プーと別れ、ぼくは暗闇へ続くその梯子を一段一段下りていく。足を降ろしていくたびに、あいつの笑い声が、ふたたび湧き上がるように耳の中で鳴りはじめてくるのを感じる。
 長い、長い梯子だった。このまま永久に地面に辿りつくことができないのではと思うほどの長さだった。時おり風が吹き、梯子が左右にぐらぐらと揺れ、そのたびにぼくは顔を伏せて、おさまるのを待ち、それからまたゆっくりと梯子を下っていった。先のまったく見えない、どこまでもどこまでも続いていくような、そんな道のりだった。
 やがてぼくの片足が、ぐっと固い地面にふれた。ぼくは一瞬身体をこわばらせ、それから、ようやくもう一方の足も地面に下ろしてみた。両の足で立ち、背後を振り返ると、そこには確かに道が先へ続いていた。闇に浮かび上がる道は、上で見たものと同じく、両脇にぼくの胸くらいまでの高さの鉄格子の手すりが続いていて、そこから下は遠近感のつかめない、眩暈がするほどの闇が広がっていた。
 道の突き当りには、頑丈そうな鉄の扉があった。ぼくはそちらへ駆け寄っていき、おそるおそる扉に手を触れて、開けてみた。鍵はかかっておらず、中を覗きこむと、奥にも更に道が続いている。その先もやはり暗い。時おり、青白いブラックライトの光が、まるで断続的に停電が起こっているように、バチバチと点いたり消えたりを繰り返して、その断崖絶壁の曲がりくねった黒い道を照らしていた。
 ぼくは、さらに先へと歩を進める。
 荷物の中から取り出したハンドガンを片手に、こわごわ先へと進みながら、ここはなんだか、世界の果てのようだと思った。不意に電気が消え、完全な真っ暗闇が訪れたかと思うと、数秒経って、また辺りの殺風景な景色が青白く浮かびあがる。そのたびに息が止まりそうになる。
 やがて背後から、固い靴の足音が、ゆっくりとゆっくりとぼくの後ろを追いかけてきはじめたのに気が付いた。どきりとして思わず振り返ると、そこには誰の姿もなく、ぼくは慌てて、何者かを振り切るように更に力を入れて走りはじめるのだが、その追手から逃げようとすればするほど、かえってその足音は、ぼくのほうへ近づき、迫ってくるのだった。
 息が切れ、全速力で駆けていった先に、また鉄の扉が見えた。いったい何枚目の扉だろう。ぼくは必死にその取っ手を掴み、いそいで中に駆け込むとそれを後ろ手に閉めた。もう足音は聞こえてこなかった。暗闇に目を凝らしながら、ぼくは声を呑んだ。吐いた息が何故か白かった。寒いのだ。基地の外に出てしまったのかと思ったが、それも違った。ここは冷蔵室だ。保管しているのだ、何かを。
 ぼくの目の前には、長細くつづく廊下の壁にずらりと並べられた、緑色のポッド群があった。筒状の透明なガラスケースの中には、どこから捕まえてきたのだろう、野生の小動物から、豚や馬や牛などの大きな家畜に至るまで、ありとあらゆる生き物たちが緑色の液体漬けになっており、途中からそのコレクションは、動物から人間へと変わっていった。その人間たちの割合も、ポッド群の半数以上を占めていた。
「!?」
 ぼくは、再び目を見張った。その人間たちのなかに一人、見覚えのある顔があった。トニーだ。……トニー!? こんな所にいたのか!! トニーは、寄宿舎の制服姿のままで、液体の中に浮かびながら、死んだように眠っていた。呼吸だけはできるのだろうか、足元からはときどき泡がたちのぼっていて、肩でゆっくりと息をしているのが分かった。
「トニーッ!! 聞こえるか、トニー!!」
 駆け寄っていくと、ぼくはガラスケースをたたき、大声で叫んだ。しかし反応はない。そして、ふとその隣を見ると、そこに並んでいたのが、アンドーナッツ博士だったことに気付いた。彼もまた目を閉じ、身体もほとんど動かさない。ぼくは驚愕のあまり、声を失った。背中を片側の壁につき、それから音を立ててずり落ちる。悪い夢か何かなのではないかと思った。しゃがみ込んでから、体が震えているのに気付いた。
 額の冷や汗をぬぐい、それから壁にすがりながらもふらふらと立ち上がる。なんとかしなければと思い、銃を両手で握ると、一度そこからゆっくりと後退して距離を取り、それから銃を構え直して、ポッドに向かって撃った。耳をつんざく衝撃音がして、それからもう一度目の前を見やったが、ガラスケースには傷一つ付いていなかった。
 そして思い至る。きっとこういった物なら、どこかにまとまった管理装置があって、そこでロックがかけられているはずだ、まずはそれをどうにかしなければいけない。なんとしても助けなければ、とぼくは思った。目の前に探し求めていたものがあるのに、結局手をこまねいているだけじゃどうする。
 ぼくは、視線を廊下の向こうに滑らせる。そこに今までの物とは趣の異なる、取っ手のない黒い扉が見えた。そしてその前に、誰かが立っていた。
 アイザックだ。
「無駄だよ」
 彼は腕を組んで、無表情のまま、ぼくに向かってそれだけ言った。
「そこをどけ! 無駄なんかじゃない、早くしなけりゃみんな死んでしまうかもしれない!」
