結局スカイウォーカーの修繕は、その晩のうちに完了した。
 コックピットのスーファミ型メインコンピュータの電源を点け、エンジンを起動させる。メカが駆動音を上げて正常に動き出し、ディスプレイが問題なく点いたのを確認すると、コックピットの梯子を昇って上の入り口から顔を出した。見ると、抜けた天井の向こうは一面の快晴で、絶好の飛行日和というところだった。もうすでに日は高く上っている。ぼくからしても、色々といやな思い出しかないこのじめじめした部屋からはさっさとおさらばしたいところだった。
「――よし、これで動くはずだよ!」
 ぼくは、下のネスとポーラを見下ろして言った。「おぉっ、すげぇ!」とネスが叫ぶ。
「……ただ、スカイウォーカーはこのまま乗り込んでも、ウィンターズに戻ってしまうことになる。アンドーナッツ博士に手伝ってもらって、サマーズにゆけるように改造してもらう必要がある。……もし、父さんが、」
 言いかけて、ひとつ咳払いをする。ネスとポーラはキョトンとした顔になった。
「いや……、アンドーナッツ博士がいなかったら、ぼく一人の力でなんとかするしかないな。でもひとまずウィンターズの研究所まで戻ろう。それしかない。行こう!」
 ぼくの言葉に、「うんっ」とポーラが頷く。
「よっしゃ、行くぜーっ」
 ネスが声を上げ、スカイウォーカーの外側の梯子をカンカンカンと昇ってくる。ポーラもその後に続く。ぼくは中に引っ込み、操縦席へと戻って出発の準備にとりかかる。と、上の入り口からいきなり、勢いよくネスの身体が降ってきた。
「ぎゃあっ!?」
「うわっ? あ、ジェフごめん」
「……っ痛ぅ、ちょっとネス、ちゃんと確認してから入ってってば!」
「ごめんごめんー」ネスは笑う。「……っていうか、この中に3人乗るのかよ。きつくねえ?」
「きゃああっ!!」
 上から、今度はポーラが降り重なってくる。
「うわぁっ、重い重いっ!」
「ご、ごめんなさいジェフ、こんな構造になってるなんて知らなくて……、ってちょっとネス、上見ないで上、キャーッ!」
「ぐぇぇぇっ!」
「うるさいっつーの!」


 ――あのあと、ポーラはあの件に関しては特に何も言及せず、次の日になってもぼくに対して普通に接してくれた。「普通にする」、ということは案外難しい。いくら普通にしようと思ったとしても、どこかしら気を使ってしまうような部分が、誰でも自然に出てきてしまうものなのだ。それをさらりとやってのけてしまうポーラはすごいと思うし、正直ありがたいとも思う。
 スカイウォーカーは、スリークの町のはるか上空へとみるみる浮かんでいく。目の前の5面あるディスプレイからマシンのすぐ下を覗き込むと、思わず足がすくんでしまうほどの高みに自分がいることに気が付いた。まるで飛行機の上から撮ったような、航空写真みたいな光景が眼下に広がっていて、……いや、まぁ、自分がそもそも飛行機械に乗っているのだから当然なのだけれども、それはとてもすごいことなのだと、改めて感じた。
 ふと、目を閉じる。ぐわんぐわん、と頭の中が鳴っているのを感じる。ぼくの身体はいま深い闇の中にある。この闇が心地よく感じ始めたのはいつからだったろう。分からない。何もかもが判然としない――と、この言葉も何回言ったかわからない。全てはぼくの身体や記憶などと一緒に、浮かんでは沈み、消えてはまた浮かび上がってくる。ふと、昨日ポーラに言われた言葉が頭に蘇ってくる。
『来ないで、この人殺し!』
 ポーラのこの言葉が、ぼくの耳の奥からずっとこびりついて離れないでいる。まるで呪いか何かのように。そう、呪いだ。これは呪いなのだ。ぼく自身にかけられた呪い。お前は一生そこから抜け出すことは出来ないぞ、という呪い。いくらお前が世界に選ばれた人間だったとしても、所詮お前は人殺し以上の何者でもないのだ、という呪い。「この人殺し!
 ポーラはきっとぼくが隠していることについて気付いている。おそらくそれは間違いない。だけどそれはあまり思い出さないようにする。ポーラが今のところ何のそぶりもしていないのが唯一の救いだ。だからずっとそのことを気にしないように心がけていれば、日常ではぼくは自分のことを忘れていられる。ただ、その事実がふと頭によぎるたび、つらくなる。身体が引き裂かれるほどにつらい。自分がひとり孤立している気分になる。事実、孤立しているのだ。



 気が付くと、イーグルランドを出ていた。海上をしばらく飛び、やがて地平線の向こうに大きな大陸が見えてくる。都市部のある海岸線を通り過ぎ、砂漠地帯を過ぎて行くと、やがて針葉樹林の森林地帯がちらほらと目立ち始める。外気温は段々と下がり始め、景色には雪が混じり始めた。
「あっ、見えた!」
 ネスが叫ぶ。雪に閉ざされた大地の中に、小さくぽつぽつと人家が目立ち始めている。フォギーランド、ウィンターズの町だ。ぼくらは着陸の準備を始める。



 そしてぼくは、やっぱり、ネスたちとはこれ以上一緒にいてはいけないな、と感じ始めている。
 でも、どこに向かえばいいのか、それが分からない。



 システムを自力でいじったせいもあってか、今度は不時着もせず、無事にスカイウォーカーを研究所に到着した。出発したのと同じく、開いた屋根を通って研究所の中に入っていく。どすん、としっかり着陸したのを確認して、ハッチを空けて外に出た。
 顔を出すと、前に来たときと同じ真っ白い壁の広い部屋だった。真ん中に応接セットが置かれ、部屋の両端にはデスクと部屋のドアがそれぞれあり、そしてぼくらの乗るスカイウォーカーの前には、白衣を着た見知った人物が立っていた。
「――博士」
「おかえり、ジェフ」
 博士は、以前と全く変わらない様子で言った。
 メガネの下の表情は、レンズが指紋でべたべたに汚れていたので、よく見えなかった。
「おかえり」博士はもう一度言った。
「……ただいま」
「この人が、ジェフの父さん?」
 後ろでネスが言う。博士がネスたちに気付いて、
「ん……そこのお二方は、お友達かな」
「え? ああ、そう」ぼくは慌てて答える。「帽子かぶってるのがネス、女の子の方がポーラ」
「よろしくお願いします」
 ポーラがぺこりと頭を下げる。
「そうか。……だいぶ疲れたろう、こっちに来て休みなさい。いまコーヒーをいれてあげるから。それとも、紅茶がいいかな」
 そう言うと、父さんはぼくらをソファーの方へと案内する。ネスは「はーい」と頷いて後に続き、ポーラは、こちらを見て「行こ?」と言う。ぼくは、それでもまだ何も言うことができなかった。

BACK MENU NEXT