スリークの共同墓地の中にある、例の狭い地下通路を降りてしばらく行くと、やがて開けた場所に出た。以前ぼくがスカイウォーカーで不時着陸してきた場所だ。部屋には、前もって電話で呼び出しておいた町長さんと、その秘書らしき人、それから真ん中にはぼくの乗ってきたスカイウォーカーが以前のままの形で転がっていた。真上の天井の大きな穴からは、暮れかかったスリークの空が見える。ここにネスとポーラがゾンビたちに監禁されていたのだ。
「なんだか、前よりキレイになってません? スカイウォーカー」
「ああ、外はペンキ塗ってごまかしてみたんだけどね」町長さんが、スーツに包まれた太った腹をさすって言う。「……でも、メカが分かんないから動かせないんだよ、どうにも」
「ふぅむ」
 とりあえずてくてくと裏に回り、スカイウォーカーの動力部分を下から覗き込む。それから持っていたかばんを下ろすと、その場に寝転がって中に入り込んだ。中をライトで探って、内部を一通り観察する。後ろから町長さんたち、それからネスとポーラが心配そうにぼくのことを見守っている。
「なんだ、壊れてるといっても大した事ないや。よし、ちょっと待っててくれよ」
「直るの?」
 後ろのネスが聞く。ぼくは中から這い出て、下ろしていたカバンの中から工具セットをガサゴソと取り出す。
「たぶんね。エンジンが壊れてないんなら、あとは中のCPUとか、そっちの点検をすれば終わりだ。もっと大規模な工事になるかと思ってたけど、これくらいならきっとぼく1人でも一晩あれば大丈夫だと思うよ」
「へー、すっごいなぁ」
 ネスが感心したように言う。ぼくは立ち上がってまた表にまわり、コクピット・ハッチのハンドルを掴み、思い切り回して勢いよくこじ開ける。コクピット内部は暗闇だ。ぼくは再びライトで中を照らす。
 やがて、ぼくたちの様子をぼうっと観察していた町長さんが、
「もう大丈夫そうですか?」
「あ、はい」とぼくはうなづく。「ここからはもうぼくたちだけで大丈夫そうです。……ネスとポーラ、どっちか、ホテルで部屋取っててくれない?」
「あぁ、それならこっちで手配しますよ」
「じゃあ、よろしくお願いします」
 ぼくは礼を言い、ポーラは町長さんたちに案内されて、通路を登っていった。ぼくとネスは彼らを目で見送って、それから修理作業を続行した。