「きみ自身が死ななきゃ分からないってのかい?」彼は相変わらず無表情のままだった。「可哀そうなヤツだな、結果が目に見えてることは、君もぼくも十分承知しているじゃないか……。ネスやポーラと戦っている“ヤツら”を見ただろう、勝算はあるの? 君ひとりだけで勝てる自信は?」
「それは……」
「ないんだろ?」
 ぼくは銃を構え、引金をひいた。銃声とともに、いつの間にかアイザックの姿は消えて無くなっていた。扉に弾痕がついただけだ。辺りには、煙に混じるように彼の声がこだまのように響き渡っていた。
『――結局、君ひとりだけじゃ、友人ひとり助けだすことも出来やしないのにさ、ククククク! ……そうやって、いつも意地を張るだけ張って、いざピンチになったら、大好きな仲間に助けてもらうんだろ? 君の大切なお友達にさ! 結局君はそういう奴なんだ。他人の後についていくばかりで、一人だけじゃ自分の尻ぬぐいだってできやしない!』
 歯が小刻みにカタカタと鳴った。ぼくは一度、ゆっくりと深く深呼吸をし、気の高ぶりを沈めた。それから駆け出し、奥の黒い扉に突っ込んでいくと、こじ開けると同時に中に転がり込んだ。


 部屋の中は広く、またもや暗かった。壁中にパイプが張り巡らされて、それら自体がまるで何かの回路のように微かな虹色に発光している。部屋の中心には、一段高い台座のようなところがあり、そこには何やら表面にスイッチやキーのついた、巨大な、黒い球体が設置されている。
 そしてそこに、銀色のスーツに身をまとった、例のスターマンがいた。
 そいつは、その目の前の球体を操作していたようだったが、ぼくに気が付くと持っていた銃をすぐにこちらへ向けた。
「う、うおぉぉぉーっ!!」
 ぼくはとっさにその場でしゃがみ込み、転がった。すぐ上をビームがかすめていく。起き上がって、こちらも銃を乱射すると、スターマンは同時に手をかざす。するとその途端に、向こうの目の前には八角形の巨大な青い文様が浮かび上がって、銃弾はすべてその“壁”に当たると音を立てて消滅した。
 くそっ!
 この部屋には隠れるところもない。ぼくはポケットに入っていたアタッチメントを銃に取り付け、すかさず打とうとした。すると今度はスターマンが、ぼくに狙いを付けて再び手をかざしたかと思うと、電撃がものすごい速度でこちらに向かって飛んできた。ぼくはその場で直観的に反対側へ飛んで、すぐ脇を青い電撃が音を立てながら走り抜けていったのを間一髪でやりすごしながら、スターマンに向かって再び銃を撃った。銃口のアタッチメントから放たれた弾は、敵に当たる寸前で弾けると、中から網状のものが飛び出してスターマンの腕のあたりに絡みついた。そこから、更に特殊な電撃が流れ、スターマンは一瞬動きを止める。
 アンチPSIマシン。これでヤツは妙な超能力が使えなくなった。
 電撃をよけた弾みで、ぼくは地面に思い切り滑りこんでしまったが、自らを奮い立たせて急いで起き上がると、更にアタッチメントを付け替える。ねばねばマシンだ。ぼくはすぐにそれを、アンチPSIマシンを外そうとして隙を見せていたスターマンに狙って撃った。相手へ発射された弾ははじけて、更にその中から大量のとりもちが出現し、上からスターマンの体全体を覆おうとした。しかしその瞬間、スターマンの姿はそこから忽然と消えていた。ぼくは目を疑う。
 そしてそれから間髪入れずに背後に気配を感じ、ぼくは振り返る間もなく、スターマンに身体を掴まれたかと思うと、思いきり投げ飛ばされた。身体が回転して一瞬なにが何だか分からなくなっていたが、背後から壁に叩きつけられる。身体と後頭部を強く打ってぼくは地面に落ちた。一刻も早く、立ち上がらなければならなかったのだが、ぼくはダメージのあまり、しばらく身動きが取れなかった。目眩がした。腕に力が入らなくて、体が起こせない。
 あいつの笑い声がする。……ちくしょう、ぼくは本当に仲間に頼ることしかしない能無しなのか? そうであってたまるものか!
 やっとのことで、ぼくが痛みに耐えながら顔をあげると、スターマンも未だにアンチPSIマシンによって痺れさせられ、体の自由を奪われていた。ぼくはそばに転がっていた自分の重い荷物をひっつかみ、よろよろと立ちあがると、そのままそれを胸に抱えながら走り出した。
 スターマンもぼくに気が付き、とっさに持っていた光線銃でぼくを打とうとする。が、うまく身動きが取れなくなっているのは分かっていた。ぼくはヤツよりも一瞬早く、荷物の中から大がかりなランチャーをひきずり出した。父さんの研究所で慌ててこしらえたものだった。
 それを走りながら肩に担ぎ、スコープを覗き込んで照準を合わせる。
「くらえ!」ぼくは叫ぶ。「ペンシルロケット・20!!」
 スターマンに突撃しながら引金をひく。
 砲口から、20本ものミサイルが、光とともに一斉に飛び出していった。

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