「――くそ、やっぱり罠だったか!?」プーは舌打ちして言った。「向こうの通路まで走るんだ!」
 ゴーレムたちも最初は2体だけだったが、その後も背後の壁から次々と、まるで量産でもされるように現れ出てくる。ぼくらはプーを先頭にして、明るくなった部屋を横切るようにして走った。出口では、壁から現れたゴーレムが2体、行く手を阻むように立ちふさがっていた。
「邪魔だぁっ!」
 ネスが、右腕を天に振りかざし、それから風を切るように勢いよく振り下ろした。ズン、と骨まで響くような轟音がしたかと思うと、件の2体はまるで金縛りにあったかのようにガクンとその動きを停止した。
「すごい! 一振りで?」
「麻痺させただけだよ。こいつら、頭のよさは意外と大したことないみたいだ。いちいち相手になんかしてらんないよ」
 巨兵の横を走って通り過ぎる。
 通路に入ると、道は下り階段になっていた。急いで駆け下りる。両側の壁のヒエログリフで描かれた蛇や鳥や獣が、まるで踊るかのようにうごめいていた。まずい、こいつらがさっきみたいに壁から飛び出してくるとしたら厄介だ。そうしたらそれこそ、敵の大群に四方から襲い掛かられてジ・エンドになってしまう。この階段はどこまで続いているのだろうか?
「キャーッ!」ポーラが不意に叫び声をあげた。「くび、首になにか巻きついてきた!」
「蛇だ!」プーが絵文字のスネークをポーラから引き剥がし、PKフリーズで凍らせる。蛇は粉みじんになり、砂になって消えた。
「うわっ、何だあれ!?」
 走りながら、ネスが叫ぶ。階段のはるか下にようやく出口が見えてきたかと思いきや、その前を守るようにして、さっきのよりもひと際大きな石巨人が、ぼくらを待ち構えていた。
「な、なんだあの石像の元締めみたいなやつは!?」
「後ろからも何か来るぞ!」
 プーの声に後ろを振り向く。と、さっき壁の中で蠢いていたはずの、実体化し浮かび上がった絵文字の群れが、津波のようにこちらに向かってザザザザザ、と迫ってきていた。身の毛もよだつ光景だった。
「くそっ、万事休すか」
「邪ぁ魔―――」
 隣のネスが、何か呟きながら、前方に向かって加速しだした。おいおい、このまま突っ込む気なのか? と思いながら、ぼく自身も走ること以外は何もできず、ただその様子を見守っていると、ネスの体はみるみる黄金の光に包まれていく。
「――すんなぁぁぁぁあああああ!!!」
 ネスがエネルギーの弾になり、爆風を巻き上げながらジェット機のようにその石像の元締めのほうへ突っ込んでいった。ズシンッ、と元締めは辛うじて光の弾を両手で受け止めたものの、その勢いは止まらず、火花を散らしながら石の腕がどんどん削られていく。やがて、石像ぜんたいが大きな閃光に包まれたかと思うと、まるで脳髄に響いてくるほどの地響きがした。見ると、石像の胴体にまるまる子供の身長くらいの直径の、大きな真円の空洞が開いていたのだった。しばらくして、身体の秩序を失った石像は、音を立てて崩れた。
 階段から部屋の中にすべり込む。中は行き止まりのような小さな部屋で、正面の壁にネスが激突してのびていた。入り口の内側に、ちょうど通路をふさげるくらいの大きさのローラーのついた石の扉があったので、息も絶え絶えになりながらも、ぼくとプーでごろごろと扉を動かして、入り口を塞いだ。ぴったりと閉じた瞬間に、扉の向こうでたくさんの物がぶつかった音(大量の鞭を壁にたたきつけたような音だ)がしたが、やがて、おとなしくなった。
「……ど、どうなってるんだ、一体」ぼくは壁に背中をつき、息をつきながら言った。「そういえばさっき、罠とか言ってたよね。どういう事なんだよ、ここに『鷹の目』はないの?」
