最初は、ただの空のきらめきだった。しかし、それらが次第に青い炎をまとった隕石に見えてくると、やがてジェット機のような音を立てながら、空から次々と降り注いできたのだ。鼓膜を破るほどの轟音に身体が揺さぶられ、その次の瞬間には爆風で身体ごと吹き飛ばされていた。粉塵に包まれ、間もなく視界が全く利かなくなる。何が起こったのか全く分からなかった。ともかくゲップーの拘束からは逃れられたのか……、と思ったとたん、頭から地面に落っこち、そのまま数メートルごろごろと転がった。何かに衝突して、そのおかげでようやくどこかで停止する。体の節々が痛い。当たり前だ。落っこちた拍子にメガネもどこかへ飛んでいってしまったらしい。まったく、いつだってぼくはこんな事ばっかりだ。身体も、心なしか以前よりも丈夫になったような気がする。妙な話だ。
 ぼくはあちこち痛む身体をなんとか起こすと、辺りを見回した。周辺はもうもうとした粉塵にけむっていて何も見えない。ぼくは口を手で覆って二、三度咳をすると、それから声を張り上げた。
「ネス―――ッ!! ポーラ―――ッ!!」
 と、向こうから、何やら誰かの近づいてくる足音が聞こえてきた。視界が利かないので誰なのかはよく判らない。彼は、黄土色の煙の中からぼくに向かって手を伸ばした。ぼくは思わずその手を取り、そして、目をみはった。それはぼくの予想だにしていなかった人物だった。
「ジェフ、久しぶり」
プー!!」
「遅くなってすまない」彼は微笑んだ。懐かしい顔がそこにあった。「でも、良かった。無事で」
「そんな……」ぼくは彼の手を握り、再会の喜びをなんとか言葉で表現しようとしたが、上手くいかなかった。目を伏せて、首を振る。涙が出そうだった。「そんな、ぼく、ぜんぜん無事なんかじゃなかったんだ。君がいなくて、ぼくがどんなに心細かったか……!」
「すまない。でももう大丈夫だ」
 プーは言った。ぼくも頷いた。
「でも、案外、早く戻ってこれたんだね?」
「ああ。これが『星を落とす方法』、PKスターストームだ。間に合ってよかった」
「あ、でも、そんなことよりネスたちが……」
「ジェフ―――ッ!!」
 声のしたほうを振り向く。だいぶおさまってきた煙の中から、ポーラに肩を貸しながらネスが歩いてきた。さいわい二人共それほどひどい怪我にはなっていないようだ。
「プー? プーなの!?」驚いてポーラが声を上げた。「じゃあこれ、プーがやったのね。すごいわ! ……それと、その格好はどうしたの?」
「あぁ、これか」
 プーは自分の体を改めて見回す。いつも着ていた例の道着の上から、金色の糸の装飾の付いた古びた褐色のマントを羽織り、同じような柄のバンダナを頭に巻いている。腰には黄金でできた剣を提げ、手首につけている腕輪も同じく金だ。
「これはランマに伝わる王者の装備なんだ。これを身に着けていれば俺はさらに強くなれる」
 そう言って、それからプーはぼくらを見回して言った。
「ともかく、これでまた一緒に戦えるんだ。改めて、よろしくな」
「ったくよー、心臓に悪いっつーの」
 ネスが、頭の後ろで手を組みながら、からかうように笑った。
「来るのもぎりぎりだったしさぁ、死ぬかと思ったぜ」
「でも、そう簡単にやられるほど」プーは、彼にしては珍しく、からかうように、「お前たちはヤワじゃないだろ?」
「そうかもしれないけどさぁ……」
「とりあえず、お帰りなさい!」ポーラが微笑んで言った。「そうよね、私たち運命に選ばれた戦士たちなんだもん。そう簡単にくたばるわけには行かないわよね!」
 くたばる、なんて、普通の女の子の使う台詞じゃないな、と思い、一人で苦笑する。ネスも笑い、プーも微笑した。……と、次の瞬間、プーは突然、何かを察知したようにバッと周りを見渡した。それから、「あまりぐずぐずしている時間もなさそうだ」と呟く。
「え? どういうこと?」
 ぼくらが戸惑っていると、ふと、周りを囲んでいるむっとした大気を含んだ熱帯樹林の奥から、草をかき分けるような足音が聞こえてきた。大勢だ。プーが、ネスに「鷹の目は?」と聞き、ネスは、あわててポケットをまさぐってあの銀色の雫をとり出す。その刻まれた瞳形のヒエログリフから、青い光の筋がのびていた。
「急ごう。まだ敵の追っ手が途絶えていない」
「敵? まさか、まだゲップーが?」
「いや、もっと別の奴らだ」
 プーがぼくらに目くばせする。見ると、林の中から出てきたのは、あのスリークで幾度も遭遇したあのゾンビたちだった。何十体もいる。後ろにもまだ大勢ひかえているようだ。
「ゾンビ!? どうしてあんなのがいきなり!?」
「走れ、あんなのにいちいち構っていられないぞ!!」
 プーの言葉であわてて駆け出す。鷹の目の光は森の中の細い通り道を示し、ずっと先まで伸びていた。後ろからはゾンビの足音に混じり、鉄のガラクタがこすれあうような妙な音も聞こえ出した。
「あっ、あれ、」ネスが後ろを振り返りながら言う。「フォーサイドのモノトリー・ビルで見た、警備ロボットたちだよ!!」
「なんだって!? なんでこんな所に!!」ぼくは耳を疑う。「ここって魔境じゃなかったのか?!」
「そのはずだ!」
 軽やかに先頭を走りながらプーが言う。ぼくらの頭上を、スカラビのピラミッドで見たヒエログリフの文字の群れが、波のように蠢きながら飛んでいく。何だっていきなり、今までに出てきた敵たちが再びぼくらの前に姿を現し始めたんだ?
