10

 撃った反動で、思いきり後ろに吹っ飛んだのは想定の範囲内だった。部屋の中全体が白い光に包まれたかと思うと、その次の瞬間には大きな爆発音がして、天井が大きく揺れた。部屋の中はすぐにミサイルの噴射した煙で満ちみちて、ぼく意識が戻ったときにも、まだ地面は微かにぐらぐらと揺れていた。が、やがて震動はおさまり、うなるような機械の動く音も、しばらくして静かに停止した。
 壁に身体をもたれさせたまま、ぼくはしばらく起き上がれなかった。ごほっと一つ咳をし、それからようやくよろよろと立ちあがる。
 煙は、ゆっくりと晴れていった。ぼくが目をこらすと、スターマンは、はるかむこうの壁にぼろぼろになって倒れていたが、やがて奴はノイズが掛かったかのようにぼやけてゆき、しゅんと消えていった。
「……。や、」
 やった。
 やったのか?
 やった、やったんだ!
 そう安心したとたん、がくりと膝から地面に倒れた。疲れた。とても疲れたのだ。そもそもスターマンからの攻撃を2回とも避けるなんて、まぐれにも程があったのだが、まあ、結果オーライだった。それに当たっていたら、それこそその時点でやられてしまっていただろう。
「あ、そ、そうだ、トニーは。みんなは……!?」
 そう口に出して、初めて思いだす。それから全身の力を振りしぼって、ふたたび2本の足で立った。身体のふしぶしが動かすたびに痛むのだった。ぼくはふらふらとおぼつかない足取りで扉のところまで戻り、廊下へ足を踏み入れた。
 扉の向こうに並んでいたポッド群は、中身の水がすべて抜けた後で、ケースがきれいに半分に割れ、すべて開いていた。ほとんどの動物や人間たちは今やっと目覚めたばかりのようで、家畜はさまざまな鳴き声をあげ、人々はまだぼんやりした意識のまま、ざわめき始めているみたいだった。
「あ、もしかして、ジェフさんですか?」
 ぼくが呆けていると、急に目の前の人物から声をかけられた。見ると、その人に見覚えはなかったのだが、何となくどこかで会ったような気がした。年齢はぼくと同い年くらいか少し下くらい、ずんぐりとよく肥えた身体に、赤ら顔の少年だった。赤いシャツにオーバーオールを着込み、頭には茶色いベレー帽をかぶっている。なんともよく分からない出で立ちだ。
「あー、僕ですよ、アップルキッド。分かります?」彼は言った。何だって。「たしか、携帯電話で何度かお話したことありましたよね。こんな所までやって来られるのは知り合いのネスさんかポーラさんくらいだと思っていたのですが、その二人とも違う人だったので、もしかしたらと」
「……。はぁ」
「いやしかし、それにしても今回は危ないところでした。確率7パーセントくらいで助けてもらえると思っていましたが、まぁ、ここでどせいさんに知り会えたのは大きな収穫でした」
 そう言って、彼は足元にいたぬいぐるみのような物体をもち上げた。確かにどせいさんだ。どせいさんはアップルキッドに抱えられると、足を動かしながら小さく「さらわれた。うれしい。たすかった」と呟いた。いたのか……というか、どちらかといえば、どせいさんはキャトル・ミューティレーションする側の方だと思うのだが。
「それに、アンドーナッツ博士にもとうとうお会いできたし」アップルキッドは、相変わらず他人事を話しているように、のほほんとした口調で続けた。「あなた方に知り合ったおかげで、ギーグの手下に誘拐されるなんていい経験ができました。……じゃ」
「あ、あの!」
「はい?」
「あの、トニーってやつを見ませんでした? ぼくと、同じ制服を着ている……」
「……あぁ。そういった人なら確か、まだ向こうの方で倒れていたみたいでしたけど」
 本当か!
