モノトリー・デパートの中では、フォーサイドの街と同じくさまざまな人たちとすれ違う。それも、その人々の「層」みたいなものが街の大通りと比べてやや分かりやすい。
 だいたい休日のデパートなんかに来るのはほとんどが家族連れだし、それに加えて、建物内のCDショップとか書店なんかにはスーツを着た会社員やらフリーターやら、たまに友人同士で遊びに来た地元の中学生たちなんかがたむろしている。また、おもちゃ売り場には小さい子供達がゲームソフトやトレカ売り場をうろうろしていたりもする。たいていその親は、その子供がそこで暇をつぶしている間に、各自の必要な買い物をちゃっかり済ませたりしているのだ。

 不意に既視感を覚える。ずっと昔にそんなことがあった気がする。そんなことが。そんなことが……どこで? どこだろう。そもそもウチの家の近くに、そんなショッピングモールっぽいものなんてあったっけ?と思ったけれど、たぶんあったのかもしれない。それかもしくは、その家族連れの中にいる子供の様子なんかに、はるか昔の自分の姿を投影したりしているだけなのだろうか。
 思い出す。まだ幼かったころの小さなぼくが、目をきょろきょろさせながらゲームコーナーやら玩具やらのスペースを繰り返し歩いてまわっている。あの頃は何時間そこにいても全く平気だった気がする。やっぱり買い物には、見ているだけの楽しみ、というのがあるのだ。その商品のパッケージやら装丁やらを見て、その中身だとか、それを手に入れた自分だとかを頭の中に想像したりするのだ。ぼくはひとつのゲームソフトに目を留め、その箱を手に取って眺める。赤いパッケージ。
 赤い? 赤いのってなんだ?
 そういえば、小さい頃はゲームが好きだった気がする。アクションもRPGもシミュレーションも好きだった。寄宿舎に入ってからも自作のパソコンの中にSNESのエミュレータを入れて、しぶとく遊び続けていたし。興味の対象はやや読書の方にずれていっていたけれど。



「ジェフ、何見てんの?」
 隣のネスが訊ねてきたので、ぼくは「なんでもないよ」と首を振り、買ったばかりのゲームソフトを大事そうに抱えながら親に手を引かれて歩いていく、今さっきすれ違った少年から視線をはずした。その親子はそのままデパートの人ごみの中を通り過ぎ、入り口へと消えていった。何故このモノトリー・デパートがこんなに人でごった返しているのかと言うと、つい先日までここは原因不明の休業をしていたらしく、それが今日にやってやっと開店したばかりなのだった。都会というのはよく分からない。
 ぼくたちは、吹き抜けになっている遥か上の天井を見上げながら、広々とした1階のフロア内を歩いている。
「さーて、ここまで大々的に買い物するのは始めてだからなぁ。気合入れるぞー」
 ネスは大きく伸びをすると、その言葉どおり胸の前でガッツポーズを作る。
「あのさ、前から気になってたんだけど、そのお金ってどこから入ってきてるの?」
 ぼくがふと疑問に思って訊ねると、
「あれ、まだ言ってなかったっけ。何か知らないけど、俺の父さんが毎日銀行の口座にお金を振り込んでくれてるんだ」
「へぇー」
「でもなんか、最近の振込み額がだんだん結構なものになってきてて、そこらへんはちょっと怖いんだけど……どうなんだろ」
「……ネスの父さんって、何の仕事してるんだ?」
「さぁ……」
 生返事を返すネス。
「え、知らないの?」
「一度母さんに聞いたんだけど、教えてくれなかったんだよね」
 それってどうなんだ、と思う。
 ネスと話しながら、2階へのエスカレーターに向かう。ふと、いつもならネスと騒がしいはずのポーラが今日いちにち黙りこくっていることに気が付いて、ちらりと後ろに目を向けた。ポーラは顔をうつむかせながら目を伏せ、ひとり黙りこくっている。
「ポーラ、どうかしたの?」
「――えっ?」
 ポーラは驚いたように言う。
「ううん、別に、なんでもない」
「気分でも悪いのかい」
「違うの。でも、その」
「でも?」
「……なんだか嫌な予感がして」
 おいおい予知能力者、とぼくは思う。
「何か、起こりそうなの? 今?」
「分かんない。でも、この建物、なんだか危ない気がする」
 ポーラが言う。そして、そういえば最初に来るときから、ポーラはデパートになかなか入りたがらなかった、ということを思い出した。
「さっきから言おうとしてたのはそれだったんだ」
「うん……」とポーラは頷く。「ジェフ、あのね、今のうちに言っておきたいんだけど」
「え?」
「……私の身に、もし何か起こったとしたら、そのときは、ネスをお願い。きっとあいつ、急にそんなことがおきたらきっと混乱しちゃうと思うから。でも自ずと道は開けるから、大丈夫」
「……?」
 ポーラの言葉に呆然としていると、前のネスから「ジェフ、どうかしたの?」と呼びかけられる。いや、ポーラが、と言いかけたとき、ふと後方から、ウィーン……ガラガラガラガラ、という、機械で何かがオートで動いているような音が聞こえてくるのに気付く。ちらりと後ろを振り向くと、入り口の自動ドアの辺りがなんだか騒がしい。背伸びして向こうを覗き込むと、ちょうど大きな音と共に、入り口の閉店用のシャッターが完全に閉まりきっていた。
「なんだありゃ」
 そう呟いたとき、ぐいと突然誰かに服の袖を引っ張られた。誰だと思って振り向くと、ポーラがさっきよりもさらに不安げな顔をして、振るえた腕で懸命にぼくの服の裾をつかんでいる。その様子は、何だかぼくを変な気分にさせた。ポーラが、ポーラがどこか遠くに行ってしまうような。
「……ポーラ? どうしたの」
「危険、だわ」
 さらに小さな声で囁く。
「ジェフ、わかった? 私のことはあまり心配しないで。だから、冷静に……」
「え、えっ? ちょっ、どうしたんだよいきなり」
 ポーラはぼくらに向かって首を振る。ぼくは戸惑いながらも、その様子を見守ることしかできない。
「早く離れて、ここから」
「えっ、だから、どういう……」
 ふと気が付くと、デパート全体がおかしくなっていることに気付く。いつの間にかすべての窓にシャッターが降りきっており、そとからの景色が完全に遮断されてしまった。デパートの中の人の何割かも、何かしら困惑した様子を隠せないでいる。しかし残りの人たちは特に何も気にしていない。
「ポーラ」
「――来る」
 その瞬間、ブレーカーが落ちたような音を立てて、建物内のすべての明かりが消滅した。

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