大きな鉄板が重なり合って建てられたオブジェのような、そんな第5番目の場所『マグネット・ヒル』で5つ目のメロディを獲得すると、プーはまたぼくらに手を繋げさせ、テレポートで今度はプーの生まれ故郷、地上3000mのはるかな高地に作られた国、チョンモ国のランマへ瞬間移動した。
 驚いたことに、なんとプーはチョンモ国を治める由緒正しき「王子」だったのだ。それには流石にぼくらもたまげた。なんだかやけに歓迎が大げさだなぁ、と思っていたところだったのだ。……まぁ、そのあたりの詳しいことは、またいつか別の機会にでも語ることにしよう。
 ランマのはずれにある洞窟の奥、第6番目の場所『ピンク・クラウド』にある桃色の雲の中でメロディを獲得して、それから再びサマーズに戻ってきた時には、もう夕日が海の向こうに沈んでいこうとしているところだった。最近は本当に時間の経つのが早い、と思いながらぼくらはホテルの部屋へと戻り、再びプーやネスたちとこれからのことを相談することになった。
「これで、メロディは6つ集まったことになる」とプーは言い、ベッドの上に広げた地図の一点を指さして続けた。「ここが今俺たちのいるサマーズ。次の『自分の場所』は、ここから海を渡って行った所の――」
 と、プーはその指をさらに南へと進ませた。ぼくらの目線もそのままプーの指を追いかけ、地中海を越え、次なる大きな砂漠の大陸へと至る。
「スカラビ?」
「そう。7番目の『自分の場所』は、そのスカラビからさらに砂漠を越え、海沿いをしばらく行ったあと、この地点から」と言って、プーの指は大陸の岸を少し進んだところで、そこから内陸の湖に続く大河へと移っていく。「――川に沿って陸を進み、熱帯樹林の生える沼地へと入っていく。ここが『魔境』だ。この奥地にあるという原住民族の住処に、7番目の『自分の場所』がある」
「えっ、遠くない……?」
「だから言ったろう。のんびりしていたらあっという間に世界が終わってしまうんだ」
 プーの言葉に、ぼくらは内心ぞっとしながら押し黙る。
「ちなみに、8番目の場所は?」とぼくが聞く。
「7番目の場所のさらに奥らしい……とは言うものの、俺にもイマイチ見当が付かないのだが、どうも地底大陸にあるらしい」
「『地底大陸』?」
「ああ。どれくらいの規模なのかは定かではないが、どうもこの世界の下には、全く別の『大陸』が広がっているというんだ。どうやらそこに最後の『自分の場所』があるらしいんだが……俺にはよく分からん。まあ行ってみれば分かることだ」
 プーは無責任にもそんなことを言う。ぼくは、その『地底大陸』とやらを想像してみたが、地下に広がる世界という言葉だけではどうもよく感覚がつかめなかった。
「肝心のギーグはどこにいるか分かってるの?」
「それは分からない。ランマに伝わる古文書にも、その部分だけは載っていなかった」
「ふうん」隣のネスが腕を組みながら頷いた。「まあいいや、とりあえず当面の目標は海を越えることだな」
「……いや、」とプーがすかさず口を挟む。「それがどうも、たとえスカラビに着いたとしても、そう簡単に砂漠を越え、魔境にたどり着くことはできないらしい。何故できないのかはよく分からんが……いや、まあもちろん地理的な問題というのもあるのだが、それがどうも、その他にもいろいろと仕掛けがあるようなんだ。だから海を越える前に、まずはそれをなんとかしないと」
「なんとかって?」
「例えば、ほら、ここにはスカラビの文化を研究してる施設があっただろう。そこに話を聞きに行くとか、それから海を渡る手続きもしないとな」
「なるほど……」とぼくは呟く。
「あ、そういえばポーキーはどうしたのかしら?」と、思い出したようにポーラが言う。ぼくも忘れていた。「ヘリコプターを横取りして先に逃げ出したのはいいけど、一体どこに向かったのか……見当がつかないわ」
