夢を見るのが怖い。夢を見ると大抵昔を思い出すか、あいつが現れるかの二択だからだ。
『どうして僕を拒んだんだい?』
 ぼくは真っ暗な部屋で一人しゃがみこんでいる。うずくまり、背後から響くあいつの声を聞く。
『君も言ったじゃないか。もうこの世界に思い残すことなんてないって。それとも何かい、またこの世に未練ができたってわけかい? 君を受け入れることのないこんな世界に?』
 ぼくは何も言わない。ただ黙ってじっと考えこんでいる。
 アイツはまだ続ける。
『目を覚ませよ、ジェフ。もうこっちの世界では君の居場所なんてないんだよ。二度目のスリークでのポーラのあの表情を見ただろう? 君は結局誰とも分かり合えずに、誰からも愛されずにただ死んでいくのさ』
 ぼくは何も言わない。分からない、ぼくに未練ができたとかそういうことではない。でも、だったらそれは何かと聞かれれば、やはり分からなくなる。ぼくは混乱している。自分が今どうしたいのか、どうしたかったのか。
『今からでも遅くないよ、ジェフ』
「うるせぇよ、今、そんな気分じゃないんだ」
 そしてぼくは他のことを考えようとする。他の楽しいことを。そうしているうちに、眠れる。



「あー、この部屋は改装中で見せるわけにはいかないが……」博物館の学芸員らしきスカラビ人の男は、なぜかそわそわした様子で腕を組んだ。「いかないが……いや、なんでもない。普通は見せない、と。ま、大人ならわかってもらえるんだろうが、私は宝石に興味があってねぇ。うーむ、袖の下がスースーするなぁ。コホン」
「まったく、露骨な奴だな」プーは静かに答え、懐から赤く透き通った宝石を一つ取り出した。「ほら、受け取っておけ」
「おっとと、そっちの弁髪の人、その宝石を私に? ……へっへっへ、いやぁ、よほど勉強熱心な方のようで。その気持ちにうたれました、どうぞお入りください、どうぞどうぞ」
「……」
 ぼくらは顔を見合わせながら、博物館のある展示コーナーのすみにあったドアから、奥の部屋へと案内された(この男が鍵を持っていたおかげで入れなかったのだ)。中に入ると、部屋中央の台の上に大事そうに置かれている、ぼくらの身長の2倍はありそうな巨大な石版が目に入った。近づいてよく見てみると、石版には何やら細かく文字が刻まれていたようだったが、その文字はかなり古期のタイプの象形文字のようで、ぼくらには判別できなかった。
「素晴らしい!」背後から擦り寄ってきたスカラビの学芸員が大声を出し、ぼくらをビクリとさせた。「偉大なる歴史を感じるでしょう? この小さな宝石以上の価値のある……なんちゃって、ワッハッハ!」
「……」
「あ、そういえばこないだもね、ヘリコプターでサマーズにやってきた少年がですね、ヒエログリフを写真に撮っていきましたよ。あんときゃ、現金をたっぷりもらったっけなぁ、へっへっへ。いやーすばらしいですね、偉大なる歴史さんには頭が下がりますよ」
「えっ。そ、それ、誰!?」
「はい?」
 男は、ネスからの不意な質問に驚き、それから少し考え込む。
「あー、そういえば確か、ミンチさんとかいう名前の……そう、なにやら恰幅のいいというか、ぽっちゃりしたというか、太ったと言いますか……まぁつまりはでぶの子供だったんですけど」
「ジェフ」ネスがこっちを振り向く。「間違いない、ポーキーだよ」
「ああ」ぼくは頷く。「やっぱり、あいつの向かってたのはこのサマーズだったんだ。そしてここのヒエログリフを見て、それから次の目的地に向かった……あれ、プー、どうかした?」
「いや」
 プーはただ石版の文字をじっと見つめていた。それからしばらくして、プーはぽつりぽつりと何か文章を語り始めた。
「――天よりの侵略者に、我々は四角すいの要塞を建造し、戦いに備えた。
 しかし我々は敗れた。だが、我々の要塞はスカラビの神々によって守られた。
 天から来た侵略者は千年ごとに生まれ変わり、襲ってくるという。
 侵略者は時の彼方に隠れ、悪の『巣箱』をおいた。
 時の彼方は、魔境のはるか先。地の底の向こう。
 魔境は暗き闇。『鷹の目』だけが見る。
 スフィンクスがすべてを守り、真の勇者の訪れを待つ。
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 スフィンクスの前で踊れ」
「プー、ヒエログリフが読めるの!?」ポーラが仰天して言った。
「ああ、まぁな」プーはそんなこと何でもないかのように答え、それからネスを振り返る。「ネス、なんとかスカラビに行ってみよう。ピラミッドがカギだ」
「ピラミッド?」
「あぁ。スカラビの民は、ギーグを倒す鍵が邪な者の手に渡らぬよう、ある封印を『自分の場所』に施したんだ。そこまでは俺も知っていた。そして、それを解くのがどうやら、『鷹の目』というものらしい――何なのかは分からないが。何かアイテムなのかもしれないし、暗号か何かなのかもしれない。そして、その『鷹の目』の在り処は、スフィンクスの守る場所、すなわち、四角すいの要塞――ピラミッドだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……すごいわ、プー」
「あぁ、確かにそれなら、ヒエログリフの言っていることが繋がる」
「えっ何、なんなのさ、よく分かんないんだけど。俺だけ!?」
「感心してる場合じゃない」プーはぼくらを宥める。「それに、俺が分かるのは当たり前だ。なぜなら俺は四人目の使者、そしてブンブーンと同じく、この戦いを外から眺める傍観者・忠告者の一人だからだ」
「……へっ?」
「喋りすぎた」プーは自分の話をはぐらかすように言う。「急ごう。なんにせよ時間がないんだ」
「ちょっとお待ちを」
 プーがちょうどぼくらに呼びかけたとき、背後からまた例の学芸員の男が口を挟んだ。
「な、なんですか?」
「勉強熱心な方々に、この『ヒエログリフの写し』を特別に差しあげましょう」男はこちらに歩み寄ると、ぼくの手の中にさっと妙な紙切れを忍ばせた。さっきの石版に書かれた文字の白黒コピーだ。「いやまぁ、ぼくのほんのささやかな気持ちですよ。人類の文化のために役立ててくださいね。ワッハッハ!」
「……」

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