 ぼくらは、繁みの中のさらに奥へと入る。回りの木々がまるでぼくたちを避けていくかのように道ができて、続いていくので、鷹の目の光に導かれるぼくらは何にもぶつからない。やがて道の終わりが見えてくる。岩壁にぽっかりと開いた洞窟だ。
「あそこだ!」
 ネスが叫ぶ。ぼくらは文字通り転がり込むようにして中へと入った。最後にポーラが逃げ込んでくると同時に、背後から迫ってきていたヒエログリフの群れが、まるで見えない壁にぶつかるように洞窟の入り口ではね返り、悔しそうに周りをうろついていた。ぼくらは息を荒げながら、さらに先へと進むために、その一本道の洞窟の奥へと構わず進んでいった。
「……さっきのさ、なんだったんだろ、一体」
 ネスが歩きながら誰に言うでもなく呟く。道は、緩やかな下り坂になって奥まで続いている。
「きっと、記憶を辿っているんだ」プーが答えた。「今まで俺たちが歩んできた道のりの記憶をだ」
「辿ってるって誰が? 誰の記憶を?」
「ギーグさ」
 やがて、道がひらけた。
 そこは小さな部屋くらいの、手狭な広間だった。中は明かりがあるわけでもないのに、ほの明るく、どこからが光が入ってきているのかもしれなかった。天井は低く、その奥には更に道が続いて、また別の部屋へつながっているようだ。そしてさらにその奥にも通路が見える。なんだか自分が小さくなってアリの巣に迷い込んでしまったかのようだった。ふと、何気なく、奥のほうを覗いてみると、さっと一瞬だけ、何かが目の前を通り過ぎていった。
「!!」
「どうした?」
「……いや、今、何かいたような」
 全員が一瞬、息を呑む。
「何かって?」
「いや、分からないけど……」
「ねぇ、ここが本当に『鷹の目』の示してた目的の場所なの?」
 ポーラが聞いた。プーも「さぁ、しかし、他に道も無かったし……」と首をかしげる。ネスが、手の中の鷹の目を掲げるようにして見た。しかし鷹の目じたいには、いつの間にかもう何の変化もなくなっていた。
「どういうことだろう」
「この辺りってことなんじゃないの?」とネス。
「無責任ね……」
「とにかく、探索してみよう」プーが促す。「何か見つかるかもしれない」
 ぼくらは、用心しながらも先へ進んでみることにした。まず奥の部屋に入ると、そこはゴミ捨て場か何かのように、テレビのディスプレイやらパソコンのキーボードやら、古い型の電話機や空き缶などが、部屋の隅に固まってうずたかく積み上げられていた。隣には看板が立っていて、「わからないガラクタ」とある。ぼくらは近寄ってみてとりあえず観察してみたが、特にこれといって目を引くようなものはなかった。と、その間にプーが、奥にある別の通路へと歩いていって、次の部屋の中を覗き込むと、すぐに振り返って「おい、ちょっと来てくれ」とぼくらに小声で言った。ぼくらは急いでプーの元に歩み寄ると、そこから促されるままにその部屋の中を覗き込んだ。
 そこは一段と大きく開けた、いわばホールのようになっている場所だった。真ん中には低く平たい巨大な岩が、まるでテーブルのように横たわっていて、ぼくらが更に観察すると、そこには今しがたまで誰かがいたような形跡があり(何か食べかすのようなものが散らばっている……食事のあとだろうか?)、やはり何かがこの辺りに潜んでいることには間違いないようだった……と、そこまで思ったところで、そのテーブルの後ろに何かが隠れているのに気が付いた。


 緑色のキノコのような形をした物体だった。そう思ったのは、大きな頭と、その下の短い胴体があったからそう連想しただけで、その胴からは細い手と足らしきものが生えており、テーブルの陰からこちらの様子を、そのつぶらな瞳でじーっと見つめていた。ぼくらは、全員が一瞬固まって、それからその得体の知れないものを、思わず凝視した。緑色のそれもぱちくりとまばたきをして、こっちを見た。もしかしたら生き物なのかもしれなかった。
 どれくらい長い間、そうしていたのか分からなかったが、先に動いたのはむこうだった。彼(彼女?)はひょいとテーブルの奥へ姿を消すと、そのままどこへやら、てこてこと歩いていってしまった。ぼくらはただ唖然としていたのだが、ふと、とんとんと誰かに足元を叩かれた。ぼくが何気なく振り向くと、あの、今さっき向こうに行ったとばかり思っていたあの緑色の生物が、いつの間にか背後にまで回りこんでいたのだった。
「うわぁっ!?」
「……」
 相変わらずまばたき以外はしないのだったが、さっきとは少し様子が違っていた。なにやら逞しいひげが生えている。彼(たぶん彼)は、ただ呆然としているぼくのほうを見、それから後ろから何かを取り出した。コーヒーカップだった。
「のむか、ちゃ?」

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