「慌てるな」プーはこちらを振り向き、それから静かに嘆息した。「要は、さっき言いかけた謎の答えだよ。どうしてこの遺跡には、誰も入った形跡がないのか? ……答えは簡単、何かモノを盗む前に、やつらに殺されてたっていうことさ」
「なんて事なの……」目の前のポーラは小さく身震いした。「でも、これからどうするの? 無事に逃げ切れたはいいけど、閉じ込められちゃったわよ」
 言われてみればこの部屋は、さっき塞いだ入り口を別にすれば、他に出口のない全くのいきどまりだった。ここから出るには、あの扉をもう一度開けなければいけないのだろうが、そうすると今度はここまで逃げてきた意味がない。再び敵にこの中まで侵入されてしまうだろう。


 気絶していたネスを起こしてから、これから一体どうするのか、ということについて、しばらく話し合ってみたのだが、なかなか意見はまとまらなかった。というか、今この状況で、誰も案など持っていやしないのだ。まさに袋のねずみ、風前の灯という状況であり、ぼくらは落ち着きなく立ち上がって、その辺りを歩き回っては、すぐに座り込んで何事か考える、という有様だった。
「みんな、ちょっと来てくれよ」
 視界の外、部屋の隅のほうで、しゃがみこんで何やらやっていたネスが、不意にこちらに声をかけた。どうやら、足下に何かあるらしい。ぼくは立ち上がると、ネスのそばに駆け寄った。皆で足下を覗き込むと、部屋の床のタイルの中にひとつだけ、色の違うタイルが敷かれているのだった。
「これさ、押せるんだよ」ネスはそう言って、軽くその部分を押してみせた。あんがい感触は軽いようだった。「何だと思う……?」
「よく見つけたね、こんなの」
「たまたまだよ」ネスは答えつつ、改めて顔をあげ、「ねぇ、どうしよう」
 隣のプー(何だか最近、すっかりそのリーダーぶりが型についてきたような気がする)は、しばらく思案したあと、
「……どうしよう、って言われてもな。とにかく不用意に押すのは危険だと思う。何の仕掛けだろうな」
「あ、押しちゃった」
 床をしばらくいじって遊んでいたネスの手が、ゴゴン、と床の奥まで入り込んだ。そしてその瞬間、ぐらり、と地面が揺れたかと思うと、まわりの全ての明かりが一瞬にして消えた。
「わっ」
「きゃーっ!?」ポーラがびっくりして声を上げる。
「ちょ、ちょっ、明かり!」ネスの声だ。ぼくは慌ててポケットをまさぐり、懐中電灯を取り出して電気をつけた。パッ、と、正面にいたプーの顔が照らされて浮かび上がる。
「うわっ! お化け!」
「失礼な」プーは少しだけ不機嫌そうに言った。広い額がつやつやと光っていた。「どうやら、照明のスイッチだったみたいだな。何か他に変化はあったか」
「押した瞬間、少し揺れたみたいだったけど」
「……音がしないわ」
 ポーラが口をはさむようにして言った。
「さっきまで扉の向こうから物音がしてたのに、何も聞こえなくなってる」
「そんな音してた?」
「してたわよ。聞こえなかったの?」
「扉、開けてみるか」
 プーが言った。何を言い出すかと思った。
「どうして。あいつらが絶対入ってくるよ」
「いや、なんとなくだが、もういなくなっているような気がするんだ」
 プーは何の確証もなくそう答えた。ぼくは怪訝な顔をしたが、ネスの方に目を合わせると、ネスは、ジェフの好きに任せるよ、とでも言うように、小さく肩をすくめてみせた。
 どうしてみんな、そう簡単に成り行きまかせにできるのだろう?
 ぼくは立ち上がり、石の扉の前までやってくると、手始めにほんのちょっとだけ、わずかな隙間を作り、そこから外を覗いてみた。何も見えない。何の物音もしない。ぼくは思い切って、大きく扉を開けた。
 扉の外は、何の変哲もない石の上り階段が、暗闇の中に続いているだけだった。

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