「ねぇ、ジェフ、どう思う?」
 歩きながら、ポーラが隣から話しかけてくる。
「何が?」
「何って」ポーラが続ける。「あのグミ族の人たちのことよ。あの人たち、なんて言えばいいのかわからないけど、その……何なのかしら? 」
「何、なんだろうね……」
 ぼくは苦笑してうなずく。何者なのかではなく、何なのか、とは言いえて妙だと思う。
 ほうほうのていで逃げてきたばかりの薄暗い洞窟を、再び恐る恐る引き返していく。非常に緩やかな上り坂だ。途中で枝分かれなどもない一本道なので、特に迷うということもない。
「分かんないよ」ぼくは小さくため息をつきながら言う。「あの無口って、本当に治る類のものなんだろうか……。っていうか、そもそも、どうしてぼくたちと言葉が通じるんだろう?」
「……。そういえばそうね」
「まぁ、言ってることは嘘じゃないと思うけど」ぼくは苦笑する。「もともと無口なのもあるしさ。本当に、あの地下に第7の『自分の場所』があるのかどうか分からないし、あの岩の下に本当に地底大陸が広がっているのかも分からないけど、でも、今なら何を言われたって信じられる気がするよ。いい加減もう何が来ても驚かなくなってきた……」
 ふと、空気が流れているのを感じた。ぼくたちの視線の向こうに、きらりと明かりが射す。入口まで戻ってきたのだ。ぼくは一度息をつくと、それから光のほうまで駆けてゆき、洞窟の外にひょいと顔を出した。
 むっと蒸し暑くなった。洞窟の中がひんやりとしすぎているのもあるのかもしれない。上空は、熱帯の木々の濃い緑色の枝葉で覆われており、その隙間からやや傾き始めた日の光が輝いて見えた。周りには、もう飛ぶヒエログリフの群れや、ゾンビたち、フォーサイドの警備ロボットたちなどの姿は見当たらなかった。みんなどこに行ってしまったのだろう。というか、奴らはそもそも一体どこから湧いて出てきたのだろうか? ポーラも、隣で「いないわね」とつぶやき、ぼくも頷いた。

 と、その時、ぼくのズボンのポケットが、不意に震えた。

 ぼくは息を呑んだ。
「どうしたの?」
 隣でポーラがぼくに尋ねる。
「いや」
 ポケットの中身はなおも震え続けている。ぼくは、ゆっくり息を吐き、意を決するとポケットから、中にずっと入れたままにしていたそれを取り出した。携帯電話だ。そして、ぼくは気付く。
「……ん? 番号が違う」
 ポーラが、首をかしげる。「何と?」
「えっ」頭の中の言葉を、無意識に声に出しているのに気がつかなかった。「……いや、別に、なんでもないよ」
 ぼくは焦り、慌てて通話ボタンを押した。
「はっ、はい?」
「あーもしもしー」
 電話口から明るい、聞き覚えのある声が響く。
「お久しぶりです、アップルキッドです」声の主に言われて思い出した、あのスリークの、ゾンビ騒動の時に、ゾンビホイホイという発明品を作ってくれた少年だ。と思っていたら、
「フォーサイドで『いちごどうふマシン』をお渡しして以来ですね、ネスさん。今どちらにいらっしゃるんですか? ずっと電波が通じなくって。こっちはいいお天気ですよ。いまウィンターズのアンドーナッツ博士の研究所に来てるんです。……博士は留守のようですが、ぼく勝手にここでこけしけしマ!!!!!!
「もしもし?」
 突然、声が聞こえなくなった。ぼくが何事かと思って呼びかけると、向こうからほんの微かな音量で、
「(!!!!! 何するんだ!)」
 何かが机の上からこぼれ落ちたような、盛大なノイズ音が入ってきて、ぼくは思わず耳を遠ざける。なにやら争っているような物音も聞こえる。「(だ、誰だ!!!)」
 ガチャン!
 強引に電話が切られたような音がしたあと、残ったのは、ツー、ツー、ツー……という発信音だけだった。ぼくは呆然としながら電話を離すと、まじまじとディスプレイを見つめた。
「ジェフ?」ポーラが訊いてくる。「だから、どうしたの? さっきから」
「いや、勝手に切れたんだ」
「え?」
 ポーラが困惑の表情でぼくの方を見たとき、再び手の中のケータイが震えた。ぼくらは顔を見合わせる。ポーラが、取ってよ、とアゴで合図し、ぼくは仕方なく再び電話を取る。
「もしもし」
「ネスさん、お久しぶりです。オレンジキッドです」電話の主は言った。……オレンジキッド? アップルの次はオレンジなのか。「って、もしもし?」
「もしもし……」
「あれ、もしかして、ネスさんの携帯じゃない?」
「あ、いや。ネスの携帯で合ってます。ぼくはその友人のジェフといって、」と言ったあとで、会話口を手で押さえて隣を向き、
「……ポーラ、オレンジキッドって奴も君らの友達?」
「あぁ、オレンジキッド!? あの使えない発明家の?」
 ポーラは、思いがけないものに再会したかのように声を明るくした。そうなのか、と思いながらぼくは電話に戻る。
「もしもし、で、そういう訳なんですけど」
「いやぁ、そうなんですか」オレンジキッドは頷いたように言い、「いやいや、おかげ様で。貴方がたに御支援いただいてる『ゆでたまごを生たまごに戻す研究』もいよいよ大詰めをむかえましたよ。あ、ところで、今回電話したのは、アップルキッドのことなんですが……」
「はぁ」
「行方不明なんですよ、彼」
 ぼくは思わず黙りこむ。
「ウィンターズのアンドーナッツ博士に会いに行くと言ったきり、帰ってこないんです。それでもしやと思ってネスさんの所に電話してみたのですが、ご存じないですか」
「いや」ぼくは言い、「……すいません、分からないです。こっちが探しているくらいで」
「そうなんですかー。実はぼく彼に『無口をなおす本』を借りようと思ってたんですよ、それなのに……突然、行方不明になっちゃうなんて……おかげでぼく口下手で……。まことに申し訳ありません。研究は命をかけてがんばってますから……どうかよろしくお願いします! あっ、ところで」
「はい?」
「僕とあなたって、なんだかキャラ被ってません?」
「さ、さぁ……」
「まいいや、それでは他の皆さまにもよろしく!」
 ガチャン。
 ツー、ツー、ツー……と電話が切れ、ぼくはまたあっけに取られて、その場に突っ立っているしかなかった。


