Chapter 7  雪の積もる道で

 車の助手席の窓から見える景色は、ただただ赤茶けた砂漠の黄土だ。ここを通るのは2度目になる。今思えば、この道をずっと徒歩で歩いていったという事実が、なんだか嘘みたいに聞こえて不思議だ。
 トンズラ・ブラザーズのトレーラー・バンは、スピードを上げて真っ直ぐなハイウェイを走る。景色は、風のように後方へみるみる流れ去っていく。遠くに見える背景の山々が、ぼくらの車の動きに合わせ、ゆっくりと移動している。空の日は高く、まっさらなギラギラとした空が、見上げても見上げてもどこまでも青く広がっている。そしてその様子を、右手で受信専用の携帯電話をもてあそびながら、ぼんやりと目で追っていた。
「ボウズ、なんや元気ないなぁ」
 運転席から声をかけられ、振り向く。ラッキー(太っちょの方)が退屈そうにハンドルを握り、まっすぐ正面を見ながら車を運転していた。ラッキーはこっちを向き、それからニコニコと白い歯を見せて笑った。
「どうした、気分でも悪なったか?」
「あ、いえ。……ぼうっとしてました。すみません」
「あぁいやいや、ええよ。疲れたんか?」
「分かりません。たぶん」
 後ろの席では、トン・ブラの残りのメンツが、狭い車の中でおのおのの楽器を取り出し、即興でジャズを演奏していた。ただの即興なのに、こんなにもため息の出るようなすばらしい演奏が出来るのか、と思う。ゴージャスのトランペット・ソロが軽やかに車内に響く。ネスとポーラは目を輝かせながらその自由なる音楽に聞き入っていた。
「ふぅん、そか」
 むやみに話しかけても悪い、とでも思ったのか、ラッキーはふたたび運転に意識を戻し、後ろの演奏にあわせて自分も軽く口笛を吹きはじめた。ぼくもそのまま目を伏せ、持っていた携帯電話をふたたびいじる。
 この携帯電話は、例のネスの友達の「アップルキッド」とやら(ゾンビホイホイを作ってくれた張本人だ)が作ったというものだった。通話料金などがいっさいかからずに、電波なしでどこでも自由に会話できるというかなりハイテクな代物だったが、ただ一つだけ問題があって、それはこの携帯電話が「受信専用」であることだった。つまり、こちらからはどこにも電話することができないのだ。妙なものをつくるもんだ、とぼくは思った。
 そのアップルキッドから、フォーサイドを出る前に電話があった。
『もしもし、久しぶり。アップルキッドです。やっぱりぼくは天才です。天才だってことがハッキリしましたよ。ネスさん達とすべての人類の敵がなんであるかがわかりました。それでですね、なんとかこの敵との戦いに勝たなきゃいけないわけで、「スペーストンネル」というものを作る必要があるんです。だから、ぼくはこれからさすらいの科学者アンドーナッツ博士を探して、一緒に「スペーストンネル」を作るんですよ。つまりしばらく留守にするんでよろしく!(ガチャン! ツーツーツー)』
 最後の方はかなり早口にまくし立てられたせいで、何だかよく分からなかったが、要はつまるところ、これからしばらく連絡が取れなくなる、ということらしい。しかし、あるおかしな単語が出てきたことにぼくは眉をひそめた。
『――いや、アンドーナッツ博士って、ぼくの父さんだよ』
『えっ、マジかよ!?』ネスはぎょっとした。『……変な偶然もあるもんだな。でも、どういうことなんだろ。人類の敵が何だか分かったって』
『ちょっとかけ直せない? アップルキッドに』
『無理だよ。この電話、受信専用なんだ』
『は?』
 見た目はごく普通の携帯だったが、どこかにかけようとして電話を耳に当てても、ツー、という発信音さえも聞こえなかった。どうやら発信機能が完全に麻痺しているみたいだった。まぁどこかに電話するのであれば、代わりに公衆電話かなにかを使えばいいのだが、ケータイが普及しきっているこのご時世、以前よりも簡単には公衆電話を見つけられなかった。大きな駅やコンビニなどの大きな施設に行かないとなかなかない。便利なようで不便な発明だった。


 ぼくが携帯に気を取られている隙に、バンはスリークの郊外に入ったようだった。窓から外を眺めると、商店の立ち並ぶ通りや、そのむこうに広がるうっそうとした森が見えた。地平線あたりの空の青が、ぼんやりと淡くなっている。夕暮れが近づいているのかもしれない。
 わずかにブレーキ音を立てて車が止まる。ぼくらは車から降りた。久しぶりのスリークの町だ。
「わぁ、ちょっと前のことだってのに、なんかずいぶん懐かしいなぁー」
 ネスが大きく伸びをしながら言う。ぼくは、トンズラのみんなにあらためて礼を言った。ラッキーは照れくさそうに「イエイ」とこちらにピースをして、笑う。
「オレたち大したことはできなかったけど、お前達の味方さ」隣のナイスが言う。「苦しいときはおれ達の歌を思い出してくれよ。どっか遠い空の下で、トンズラブラザーズがコーラスにつけてると思って」
「うん、わかったよ。サンキュ」
 ネスはニカッと微笑み、ナイスとお互いに拳をごつん、とぶつける。
「……ところで、どうしてこの町に戻る必要があったんだ?」
「あ、そのことですか?」後ろのゴージャスの言葉に、ぼくは答える。「この町に、ポーキーを追いかけるための移動手段があるんです。探索機能みたいなものが付いてるので、普通に探すよりは格段に早くあっちに追いつけるはずなんです」
「ほぉー」
 ナイスは感心するように頷く。そう、ぼくがこの町にやってくるときに乗ってきたあの『スカイウォーカー』だ。ぼくらはそのことを思い出し、トンズラのみんなの車に便乗して、わざわざこの町にまで送ってきてもらったのだった。
 ぼくらと別れの挨拶を交わすと、彼らはまた車に乗り込み、車の窓をスライドさせてこちらに手を振った。
「じゃあな、グッドラック!」
「そっちも気をつけて」
 おう、と気持ちよく返事をして、彼らは道をUターンして、また走り出していった。
 車がやがて道の向こうに見えなくなっていったあと、ぼくは振り返り、森の向こうに見える共同墓地の方向を黙って見据えた。そこに今もたぶん、スカイウォーカーが故障した状態のまま眠っているのだ。

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