにげなく隣のトニーに目をやると、彼のほうもなんだかきょとんとした顔をしている。彼も詳しくは知らないらしい。
 変な具合に会話が途切れてしまって困っていると、今度はさっきのドアを開けて、ウィルとボビーが入ってきた。彼らもぼくを一目見ると、顔に喜びの表情を浮かばせながら、こちらに駆け寄ってくる。
「ジェフ! 久しぶり、元気だった?」と輪の中に入ってきたウィルが言った。
 ぼくは苦笑する。「なんとかね」
「まったく、今までどこに行ってたんだよ。トニーも心配してたぜ」とボビーが言う。急に自分の名前が出てきてびっくりしたトニーは、
「……なっ、なんでそこで僕の話題になるわけ!?」
「事あるごとに『ジェフ今なにしてるかなぁ』、『ジェフ今なにしてるかなぁ』ってさ。俺らに言われても困るっつーの」
「そんなに言ってたー?」とトニー。
「言ってたよ。自分で気付かなかったのかよ……」
 気まずそうにトニーは顔をしかめ、隣のぼくは改めて苦笑いを浮かべるしかなかった。と、ふと視線が部屋のドアの付近に向かい、そこに立っている人物に気が付いた。
「グレン?」
 思わず彼の名前が口をついて出た。ほかのみんなも一斉に後ろを振り返り、そちらの方を見る。ドアの前に立っていたグレンは、ただ一言、「よっ」とぼくに言った。
「グレン、ただいま」
「……おかえり」グレンは目をそらしつつ、なかば気まずそうに微笑して言った。
「こっちに来たらどう? 今日はギャリーは一緒じゃないの?」
 ぼくがそう言うと、グレンの後ろからひょっこりと、双子の片割れのギャリーが顔を出した。グレンはギャリーに軽く目配せすると、しぶしぶといった感じでぼくたちの元にやってきた。なーに恥ずかしがってんだよ、とボビーが笑って、軽くグレンの背中をたたいた。
「久しぶりだな」とグレンが言う。
「その台詞、みんなに言われたよ」
「仕方ないだろ。本当に久しぶりなんだから」小さく微笑むグレン。「また、会えて嬉しいよ。もうこっちにはずっといるんだろ?」
 そう言われて初めて、そうか、と気が付いた。ぼくはずっとここに居られるんだ。もうすべて終わったのだから、世界を救う旅に出る必要も、もうないのだ。
「……ああ、そうだね。もうどこにも行ったりしないよ」
 ぼくは言い、そして静かに頷く。


 それから、しばらくみんなと話した後、ぼくらは夕食をとるために食堂に移動することになり、そこでも再びみんなで、また今までのことについて語り合っていた。
 友人たちが話すことのほとんどは学園で起こった日常のことばかりで、それに比べると、ぼくの話す今までの出来事のどんなに現実味のないことか分からなかったが、それでもぼくは少しずつ、自分の体験したこと、思ったことなどを話していった。もちろんマニマニの悪魔や、アイザックのこと、旅の途中で思い出した自分の過去のことなどまでは話さずに、所々ごまかし、みんなの顔色を見て時に面白おかしく、時にシリアスな調子に上手く脚色しながら、物語っているうちに、あっという間に夜はふけてしまったのだった。
 消灯時間も近づいて、ガウス先輩に怒鳴られるようにして談話室を追い出されたあとも、ぼくは、熱心な聴き手の一人だったトニーにせがまれつつ、それぞれのベッドの中に入ってからも旅の話を続けていた。
「それで? それでそのピラミッドの門の中に入って、それからどうなったの?」
「なあ、トニー……」そういえば、以前にも誰かとこんな状況になったような、とぼくは思いつつ、眠い目をこすりながら言った。「もう寝ようぜ。明日も授業だってガウス先輩も言ってただろ?」
「だって、続き気になるじゃないか! ねぇお願いだから、あと少しだけ!」
「そんなに面白い?」
「面白いよ! だからお願いしてるんじゃないか!」
 ぼくは、電気スタンドの置かれた小棚をはさんで向こう側の、ベッドの中のトニーを見やって、
「君さ、ぼくのことを頭のおかしい奴だと思うかい?」
「えっ? どうして?」
「どうして、ってさ。こんな話とても信じられないだろ」
「信じるよ! ジェフの話す事だもの。それに、ぼくの身にも起こったことだもん。いやでも信じざるを得ないじゃないか」
 きらきらと瞳を輝かせながら、ぼくのことを見つめるトニー。ぼくは静かにため息をつくと、
「君もつくづく変な奴だよな……」
「変な奴でけっこう。ねぇ、お願いだから話してくれよー」
 そうせがまれて、ぼくもため息をつきながら、しょうがないと言ってまた話しはじめるのだった。

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