 ぼくらがネスとプーの所へ戻ったのは、それからすぐのことだった。ぼくは今さっきポーラに話したばかりのことを、そのまま後の二人にも伝えることにした。
「アップルキッドが襲われた?」ネスが眉をひそめる。「って、誰に」
「だから、それを今から確かめに行かなきゃって思うんだけど」戸惑うネスに、ぼくは焦りつつも説明する。「プー、君は確か、テレポーテーションが使えたはずじゃないか。だから今から行けるだろう。なんだか明らかに様子がおかしかったんだ」
「ふぅむ」プーが答える。「……しかし、俺はそのウィンターズとやらには行ったことがないぞ」
「あ、それなら大丈夫」ネスが横から口を挟んだ。「テレポートなら俺も使えるよ」
「そうなの?」
「フォーサイドで身に付けたんだ。それに、俺だったら一度あの銀色の丸っこいのでウィンターズに行ったことあるし。行けるよ。ここで時間つぶしててもしょうがないしさ」
 それを聞いて、ぼくも肩をすくめる。ネスは、「よーし」と言ってぼくの手を取ると、目をつぶって、何ごとか念じようとした。しかしその時、横から「待って、私も行く!」と言って、ポーラが反射的にネスのもう一方の手を取った。ネスの顔が、一瞬うろたえるように赤く染まったような気がした。
「そうだな、みんなで行こう」
 プーもそう言って一歩踏み出すと、余ったぼくとポーラの手を取る。円になったぼくたちは、目を瞑り、ぼくはと言えば一瞬だけ目を開けて、後ろでなにやら分からず呆気にとられて立ちすくんでいる、グミ族の長老のほうを振り返ると「すぐ戻ります」と軽く会釈した。呆けていた長老はぴくんと体を跳ねさせ、それから恐る恐るうなずいた。
「行くよ!」
 ネスが呼びかける。と、そう言ったが早いか、視界全体がとつぜん体ごと平たい“く”の字に引き伸ばされるように揺らいだような気がして、それから地面が自分の頭を軸にして勢いよく360度回転し、耳の中では風の渦巻くような音がして、身体も物凄い重力で後ろに引き戻されたかと思うと、今度は上に飛ばされ、そこからまた斜めに回転して飛んだかと思い、そこで目を開けると、辺りはいつの間にか一面の、雪野原になっていた。

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