Chapter 10  光

 サブマリンは、『さらば穴』から落ちたその先の物置で無事に発見した。古い乗り物をコレクションしたようなスペースがあり、エンジンの抜けたフィアットやさびついた自転車、それにアンドーナッツ博士の発明した機械などがずらりと並ぶその中に、ひときわ大きな黄色い潜水艦を発見したのだった。
 さいわいサブマリンの故障はごく軽度のもので、以前にスカイウォーカーをいじったこともあり、この手の作業は慣れてきつつあったぼくにしてみれば、サブマリンの修理はそう苦な作業でもなかった。このサブマリンは、何十年も前に作られたというかなり年季の入った代物で、精密機械類の取り扱いなども皆無に等しかった、というのも、作業が子供の手だけで済んだ原因かもしれない。


 それからぼくらは、数日がかりでなんとか修理を終えたそのくたびれたサブマリンを、ブリック・ロードさんにも協力してもらいながら外へと運びだした。そばにはスカラビの街から続く大河が流れており、その岸にサブマリンを浮かべた。河は、その幅からして川と言うよりもむしろ海のように見えた。
 水平線の向こうにうっすらと陸が見える。その岸は一面うっそうとした森林に覆われていた。
「あれが『魔境』でやす」ブリックさんが言う。「熱帯雨林の広がる未開の地、五体満足に帰ってきた人間は一人もいないでやす。悪いことはいいやせん、今からでも中止したらどうです、上陸なんて。もっと他に方法があるはずでしょう。どこへ行くのか知りやせんが……」
 ブリックさんの体は、今やダンジョンと一体化した「ダンジョン男」となっているため、ぼくらの入っていたあの塔が今はそのままブリックさんの体なのだった。変形して手足が生えた分、よりロボットに近いような姿をしていた。
「ブリックさん、さっきも話しましたけど、これがぼくらにとっての最善の方法なんです。どうか止めないでください。ぼくらはどうにかしてあの中に入って、なんとか奥へ奥へと進んでいかなきゃならないんです。どうか、ぼくたちを信じててください」
「まぁそこまで言うなら仕方がないでやすが……」ブリックさんは閉口する。「あっしも是非ついて行きたい所でやした。しかし、あんなところに行くんじゃあ、あんたたちだけの方がかえって動きやすいでありやしょう。あっしはここで見守っていやす。どうかお気をつけて……」


 大河を渡り、ぼくらはサブマリンを熱帯の樹林に続く細い流れへと進めていく。ブリック・ロードさんの姿については、結局誰も突っ込まなかった。
 しばらく進んだところで、急に船ががくんと揺れて、動かなくなった。ぼくらは潜水艇の中で顔を見合わせ、それからおそるおそる甲板の上に出てみた。
 まわりはすっかり見たこともないような原始の木々に囲まれていた。むせ返るような緑のにおいがする。空は熱帯樹林の枝葉に覆われており、木漏れ日が見えている程度だ。どこかで鋭い鳥の鳴き声と、飛び立つときのバサバサという翼音が聞こえた。下に流れているはずの川に目をやると、どうやらこの川は、ちょうどこの辺りで流れが途絶えていたらしく、そのせいで、間違って陸に上がってしまったようだった。
 サブマリンは泥の中に体を半分突っ込んだ形になっていた。ぼくらはブリックさんからもらった迷彩のつなぎとゴム長を着込み、外を見て回ってみることにした。とりあえず全員サブマリンから降り、土に足を踏み入れてみるのだが、まだ地面はゆるく、この辺りはいちめん沼のようになっているせいで、一歩すすむごとに泥の中にずぶすぶと沈んでいってしまう。ぼくらは、数歩あるいては足を引っこ抜き、また歩く、という動作をくり返しながら、やっとのことで固い地面の上へとやってきた。
 その場にひとまず腰を下ろして息をつく。歩いてきた方向に目をやる。サブマリンをまた動かすには、けっこうな労力が必要そうだった。
「どうしようかこれから……」ネスが尋ねる。こう聞かれるのもいったい何度目だろう。「サブマリンは動かなくなっちゃったし」
「ぼくだって分かんないよ。これから、どこに行けばいいのかさえ判断つかないんだ」
「『鷹の目』は?」
 ポーラの言葉でぼくらはようやく思い出し、ネスがリュックから、あの銀のしずくを取り出す。
 鷹の目は、一点から青い光の筋を放って光っていた。その筋は、この先に続く道の向こうへと一直線に伸びていっている。
 そうだ、ぼくらには真実の目がある。だからどんな深い森も暗き闇も迷わずに越えてゆける。

 光の帯をたどって熱帯樹林の森の中を歩く。とにかく蒸し暑い。地面は全体的にぬかるんでいて歩きにくいし、なにか行動するたびにいちいち無駄に疲れてしまうので、汗がどっと吹き出る。息が切れる。まぶたがふたたび重くなってくる。
 木々の茂みの間をかき分け、獣道を突き進んだ先に、開けた場所があった。雑草や低木が点々と生えるそこに、魔境とはまったく不釣合いな代物が転がっていた。墜落したヘリコプターだった。
 ぼくらは近寄っていき、そのヘリの残骸を観察してみることにした。ボディは黄色で、頭から地面に思い切り突っ込んだらしく、プロペラが大破しており破片がそこら辺に突き刺さっている。どうやら完全に使い物にならなくなっているらしかった。運転席には誰も乗っていない。
「ジェフ、どう?」とポーラが聞いた。
「完全に壊れてるね。でもぼくなら直せ……る、と思ったけど、エンジンがないんじゃなぁ……」
「ちょ、ちょっと来てくれよ!」
 ヘリの後ろに回りこんでいたネスが叫んだ。ぼくらは振り向き、ネスのほうに駆け寄っていく。ネスはうずくまり、ヘリの後部プロペラに印字されていたエンブレムを指差した。どこかで見たことのあるような模様だった。
「このロゴ。これ、モノトリーの会社のマークだよ」ネスが振り返って言った。「このヘリって、もしかしてあのときポーキーが乗っていったものじゃあ……」
 ぼくらは言葉を失う。ポーキーのことなどすっかり忘れていたのだ。モノトリーのヘリを奪ってから、いつの間にやらこんな場所にまで逃げてきていたらしい。例の「マニマニの悪魔」を持ち出してきたのは他でもないあのポーキーなのだ、とはネスの談だが、それも失ってしまった今、彼がさまよい求めるものはいったい何なのか。彼はいったいどこに向かっているのだろうか。そう思うと、彼のこともなんだか哀れに思えてきた。
 ぼくらは、完全に気をとられていた。だから、後ろから聞こえていた「何かが這いずり近寄ってくるような音」についに気づけなかったのだ。

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