 ぼくはお礼を言うと、すぐにアップルキッドの指差した方へ走り出した。目覚めた人たちを掻き分け、間をぬって駆けていく。やがてさっきトニーが保管されていた場所に、確かに人が倒れていた。誰かが屈みこんで介抱をしている。
 博士だった。アンドーナッツ博士。
「おお、ジェフ。今来たのか」
「……」
 介抱をしていた博士は、顔を上げてぼくに言った。ぼくは歩み寄ると、並んでトニーの傍にしゃがみこんだ。
「この子がまだ目を覚まさないのだよ。ほら、以前言っていただろう。お前を探しに、わざわざうちのラボまでやってきてくれた子だ」
 ぼくは、その青ざめた頬に手をやる。感触が冷たかった。どうしてだ、どうして、こんなことに。
「トニー、起きてくれ、起きてくれよ!」
 ぼくは思わずトニーの体をゆさぶった。隣の博士が、無理させてはいけないと制止したので、やむを得ず手を止めたが、それでもぼくは必死に叫んだ。
「起きてくれ、トニー! トニー!」
「……。……」
 やがて、
「んっ……」
 トニーはうっすらと目を開けた。
「ト、トニー?」
 ぼくは思わず名前を口にした。トニーは、まだ、何が起こったのかまるで理解できていない様子で、うつろな表情のままぼくのことを見つめていた。
「……。ジェフだ」不思議そうな声で、トニーが呟いた。「ジェフがいる……」
「あぁ。いるよ、ぼくはここにいる」
 ぼくはトニーの手を取り、優しく握ってやった。冷たかったが、ほんのりと熱を帯び始めてきたようだった。
「ジェフ……。えっ、ジェフ? ジェフなの?」
「そうだよ」ぼくは頷く。「ぼくはジェフだ」
「ジェ、ジェフ!」トニーは目を見開き、それから叫ぶ。「ジェフーッ!」
 そしてトニーは、いきなりぼくの胸に飛びついてきたのだった。あまりの突然の出来事に、ぼくは思わず戸惑ってしまう。
「ト、トニー?」
「ばかばかばか! ジェフ!」トニーは、更に強くぼくのことを抱きしめる。おいおい。「ぼくを……助けに来てくれたんだね! ジェフったら!」
「いやぁ、それは……」
 どうかな、と思わず口に出してしまうのを、寸前でとどめて――そうじゃないと言われたら嘘になるけど、とも言いかけてそれもやめ――、結局ぼくは、自分の正直な気持ちを口にすることにした。
「――会いたかった」
 ぼくは、目をつむり、真に心の底から、その言葉を言った。
「トニー。遅くなってごめん。ぼくは、ずっと、ずっと君と話がしたいと思ってたんだ。だけど、ずっと、今まで言いだせなかった……。ぼくは君と、腹を割って話したかった。君に何一つ隠すことなく、大切なものを分かち合いたいと思ったんだ。君はぼくにとってかけがえのない親友だから。……だけど、だからこそ、ぼくは、怖かった。自信がなかったんだ、自分自身に。君が、かけがえのない親友だからこそ、君はぼくから離れていってしまうんじゃないかって、君を失ってしまうんじゃないかって……。ぼくは、君に嘘をつきたくなかった。ぼくは、君を失いたくなかったんだ……」
 そこまで言って、ぼくは、ひとり苦笑した。それから彼と向き直る。
「でも、不思議だな、いざこういう時になってみると、いったい何を話したらいいのか、何から話したらいいのか、分からなくなっちゃうんだ、ごめんよ、トニー、今までごめん……」
「大丈夫だよ、ジェフ!」トニーは頷いた。「僕も、話したいことはいっぱいあるんだ。沢山、たーっくさんだよ。ジェフがいなくなってる間に本当に色々あったんだから。でも、これから先、話す時間だって、楽しい事だって本当に山ほどあるんだから。急がなくていいんだ」
「……そっか。そうだよな」
 そうだ。
 これからのぼくたちには、たくさんの膨大な時間が残されているのだ。永遠とも思える、いつまでも続くような時間が。これから少しずつ、それらを使って語ってゆけばいい。そうすればきっと、どんな事だって理解しあえるに決まっているのだ。だって、ぼくらはもう出会えたのだから。ぼくは君を探しだすことが出来たのだから。こうして手を握りしめあって、ここにいられるのだから。
 外は、今も雪が降っているのだろうか、とふと思った。真っ白い雪が。ぼくが生まれたときから慣れ親しんできた、あの雪が。
「……。ジェフ」と、トニーがぼくの胸の中で呟いた。
「なに?」
「これは夢? 夢の中なの?」
「本物さ。本物のぼくと、本物の君だ」
「そっか……」
 雪は、今もなおしんしんと降り積もっているのだ。ぼくらがここで生まれる前から変わらずに、いつまでも、まるでそこだけ時が静止したみたいに。そうであってほしい。ずっとそうであってほしいと思った。この時がずっと続いていけばいいと思った。
――第11部へ続く

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