 作業は夜中まで続いた。
「――まだ起きてたの?」
 後ろからした声に振り向くと、そこにポーラが立っていた。片手に懐中電灯を持ち、もう一方の手にドラッグストアのビニール袋を提げて、ポーラはやがて呆れたようにため息を一つついた。
 スリークの町長さんが貸してくれた電球ランプだけがこの部屋の唯一の明かりだった。ぼくはコックピット内部の配線を自分のラップトップ・パソコンにつなぎ、プログラムの3度めの点検を行っていた。銀色に光るスカイウォーカーの隣では、ネスが毛布に包まって静かに寝息を立てていた。
「どうせ寝てないんでしょ。もう日付変わったわよ?」
「そだね」
「そだね、じゃないわよ……。ほら、夜食。おなか減ったでしょ」
「ん、ありがとう」
 ポーラからビニール袋を受け取る。ガサゴソと中を覗くと、サンドイッチが二つにホット缶コーヒーが一本入っていた。ありがたく頂いておくことにする。
「……ねぇ」
 また引き続き作業に戻ろうとするぼくを、ポーラが引き止めた。
「なに?」
「なに、って……」
「また墓場を通って帰るのが怖い、とか」
「そんなんじゃないわよ」
 ポーラは少しだけ声を張り上げ、それからまた黙り込む。何か様子が変だな、と思いながら、ぼくはサンドイッチの包みを開け、ほおばりながらまたパソコンに向かった。
「ねぇジェフ、この際はっきり言うけど、私たちに何か隠し事してない?」
 瞬間的に、手が止まる。
「……してないよ。どうして」
「嘘」
 ポーラはすぐにぼくの言葉を否定する。
「……ネスに聞いたのよ。『マニマニの悪魔』の世界から脱出したときから、何かジェフの様子がおかしかったって」
「気のせいだよ」と、ぼくは苦笑する。
「ねぇ、私真剣なのよ。笑わないでちゃんと答えて」
 ポーラが真剣な目で、ぼくをまっすぐに見つめる。――この目だ。サターンバレーで夜に2人で話したときと同じ、ぼくの全てを見透かしてくるような、この目。ぼくはすぐにちらりと目を逸らす。
 こういうの苦手だ、と思う。
「――ねぇジェフ、私とサターンバレーで話したときのこと、覚えてる?」
「うん」ぼくもそのことを考えてた。
「そこで私言ったじゃない、また、ああいう風に話そう、って。ねぇジェフ、本当はジェフも本当のことを話したくて仕方がないんじゃないの? お願いだから本当のこと話してよ。出来る限り力になるから」
「どうして本当のこと話さなくちゃいけないんだよ」
 ぼくは言う。言ってから、「本当のこと」があるってことがバレてしまったな、と思う。まぁでもポーラはそのことを普通に分かっていたみたいだし、特に気にはしない。
「ポーラはテレパシー使えるんだから、勝手にぼくの頭の中でも読み取ればいいだろ」
「……そんなに便利じゃないわよ、私の能力なんて」ポーラは困ったような声を出す。「ねぇ、何をそんなにいじけてるのよ。何で私たちには何も言ってくれないの?」
「いじけてる? いじけてるだって?」ぼくは声を荒げる。「……いいかい、この際だから言わせてもらうけど、ぼくは自分のプライベートの中に他人が踏み込んでくるのが大っ嫌いなんだよ。どうしてぼくひとりの問題を、わざわざそっちに言ってあげなくちゃいけないんだよ!」
「……でも、でも他人に相談するからこそできること、っていうのがきっとあると思うのよ」
「放っといてくれよ」ぼくは顔をしかめる。「そうしてくれるのがぼくにとって一番ありがたいんだ。そっとしといてくれよ。これはぼくひとりの問題なんだから」
「だって、だって私たち仲間じゃない!」
「仲間だから、自分のことは何でも話さなくちゃいけないのかよ!?」


