ぼくたちは、プーとまぼろし老人がいなくなったあとも、彼らがさっきまで確かにいた場所をまばたきしながら見つめ、ぼんやりとそこに立っていた。もしかしたら、しばらく待っていれば突然、「いや、やっぱりやめることにしたよ」とあっさり帰ってくるのではないか、と、かすかな希望を抱いては見たものの、プーに限ってそれはないか、とも思い、自分の考えをすぐに打ち消した。
 風が吹き、砂ぼこりが舞う。目を細めてこぶしでごしごしと擦った。
「……どうする?」と、後ろのネスが言った。しかし、実際は半ば自問しているような形だった。
 そうだ、とぼくは、熱い太陽の照りつけを感じながら、ネスの言葉をもういちど頭の中で繰り返す。これからぼくらはどうするのか。
「そうだな、」とぼくは口を開く。「無事に『鷹の目』も手に入れることができたし、また『自分の場所』探しを再開しなきゃ。これから砂漠を越えて、そうだ、『魔境』とやらに向かわないと」
「……その前に、まずは砂漠を越えなきゃ」ポーラは、今までの急な展開に、ほとほとうんざりしているような口調で言った。かすかに諦観も混じっているような感じだ。「ていうか、ここって一体どこなの? 入り口とまったく違うところに出ちゃったみたいだし」
 ぼくらは、ざっとこの辺り一面に続く砂漠の周囲を見回してみた。遠くの方にはまだゆらゆらと逃げ水が見えたが、青空の下の地平線の先へさらに目を向けても、街の蜃気楼さえ見えてこなかった。背後には、スカラビの街の外で見かけたものよりも二回りほど小さい、こじんまりとしたピラミッドがあり、その向こうには、砂ぼこりの混じった空気にかすんでよく見えないものの、うっすらと高い塔のようなものが立っているのが見えた。
 塔?
「なんだろあれ」とネスが呟く。ここからはけっこうな距離があるようなので、どれぐらいの高さなのかは見当がつかなかったが、あんな塔はスカラビでも見かけた記憶がなかった。こうして見ていても、砂漠の中でひとつだけ妙に浮いた存在のように見えた。
「……あの上から見れば、ここがどこなのかだいたい判別できるかもしれないな」
「あ、そうかもね」とポーラが頷く。「行ってみる? っていうか、疲れちゃった。のども渇いたし」
 確かに、ぼくたちは疲れていたのだった。ずっと歩きづめだったし、どこか休む場所があればそれに越したことはない、とぼくは思い、下げていた水筒を持って中の水をひとくち飲みながら、もう一度塔のほうを見やった。塔のてっぺんあたりに、ちょうどハニワの顔のようになった3つの丸い窓があって、その顔がちらりとこちらを見たような気がした。ぼくは、気のせいだよなと思い、それから歩き出した。
***
『トニーです。元気ですか。僕は、相変わらずです。
 えーと、今日は、寄宿舎のことを話したいと思います。……えーと、実は、グレンとギャリーが帰ってきたんだ。最初に帰ってくるって知らされたときは、それっていいのかなぁ、とも思ったけど、……でも、前にジェフも話してくれたと思うんだけど、その、帰ってくる前にウィルとはちゃんと仲直りしてたみたいだったし、その、そっちの関係については問題ないみたいでした。むしろ、怒ってたのはボビーのほうでさ……、二人が、先生に案内されて、ラウンジに戻ってきたとき――あ、僕たちはそのとき、全員ロビーに集められてたんだけど、それで、グレンとギャリーがみんなに向かってぺこっとお辞儀をして、
「……どうも、すみませんでした」
 って、頭を下げて謝ったとき、ボビーが、みんなの中から人をかき分けるようにして出てきて、グレンの傍までずかずか歩いていったんだ。ボビーは、二人のをゆっくり交互に眺めながら、彼らをずっと睨んでいて、二人は、ちょっと困ったようにおびえてた。ぼく、何が起こるのかと思ってたら、そしたら、どうしたと思う、突然ボビーが、グレンのほうに手を突き出して、握手を求めたんだよ。
「おかえり」
「……」
「ほら、おかえり、っつってんだろ」
 ボビーは顔を真っ赤にしてそう言ってた。照れてたみたいだ。きっとウィルから何か言われてたんだと思う。二人を責めないでくれ、とかなんとか。ぼくらは内心ヒヤヒヤしてたんだけど、でも、その一言でみんなやっと安心して、拍手して迎えたんだ。そしたら、グレン泣き出しちゃってさ。もうグダグダ。

 二人が戻ってきたのを話したら、ガウス先輩も喜んでたよ。これでまた学園もにぎやかさが戻ってくるな、って笑ってた。そうだよね、なんだかんだ言って、元いた仲間がまた帰ってくると、安心するもんね。よく話すやつらだったりすると、なおさらだよ……。』
***
 目を閉じる。
「久しぶり。」
 暗闇の中に、彼がいる。
 また君か。久しぶりだね。
「本当だよ」彼は肩をすくめた。「まったくザマないね。懲りもせず、また迂闊に信じたりして、それで結局また裏切られるなんてさ。僕の言うとおりだったじゃないか。こんな世界にそこまでこだわる理由が分からないよ」
 ……。
「僕の言うことを聞き入れてくれる気になったかい」
 ……いや、
「なんだい? その顔は」
 別に、ふつうの顔だよ。
「何が言いたいんだ。言えよ」
 言いたいことなんてないって。
「嘘だね。まったく、君は愚かだよ。こんな下らないものに固執してる」
 ぼくにとって下らないか下らなくないかは、ぼくが決めるよ。君の決めることじゃない。
「そんなことないさ。僕はつまり君で、君はすなわち僕だ。君の悲しみは僕の悲しみでもあるし、君の痛みは僕の痛みでもある。違うかい?」
 分からないよ、そんなことは。ぼくは、ぼくはただ、
「これは、定めなんだよ。もともと決まっていること。僕と君の間で、はるか昔から続いてきた因果」
 因果か。そんなものなのだろうか。
「だからさっきから何が言いたいんだ?」
 だから言いたいことなんてないって。

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