『トニーです。今日は、ええと、ちょっと面白いことがありました。
 キツネがいたんだよ。朝、寄宿舎から学園に行くときに、庭の方から、きゅーん、きゅーん、って動物の鳴き声がしたんだ。ほら、あの庭の、森に面してるあたりだよ。気になって行ってみたら、そこに、かっわいい子ぎつねがいたんだ。まだ全然ちっちゃくてさぁ、なんでか知らないけど、建物に向かって鳴いてたんだ。それで僕がうわーすごいって思って、そっと近づいていこうとしたら、ぴくんって顔をこっちに向けて、すぐに森の中に逃げていっちゃった。かわいかったなぁー、見せてあげたいくらいだったよ。あとで見てみたら、雪の上にちっちゃな足跡がついててさ、ホントにいたんだなぁって思ってさ。でもへんだよねぇ、子供一匹だけなんて。親とはぐれちゃったのかなぁ』
***
「……何もいなくなってる」
「なるほど、そうか」プーが1人うなづいて言った。「あの明かりが、敵を動かすひとつのスイッチになっていたんじゃないか? ……いや、ただの推測だが」
「でも、チャンスよね。何もいなくなった今の内にここを出るしかないわ」
「もしまた罠だったら?」とぼくが言うと、プーは、
「だが、このままここでじっとしているわけにもいかないだろう。とりあえず、油断しないで慎重に行ってみよう。いったん外に出て、もう一度体勢を立て直す必要もあるかもしれない」
 それはそうかもな、とぼくも頷いた。
 さっき、大急ぎで下ったばかりの階段を、今度はまたおそるおそる登っていく。何の物音もしない、ぼくたちの靴音だけが響き渡るばかりだ。懐中電灯の明かりを、両脇の壁へ振るように向けてみる。何の異常もないように見えた。描かれているヒエログリフはぴくりとも動かない。普通に考えれば当たり前の現象でしかないのだが。
 先ほどの、黄金の棺のある部屋まで戻ってくると、真ん中にあるはずの棺の位置が、大きく右にずれていた。ぼくらはぎょっとした。誰かが動かしたのか? それとも……。ぼくは恐怖で足を動かすのを思わずためらったが、隣のネスがぼくに、棺をあごで示して、近づいて見てみようと促した。ぼくは仕方なくネスに応じ、4人で小走りに棺へと近寄っていった。
 かつて棺があった場所には、ぽっかりと長方形の穴が開いていて、照らしてよく観察してみると、その穴はすべり台のような坂になっていて、下へと続いているようだった。
「……これ、どこに続いてるんだろう」
「出た先が、サソリとか蛇がうじゃうじゃいる部屋だったらどうする?」
「ちょっと!」ポーラがネスの冗談にヒステリックな声を上げた。「やめてよ!」
「行くならネスが一番先がいいかもな」プーが言う。「……いや、そういう意味じゃなくてだな。そんな顔するなよ。ネスは飛べるだろ? 先が危険だと分かったらすぐにブレーキをかければいい」
「そんな簡単に言うけどさ……」ネスは仕方なさそうに嘆息した。「……わかったよ、行けばいいんだろ行けば。ったく、なんかもう踏んだり蹴ったりだなぁ、どうなってんだよこの遺跡は……」
***
『トニーです。
 また、あのキツネがいたよ! こないだと同じ場所にさ。部屋の窓から外を見てたらまたいたもんだから、こんなこともあろうかと思って、きのう用意しといたホットミルクの入った魔法瓶と、あと何か食べられそうなものを持って、庭に走っていったんだ。着くと、きつねはすぐにこっちに気がついて、森の中へタタタタッて逃げていっちゃったんだけど、僕が、持ってきたお皿にミルクを注いで、熱くないように少し冷ましながら、おいで、おいでよ、って声をかけてみたんだ。森の中に。……いや、その、本気でキツネが人間の言葉が分かるなんて思っちゃいないけどさ……本当だぜ? その場のノリってのがあるじゃないか。まぁいいんだけどさ。そうだよ、そしたらだよ。来たんだよ、キツネが。いや、来たっていうか、森からひょっこり顔を出しただけなんだけど。でも僕感激しちゃったよ。また怖がるといけないから、ゆっくり2,3歩うしろに下がっていってさ、様子をみてたんだけど、そうしたら、しばらくして、怖々歩いてきてさ、お皿のミルクをふんふんふんって用心深そうにかいだあと、少しずつさ、飲み始めたんだ、ミルクを。ぺろぺろってさ。飲んでるのに夢中になってる間に、僕が少しずつ近づいていって、そばにしゃがみこんでも、別に平気な顔して、必死にミルクを飲んでてさ。近くで見ると動物の子供っておもしろいんだねぇ、本当にぬいぐるみみたいでさ。僕、この前TVで、中国の動物保護団体かなんかがパンダの繁殖に成功した、っていうニュースをみててさ、で、それは、パンダの子供が3,4匹くらいですべり台を使って遊んでた映像だったんだけど、あれもホントにかわいかったなぁ……。ええっと、それで、そう、きつねの話だよ。その子、きれいな金色の毛並みをしててさ、目なんか黒曜石でできた玉みたいで、きらきらしてるんだぜ。もうたまんなかったなぁ。
 それで、今度はポケットから、お皿といっしょに部屋から持ってきたビーフジャーキーの袋を取り出して、中から一本あげてみたんだ。そしたら、その子はミルクから顔を上げて――くちの周りが真っ白くなっててさ、笑っちゃったよ、思わず――、ビーフジャーキーのきれっぱしをまたふんふんって観察して、怪しいものじゃないってことが分かると、その一枚をぱくってくわえてつかんで、そのまま森の中に走って逃げていっちゃった。あっ、って思ったときにはもう遅かったよ。すっかり油断してたんだ、僕』

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