研究所に戻ると、博士の様子はすっかり『もとの博士』に戻ってしまっていた。
「うむ……、なにかしらの収穫があったようだな」
 博士はぼくたちの表情を見て何を感じ取ったのか、そういってひとり頷いた。ネスは、ポケットから音の石を取り出して、博士に見せる。石の端の部分に、それぞれ緑、黄、白、そして新たに加わった青色の光が、淡くまたたいていた。博士は「おぉ」と驚きの声を漏らす。
「これが、例の音の石か」
「はい」ネスは答える。「ここの青い部分が『レイニーサークル』で増えた部分で……。あと4つくらい、かな?」
「そうか。……私の方も、スカイウォーカーの改造は完了した。いつでもサマーズへ行くことができるぞ」
「そういえば博士」ぼくも口を開く。「あの、着陸用のプログラムって直ったの? そもそも修理することになった原因は、スリークに最初に着いた時に、その着陸の仕方ってのが分からなくて不時着しちゃったからなんだけど」
「あー、そうか、あれは……」
 博士は鼻の下のひげをいじりつつ、
「うん、今度は、たぶん……壊れないと思う」
 なんだそりゃ。
「あぁ、そういえばジェフ」博士が思い出したように、突然話題を変える。「そう、実はちょっと前、トニー君とかいう子から連絡があったのを思い出したんだが、知り合いかね」
「……トニーから?」
「うむ。けっこう前の話なんだが……そうだな、お前がここを出て2,3日過ぎたあたりだったか。連絡を取りたがっていたようだが、電話でもしてみたらどうだ」
「ジェフ、知り合い?」
 ネスがぼくの方を覗き込んで言う。
「いや、別に、ただの友達さ」
「ふぅん。いいの?」
 尋ねられる。ぼくは、トニーと最後に別れたときのことを思い出していた。ぼくは今更、彼にどう接しろと言うのだろうか。怒っているだろうな、と思う。いや、今でも呆れているままかもしれない。
「いや、大丈夫だよ、きっと」
「そうなの?」ポーラは不思議そうな顔をする。「連絡ぐらいしてあげればいいのに。いくらなんでも大丈夫って事はないでしょ」
「……」
 仕方なく、ぼくは父さんに自分の携帯の番号を教えた。トニーからまた連絡があったらこっちに掛けてくれるように言うと、父さんは軽く頷いた。
「さぁ、時間もあまりないのだろう。急ぎなさい。体に気をつけてな。風邪をひくなよ」
 父さんは言う。そのよく分からない気の使い方が、少し可笑しかった。
***
「――で、結局こうなったと」
「……」
 ぼくに言われても、と思う。
 空を仰ぐと、雲ひとつない高い青空が広がっていた。さんさんと輝く太陽が、砂浜とぼくたち3人をじりじりと照りつけている。
 背後にはエメラルドブルーの海が広がっていた。このあたりは海水浴場なために沢山の人たちでごったがえし、浜辺を埋め尽くさんばかりに鮮やかなパラソルの花が咲いているが、周りの大人たちはただ呆然とぼくたちの様子を眺めている。
 とりあえず暑かった。
「……うそつき」とネスが呟く。
「べつに嘘はついてないだろ」
「だって、『今度は大丈夫だ』って言ってたじゃねーか!」
「知らないよ。正確には『今度は、たぶん……壊れないと思う』って言ったんだし。『絶対に』じゃなくて『多分そうだと思う』だろ? ほら、嘘は言ってないじゃ、いたたたたた」
 ぼくのほっぺたを、ネスが両手で引き伸ばす。
「……お前ら親子って、前世は詐欺師か何かだろ絶対」
「何怒ってんのさ……」
「だってめちゃくちゃ怖かったんだぞっ」
 ネスが叫ぶ。そんなこと言ったら、ぼくなんかこれで2回目だ。……まぁ、父さんのこういうのは割といつものことなので、ぼくは目を逸らして空を見ていた。
「もういいじゃない。サマーズに着いたは着いたんだから」
 横からポーラが口を挟む。スカイウォーカーの残骸の横で腰を下ろし、その鉄の塊をぺたぺたと触っている。
「それより、どうするの? とりあえずホテルかどこかにチェックインしないと」
「む……」
「ほら、行きましょ。さっさと気持ちを切り替えるの。目先のことばっかり考えてるから男の子は単純だ、とか言われちゃうのよ。いつまでもグチグチしてるんだからもう……」
 ポーラは立ち上り、ぼくも、腰を上げてその後を追った。
「あっ、待てよお前らぁ!」
 ネスが後ろで騒いでいる。ポーラはわざと気にも留めず、つんと胸を張って歩いていた。
「――暑いわね、それにしても」
「サマーズだからね」
 しかたなく、苦笑する。こんなネスとポーラのやり取りも久しぶりだ。
「あれ、笑った」
「え?」
「ジェフ、スリークのときよりも明るくなったんじゃない? 良かった」
 そう言われて、少し考える。
「そうかな」
「うん。お父さんと何かあったの?」
 分からない。思い当たる原因も見当が付かない。父さんに「心の底から愛している」と頷かれて、それが少しだけ嬉しかったのかもしれない。どちらにしろ、よく分からなかった。
 何故、どうして、ぼくはそんなことが嬉しかったのだろう? ずいぶん単純じゃないか。
「……あのね」
 隣のポーラがふと、ぽつりと呟く。
「うん」
「あのね。私。その、なんていったら分からないけど……」
 ポーラがふと顔を上げる。ポーラの目の中には、弱々しくも決意に満ちた光が見える。
「私、待ってるから。何だか分からないけど、ジェフの口から本当のことを話してくれるの、待ってるから」
「……」
 ぼくは何と答えたらいいか分からない。
「ちょっと待ってってば! 置いてくなよー!」
 後ろから、ネスが走って追って来る。ポーラは振り返り、「ネスが遅いのよ!」と声を張り上げて言った。
――第8部へ続く

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