彼らには、ぼくらに何か危害を加えようなどという気はさらさらないようで、そのいかめしいひげを生やした彼は、ホール中央にある例の岩でできた円卓へぼくらを案内し、黙ってお茶をすすめてくれた。こんなもの一体どこで手に入れてくるんだろう、と目の前のコーヒーカップを手にしたぼくにはすこぶる疑問だったのだが、まぁさっき見たあのガラクタの山などと同じように、やはりどこからか拾ってきているのだろう、とも思えた。
 小さな目をいっぱいに開かせて、彼は、ぼくらをその好奇心のままにじっと見つめていた。ぼくが、「……あなたは何者なんです?」とおそるおそる尋ねると、彼は沈黙し、黙り、黙り、また黙り、黙ったあとで、ようやく、「グミ族」と言った。
「グミ族?」
 ぼくが反復すると、彼は、うなずいた。
「グミ族、というのがあなたの名前なんですか?」
 そう聞くと、またもや彼は黙りこんでしまった。横からポーラが「族、っていうからには、この辺りに住んでる人たちのことを言ってるんじゃない?」と囁き、ぼくが「……そうなんでしょうか?」とそのグミ族の彼に尋ねると、彼はまた、しばらくした後で、こくりとうなずいた。が、やはりそれきり黙りこんでしまい、特に何も語ろうとはしなかった。そうすると、まわりの岩陰や通路の奥などからも、やがてひげを生やした彼と同じように緑色の体をした、小さな面々がぽつぽつと現れ、周囲に集まりだした。しかし彼らもまた、相変わらず揃って黙しているままだ。彼らの最大の特徴は、その得てして常に「黙って」しまう所にあると、ぼくは思った。
「あのう、グミ族の……ええと、何さんでしたっけ」
「……」
「……」
「……」
「あ、とくに、名前みたいなものはないんでしょうか? それとも」
 うなずく、彼。その辺りは、以前出遭ったどせいさんなどとも同様であるらしい。
「そうなんですか。へえ……」
「……」
「え、えっと」
「……」
「…………」
「…………」
「…………わしたち、」
「へっ!?」
 唐突に彼がしゃべりだしたので、ぼくは思わず声を上げてしまった。
「……」
「えっ、あ、いや、その、ごめんなさい。なんでしょう」
「……」
「……」
「わしたち、」
「はい」
「……わしたち、ぜんたい」
「はぁ」
「……」
「……」
「……ぜんたい、むくち」
「……」
「……」
 いや。いや、いやいやいや。それはもうさっきから十二分に身に染みて感じていることですから!
 それからは、彼はやがて訥々と、ぼくたちに彼の語るべきと感じているであろう所の話を語りだした。どうやら彼は、この洞窟に住んでいる「グミ族」の、長ともいうべき存在であるらしい。
「……わしたち、ぜんたい、むくち」彼、グミ族の長老は再びそう言った。「むくち、治す本ある、うわさ。どこ? 知らない……。ある、うわさ」
「それがあれば、無口が治るってことですか?」
 ぼくが訊くと、長老は再び黙りこんでしまう。どうやら無理に問いただすのではなく、彼自身がみずから語り始めるのを待つほうが早いのだろうか、と、思い始めていたそばから、今度はずっと隣でイライラしっ放しだったネスが、とうとうしびれを切らしたように、
「あのっ、あのー! ここに住んでる人の中で、もっとしゃべれる人はいないんですか!? ちょっと、どうなんですか!!」
 突然のネスの叫びに、長老は驚き、目を丸くしたまま、まるで硬直したかのようにじっとしていたのだったが、長いこと固まった後で、おそるおそる立ち上がると、あらぬ方向へ、てこてこと歩き出し、数歩進んだところで、くるりとこちらを振り向いた。ぼくらは思わず顔を見合わせる。
「な、なにするつもりなんだ……?」
「ついて来いとか、そういうことなんじゃないか」ようやく口を挟むプー。
「そっ、そうなの?」
「ならさっさと行ってみようぜ。このままじゃ埒があかねえよ」
 ネスが促す。ぼくらは戸惑いながらも立ち上がる。




「無口でないグミ族も一人います。それは私です。あなたがた何やらあまり見かけない顔でございますがどこから来たんでしょう?え?え外から?え?はぁそれは何だかすんごいことでございますね。実は他にもしゃべれるグミ族は昔たくさんいたんでございますが今は全くもっていなくなってしまったんでございますよ。マジで。であるからして今はもう私ひとりになってしまったんでございますんですがどうやらみんな私たちがあんまりに無口なもんですからもうとうとう嫌気がさして出ていってしまったんだろうと思いますよ。私も実はほかにしゃべったりするお相手がいなくなってしまってそれはもう淋しくて大変なのでしたよ。で今回は一体ぜんたいどういったご用件なのか?」