「うーん」とぼくは言う。「――ツーソンのカーペインターさんとか、フォーサイドのモノトリーとかの場合を見てると、ポーキーが例の『マニマニの悪魔』を持ち込んできたことは間違いないみたいだし……そうすると、ポーキーはギーグの手で操られた手先って考えていいわけだろ。それだったら、奴がぼくらの先回りをしてこっちまで来てる、って事も考えられないわけじゃないよね」
「だとしたら、もうあちらは『魔境』に着いていて、俺たちを邪魔しようとしている可能性もあるな」
 プーの発言に、ネスが声を出して唸る。確かに先が思いやられそうだった。



 その夜、またトニーから電話があった。
『あっ、ジェフ。寝てた?』
「トニー。……いや、寝てないけどさ」
『ああ、良かった。そうだったら悪いなあと思ってたところなんだ』
「……」
 部屋の中は暗闇だ。みんなベッドの中で寝静まっている。いや、誰か起きているかもしれない。ぼくにしてみても、眠ろうとしてもなかなか寝付けなくて、結局枕元の電気をつけながら、夜なべで壊れた機械をいじっていたくらいなのだ。
「それで、トニー、どうかしたの?」
『いや、別に、どうもしないけど』
「どうもしないのか」
『うん、まあ……。ダメだったかな』
「いや、ダメって事はないけどさ」
『……』
「……」
 ぼくらはお互いに黙り込む。その沈黙に耐えかねて、慌てて口を開いたのはトニーだった。
『あ、えっとね、今日はね……その、うん、実験があったよ、物理の授業で。実験っていうか、工作みたいなもんだけど、なんかロケットを作って、それを飛ばすんだって。ほら、あの先生ってそういうの好きだろ。だから班になってさ、4人ずつぐらいの――』
「どうして、電話したんだ?」
『え?』
 トニーの声が、受話器の奥で小さく響く。
『どうして、って……ジェフとこうやって、久しぶりに話したかったから』
「本当に?」
『本当だよ』
「……そうか」
『どうしたの? やっぱり、嫌だった?』
「いや、違うんだ。そうじゃなくて、そうじゃなくて、ぼくは……」
『……』
「……」
 ぼくは、と言いかけて、その先が何となく続けられない。会話が途切れてしまう。ぼくは言葉を探しながら、必死に自分の言いたいことを言おうとする。
「……ぼくは、ぼくはねトニー。ぼくは何で君が、ぼくなんかの為に電話してきてくれるのか、それが不思議でたまらないんだよ。ぼくなんかの為に、君みたいな、心のきれいで優しい人間が、わざわざ電話をしてきてくれるっていうこと自体が、とても信じられないんだ。だってそうだろ、ぼくなんかと話をしたって、君には何の得にだってなりゃしないじゃないか。だからそう考えると、君には何か目的があるはずで、だけどいくら考えても、君が得することなんて全く見つからないんだ。君は何が目的なんだ、一体君は、何のためにこんなことしようとしてるんだ?」
『理由なんてないよ』トニーは困ったように言う。『僕はただ、いまジェフは何してるんだろうって、そう気になったから』
「分からない、分からないよ」
『……』
「トニー、ぼくは、怖いんだよ。……なんだか知らないけれど、ぼくは君と話をするたびに、いつかぼくは君に拒絶されてしまうんじゃないかってことが、恐怖となってどんどん心の中にあふれ出てきそうになるんだ。ぼくは幸せになるべき人間じゃないって、自分の今見ているものは全てまやかしなんだって、そう思わずにはいられなくなるんだ。君に対してだけじゃない、『あの時』からずっとそうだ。ぼくは、人と会話をするのが怖くてたまらない。人に触れるのが怖くてたまらない。……分かるかな、ぼくの言ってること」
『……』
「ごめん、もう寝るよ。それじゃあ」
『えっ』トニーの声が震える。『……うん、じゃあね』
「ああ。ごめん。おやすみ」
 ぼくは電話を切る。それから、電気スタンドの下に携帯電話を置き、広げていたガラクタ類を簡単に片付けると、それからライトを消して、眠った。

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