部屋に突っ込んだと同時に、ぼく目がけてネスが身体ごと勢いよく吹っ飛んできた。
「うわあっ!?」
 激突して思わず声が出た。慌てて受け止めた拍子に頭を打ち、そのまま転んで入り口まで二人でごろごろごろと転がった。数回転げまわって何とか止まると、起き上がって顔を上げる。そこは業務用のロッカーやデスクや放送機材のある、普通のデパートの事務所だった。


 そして目の前に、緑色のタコ怪人がいた。
 身体から十数本の腕が生えていて、顔には目が1つ、それから頭の上からカタツムリのように角が二本伸びていて、頂点にそれぞれ目がついている。
「……な、何星人?」
「クケックケックック。よくここまで辿りついたな」
 怪人が喋る。さっきの放送の声だ。
「このデパートがお前達の墓場になるんだ! クケッ。死んで地獄へ……、いや、天国へ行け!」
「――黙れ、この野郎!」
 そう言って、隣のネスがガバッと起き上がった。足のバネとPSIの力を使って高く飛び上がり、デパートの怪人との長距離のリーチを一瞬で詰める。そうしている間に、ああそうか、このタコ怪人もギーグの手先なんだな、と自然に納得する。
 慣れとは恐ろしい。
「PK・キアイβ!」
 ネスは飛んだ勢いをそのまま利用し、PSIを帯びて発光した拳を怪人に思いっきり叩きつけた。大量に流れた電気が跳ねたような衝撃音がしたが、怪人の身体はノイズとなって歪み、やがて消えた。その瞬間ネスの頭上に、宙に浮いたデパートの怪人が現れる。
 声をかける暇もなく、ネスは瞬時にそれを感知すると、空中で身体の向きを変えてそちらに勢いよく跳んだ。ふたたびPKキアイで特攻をかけるも、怪人はまた霞と消える。ネスは天井を蹴り、また次の瞬間に怪人がワープして来ると、そこにネスが飛び込んでいく。壁を掠り床を穿って、閃光の流星と怪人の残像が目にも留まらない速さで交差し、ふたたび凄い勢いで離れ、またぶつかり合う。もはや人間の戦いではなかった。
 というか、ネスの動きが以前より明らかに敏捷になっている。
「うおおおおぉぉぉぉぁぁぁあああ!!!」
 龍が獲物を喰らおうとしている。そんな感じだった。
 やがて、何十回かの激突の末、ネスが怪人の身体を捕らえた。そのまましがみついて壁に勢いよく突撃する。ズシン、と建物が揺れ、怪人が「グギャッ」と変な声を出した。
「……ポーラはどこだ」
「ク、キキ、ケ」
「どこだ、と聞いてる」
「……おれを倒しても……、クッ、ギーグ様の……、今ごろポーラは、モノトリーの……ククッ」
「コノ野郎っ!」
 怪人の頭を掴んで壁に叩きつける。一回、二回、三回目で「グギャピッ」と音を出して、勢いよく怪人の身体が破裂した。中身はなぜか風船のように何も無かった。その瞬間、電気が蘇る音がして、天井の電灯が二、三度点灯すると、やがて完全に回復する。
「停電が……」
 やはり怪人の仕業だったのだろう。ネスは壁に拳を叩きつけたまま、肩で息をしていた。
「ネス、大丈夫か――」
「くそぉっ!!」
 ガン、とそのまま拳を壁に打ち付ける。やり場のない怒りを懸命に落ち着けるかのように。
「くそっ、俺のせいで、俺のせいで……!」
「ネス、落ち着けよ」
「落ち着いていられるかよ!」
 ネスは鬼のような形相でこちらを睨み、掴みかかってくる。
「どうしてお前はそんな冷静なんだよ! ポーラが、ポーラが連れ去られちまったんだぞ! それなのに、それなのにどうしてお前はそんな落ち着いていられるんだ! あぁ!?」
「違うよ、変なのは君のほうだ。なんだか怒り狂い過ぎだ」
「まだ言うかこの野郎ッ!?」
だから落ち着けって言ってるだろ!!
 ぼくの声の大きさに、ネスがビクリとする。ぼくも一瞬驚く。こんな声が出せたなんて、今まで思っても見なかった。
 ――ぼくらしくもない。
「ごめん、ちょっと、言いすぎた」
 乱れた息を落ち着かせながら、ネスが謝る。
「……いや、ぼくも取り乱してたし、おあいこだ」
「ごめんな。何でだろう、何か、パニクってた」
 ネスはぼくから手を離し、そこら辺をぐるぐると歩き回る。
「なんか、なんかさ、ポーラがいなくなった途端、……その、焦ったっていうか、やっぱりポーラの言うとおりになったっていうか、何で自分はポーラの言うとおりにしなかったんだろうとか、何でポーラを守ってやれなかったんだとか、そんなことばっかり頭の中に浮かんできて、それで……」
 ネスはまだ落ち着きを取り戻せないようだった。ぼくもそういうことは思ったが、ネスの場合はさらにその思いの強さが深刻らしかった。
「ネスのせいじゃないさ。自分を責めることはないよ」
「うん、分かってる。けど……その、何でだろうな」
「好きだから、じゃないの?」
「はぁッ?!」
 ネスはとっさにこっちを振り向く。気のせいか顔が赤かった。
「なっ、なんでそういう方向に行くんだよ! 俺はただ――!」
「仲間として、って言うつもりだったんだけど。そういう方向に取るとは意外だったな」
「……」
 顔が、二次関数的にどんどん赤くなっていく。
「だっ!、あっ……そうか、そうだよな、うん。そう、好きだよ、ポーラは」
 腕を組み、モゴモゴと口を動かして呟くネス。
「何うろたえてるの?」
「うろたえてないッ!!」
 ちょっと面白かった。
「……まぁいいや、とりあえず、これからのことを冷静に考えないと」
「そっ、そうだな」
 いきなり話を逸らされ、慌てながらもネスは答える。
「さっきの怪人の話からして、やっぱ例のモノトリーが鍵を握ってたみたいだったな」
「そうみたいだね。でも、アポを取るにしても一ヵ月後だからなぁ……」
「……やっぱり、ボルヘスの酒場か」
「あぁ、あのモノトリーが出入りしてるっていうバーか」ネスが頷く。「そこで粘るしかないのかなぁ」
「まぁ今のところ、それしか情報源はないわけだからね。……とりあえず、一旦外に出よう。話はそれからだ」
「そうだな、騒ぎが大きくならないうちに」
 ぼくたちは、何も異変の無くなった事務所の中を一瞬見回すと、そこを後にした。

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