「……」
 長老から紹介されたその彼は、顔はみんなと全く同じであるにもかかわらず、いきなりものすごい剣幕でまくし立ててきたので、ぼくらはいくぶん戸惑いはしたものの、とりあえずようやくまともにしゃべれる人が――なんだか見た限りではいくぶん問題ありげではあるが――現れたことに、ぼくたちはひとまず安堵した。
「あの」ぼくは質問する。「あなたはその、なんでだか知らないけど、無口じゃないんですね」
「はい全然全くしゃべれるんでございますが何か?」
「……」
 ここには、ひたすら無口か、もしくはひたすらおしゃべりな奴しかいないのだろうか、と思う。
「えーと、実はぼくら、パワースポットっていうのを探していて……」
「パワースポット!?ああパワースポット!!あああ!!」彼はぼくの言葉を聞いて驚天動地の大事件であるがごとく跳ねあがり、「ねぇ知ってますか?地面の下から怖いものが出てくるので私たちフタをしております。恐竜がいっぱいいます。一度行ってみてあーわてて帰ってきたことがありますがしゃべる岩もあったんですよ。行ってみたいですかそうですか。でも私はこう見えてもひ弱な男ですのでそれはできない相談でございますんですよ。力があるのは隣の男でございますよ。でも隣の男とは会話がなりたたないんでございますよ。あいつの無口を直さないと」
「……」
 ぼくらは思わず閉口し、しかし、なにやら隣の男と言う単語も聞こえたので、ちらりとそちらを振り返ると、そこにはさっきからぼくらの背丈よりもずっと大きな、黒い岩がずしりと鎮座しており、その上にはさらにグミ族の男(……と言われたからには男)が一人、座ってじっとしていた。ぼくらが彼に目をやると、向こうもこちらの方を振り向いたのだったが、他のグミ族と同じように、彼もそのつぶらな瞳をぱちくりさせるだけで、何も言わずに小さくうなだれていた。
「おい、喋る奴」プーが横から、先ほどのよくしゃべる男の方に向かって話しかける。「さっき、確か『地面の下に恐竜がいる』とか言わなかったか? この地下にはまだ何かあるのか?」
「はいありますよそこは地底大陸といいますし恐竜もたくさんいます。他のグミ族の方々も沢山いらっしゃります。ああでもその前にまだ誰も入ったことにない場所とゆうのがあってそこは誰も入れないのですよ。でも地底大陸は怖いです。そら怖いんです」
「……ジェフ。聞いたか」
 プーが目配せする。そうだ、サマーズでプーが前に言っていた。「魔境の中をさらに進めば、その奥には地底大陸がある」と。それが、このグミ族の集落の下にあるということなのだろうか? さらには7番目の『自分の場所』もその辺りにある、ということだが、はたして本当なのだろうか。
「疑ってみたって仕方ない」プーが言う。「行って見てみれば分かることだ」
「じゃあ、まずはこの岩をどうにかしないと……」
「俺のPSIで壊してみようか?」
 ネスが言う。プーがうなずき、岩の上にいる彼に「あのう、この岩の下へ行きたいのですが、どいてはくれませんか?」と語りかけた。が、彼はうなだれたまま、小さな目をこちらに向けると、やはりそこにじっと留まっていた。
「……。だああああっ!!」ネスが突然叫んだ。「ったく、なんでここにはこう、全体的にもうまっわりクドいやつしか存在してねえんだよ! 腹立つー! みんなもっと普通にすればいいだろ!!」
「落ち着けよ……」ぼくはネスをなだめる。「……でも、確かにネスの言うとおり、ここの人たちってなんか変な人ばかりだ。その辺りのところからどうにかしていった方が、実際ラクなような気もするけど」
「どうにかするって、何を。どうやって」ネスは顔をしかめて、その辺りの地面に座り込む。うんざりしたように足を放り出して、「じゃあなに、ジェフはその、たとえばさっきの『無口をなおす本』とかが本当にあると思ってるわけ? それが普通にドラッグストアに売ってたり、図書館で借りられたりできるって思ってる?」
「そうは思わないけどさ……」ぼくはため息をついた。「……。ぼく、ちょっと外を見てくるよ。追っ手がまだこっちにたどり着いてないっていうのが何だか怪しいし。解せない」
「あっ、なら、私も行くわ」ポーラが言う。ぼくは、彼女のほうを振り向き、困ったようにうなずく。

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