 言ってから、はっとする。ポーラの目の中に、うっすらと涙が浮かんでいた。
 反則だ、そんなの、と思う。


「――ごめん。悪かったよ。言い過ぎた」
「ううん。違うの。私が悪いの」
 ポーラは首を振って、両手で自分の涙を拭った。
「ごめんなさい、わたし、ジェフに酷いことをしたわ」
「そんなことないよ、そんな」
 ぼくは、ポーラを拒んでしまったのだ。ポーラの優しさというものを拒んでしまったのだ。ポーラはぼくのことをただ純粋に心配して、それでぼくに話を振ってくれたのに、それをぼくは拒否して、挙句の果てに罪のないポーラに勝手に八つ当たりをしてしまっていたのだ。
 ぼくらはお互いに黙り込んだ。しばらく、部屋全体に嫌な沈黙が続く。
ふと、ポーラになら本当のことを話してもいいんじゃないだろうか、と、そんな考えが頭の中に浮かぶ。そうだ、実際ポーラの言う通りなのかもしれない。もしかしたらただぼくが悶々と悩んでいるだけで、実際話してみたら別に大したことない話だった、なんてのはよくあることなのかもしれない。それにきっと、ぼくの仲間であるポーラならぼくのことを理解してくれるはずだ。そうだ、本当にたいしたことないのかもしれない。ぼくが「人を殺したことがある」ということなんて
「ねぇ、ポーラ」
「えっ?」
「実を言うと、ぼく、小さいころの記憶がなかったんだ」
「……そうなの?」
「うん」ぼくは頷く。「だけど、ぼくたちがポーラを助けようとして、ボルヘスの酒場のカウンターに入り込んで、そのまま『マニマニの悪魔』が支配する空間に迷い込んだときに、ぼくの記憶が突然戻ったんだ。それが、ぼくの思い悩んでたこと」
「へ、へぇ、そうだったの」
 ポーラはたじろぎつつも、ぼくの言葉を素直に聞いている。
「で、その戻った記憶って言うのが、その……母さんが死んだときのことだったんだよ。――あ、ぼくの母さんっていうのは、ぼくが小学生くらいのときに死んじゃってるんだけど、それで、なんで母さんが死んだかっていうのがよく思い出せなかったんだ。それで……」
 訥々と話すたびに、目の奥に、あのムーンサイドの様子が浮かび上がってくる。なにか黒いものが心の奥底から迫ってくるようで、怖い。寒気がする。自分の腕を見ると、寒さのあまりブルブルと痙攣していた。
クククククク……
 どこからか笑い声が聞こえてくる。耳を疑う。
 やめろ。
 やめろ、出てくるんじゃない。
それでね、ポーラ
 そしてふと気付くと、ぼくは、ぼくの横に立っている。さっきまでぼくがポーラに向かって話していたのに、いつの間にかそれが、違う人間に取って代わられている。
 アイザック。
「……ジェフ? どうかしたの?」
その母さんを殺したのはね、ぼくなんだよ
 ポーラは一瞬、目を丸くする。何が言われているのかまったく分からないみたいに。
 やめろ、やめろ!
ぼくが、母さんを殺したんだ。……母さんはね、ぼくのことなんてこれっぽっちも愛してなかったんだよ。それどころかぼくの父さんすらも愛していなかったんだ。いや、愛してなかったって表現は適切じゃないな。最初は愛してたはずだ。はじめはぼくも、母さんから愛情を受け取った記憶があるから。でも、いつからか母さんはぼくを愛さなくなってしまった。それは紛れもない事実だ。そうでなければ、ぼくに3日間も食事を与えなかったり、おなかが減って泣きながらすがりついたぼくを蹴飛ばしたりしない。ぼくを犬や猫同然に扱ったりなんかしない。――どうしたんだいポーラ、どうしてそんな顔するんだい?
 『ぼく』は、そこら辺に転がっていたドライバーを手に取り、逆手に持ち替えて、立ち上がる。ポーラの顔はみるみる真っ青になっていっている。『ぼく』がポーラの顔を見て笑うと、ポーラの顔がびくりと凍りつく。『ぼく』は一体どんな顔をしているのだろう。
母さんが昔使っていたナイフを使えば、きっと母さんに仕返しが出来ると思ったんだ。だからぼくは、キッチンからナイフを持ち出して、ベッドで寝ている母さんの首に、ナイフをそのまま突き刺したんだ。変な感触だったよ。なかなか上手くささらなくて、きっと鶏肉とかにナイフをさしても、こんなかんじだったんじゃないかって
「……来ないで」
 ポーラは立ち上がろうとするが、足が上手く動かないようで、そのまま座ったまま急いでズリズリと腰を引っ張って移動する。転がっていた石を右手に握る。
「いやっ、来ないでっ」
きっと父さんがわるいんだ。父さんがかえってきたら、母さんのことをきっととめられたはずなのに。だけど父さんはかえってこなかった。ぼくを見捨てたんだ
「来ないでって言ってるじゃない!」
 ポーラはぼくに持っていた石を投げつける。どうしてPSIを使わないのだろう。まだどこかでぼくが自分の本当の敵ではない、と信じているんだろうか。嬉しい。
 違う、嬉しいとかそんなこと思ってる場合じゃない! ポーラが殺されてしまう!
なんでみんなぼくのことを愛してくれないんだ。なんでみんなぼくのことをやさしくだきしめてくれないんだ。ねぇ、どうしてだよ、どうしてだよ
「来ないで、この人殺し!」
 そうだ、やめろ!「やめろったら!!!



 息ができる。嫌な汗が、ぶわっと全身から噴き出す。ぼくは大きく目を開いたまま、すっかり震えた両腕で自分の身体をがっしりと掴んでいた。
 ポーラを見る。ポーラは顔に恐怖の表情をほんの少しだけ緩め、こちらを見て呆然としている。
「……は、ハハ、ははは」ぼくは笑おうとする。が、うまく顔が歪まない。頬の辺りがまだ引きつっているのが分かる。「ハハハ、なんちゃって、冗談だよ。信じた? やだなぁ、嘘だよ嘘。本気にしてもらっちゃ困るよ。ねぇ、ぼくって案外演技上手いだろ。ほら、」
「……」
「なんだよ、ポーラ」
「……」
「どうしたんだよ。何か言ってくれよ」
「……」
「ほ、ほら、なにか言ってよ、ポーラ、ねえ。お願いだから、ねえ、頼むよ。ねえってば……」
 ぼくは、何も言えない。ぼくはただ顔を伏せたまま、黙って首を振るだけだった。身体がまだ震えている。止まらない。ぜんぜん止まらない。震えが、さっきからぜんぜん止まらないのだ。

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