Chapter 6  てれか抱に楼天摩

 トニーはコンビニの棚のお菓子をあちらこちらと物色しては、ぼくの持つカゴの中にバンバン放り込んでいく。見ると、飲み物もちゃんときっちり確保しており、カゴの中に炭酸系と果汁系の2リットルペットが既に3本入っていた。
 段々と心配になってきたので、
「トニー、ちゃんと総合的な値段とか考えてる?」
 と聞くと、案の定トニーはそこで始めてハッとした顔つきになり、しょんぼりしながらカゴの中の物の値段を計算して、一部をすごすごと戻しに棚の方へ戻っていった。おいおい。
 ぼくはコンビニの窓から外を見る。店の前には今のクリスマスにふさわしい、子供の身長くらいの電飾に彩られたクリスマスツリーが立っていた。今は深夜なので客足はぱったりと途絶えており、店の中にはぼくとトニーの姿しかない。バイトの青年がモップを持って掃除をしながら、暇そうにあくびをしていた。


「あっ。また降ってきた!」
 会計を済ませて外に出ると、夕方には止んだはずの雪が再び降り始めていた。夜闇にぽつんと灯る街灯が、雪に霞んでぼんやりと淡く光っている。
「ホワイトクリスマスだねぇ」
 と、トニーが嬉しそうに言う。別に珍しくはない。それどころか、気温の低いこの地域では、12月ともなれば毎日雪が降っていてもおかしくないくらいの気候で、この時期になるといつもはしゃぎ出すトニーが正直よくわからなかったりする。
「トニーってさ、犬みたいだよね」
「え、何が?」
「別に……」
「なんだよなんだよー」
 トニーは眉をしかめながら、ぼくの隣に並んでまた歩き出す。
「でもさ、雪っていいよね。見てるとわくわくしない?」
「しない」
 即答する。
「そう?」
「その後の雪かきのこととか、路面が凍結することとかばっかり頭に浮かんできて鬱になる」
「うー、……でもでもっ、それって雪が降ってること自体に失望してるわけじゃないじゃん。嫌なのは雪かきとか道路が凍ることとかでしょ? 雪が降ること自体は、うれしいじゃん!」
「それはないなぁ」
「あぅぅー……」
 トニーは苦しそうに呻く。
「だっ、だってクリスマスだよ! クリスマスに雪なんだよ! すごくない?」
「別に」
「うぅー」
 トニーは何か憎たらしいものでも見るかのような視線で、ぼくのことを睨んだ。
 雪の降る量はさらにその勢いを増し、突然音を立てて北風がぼくらに吹き込んできた。ぼくとトニーは肩をすくませて、ダッフルコートのポケットに手を突っ込みながら、その寒さに耐えた。頬が風でちりちりと痛む。トニーは毛糸の手袋をした両手で赤くなった頬を両手で覆い、何故かどことなく嬉しそうに「ひゃーっ、寒いよー!」と叫んだ。
「――クリスマスってさ、あんまり、いい思い出がないんだよ」
 ぼくの言葉に、トニーはこちらを振り向く。
「そうなの?」
「うん。小さかった頃は、その時は父さんはなんか偉い大学の権威だったらしくて、いつも家にいなくて、休みの日は大抵自分ひとりか母さんと二人で過ごしてたんだ」
「へぇ……。さびしいねぇ」
 トニーは、ぼくの言葉に無神経そうに答えた。
「別に、そんなことないよ」とぼくは言う。「ほら、クリスマスになると、街角とかテレビのCMとかで、幸せそうな家族がみんなでクリスマスを祝う、みたいな光景がしょっちゅうあるだろ。ぼくの方は別にそういうの見てもなんとも思わなかったよ。――ほら、他は他だし、ウチはウチだろ。でも……」
 何でこんなこと、話そうと思ったのだろう。よく分からない。ぼくには何処か人に身の上を語る癖があるみたいだった。駄目な癖だ。
「……でも、母さんは、母さんはそういうのいっつも気にしてて、そのたびに『ごめんね』『ごめんね』って、悲しそうに言うんだよ。『今年も、家族一緒に過ごせないね』って」
 幼いころの思い出は、数えるほどしか思い出せない。これも、その数少ない記憶の中のひとつだ。そこから記憶がぷっつりと途切れてしまう。
 見上げると、暗く色のトーンを落とした鉛色の雪雲が見えた。雪は綿毛みたいにさらさらと舞い降りる。息が白い。
「だから、むしろそういうのが、すごく嫌だった。そんなの気にする必要ないのにって、母さんが気に病む必要なんて全然ないのにって、そう、すごく、思ってた……」
 話が途切れる。一息ついてから、ぼくがふと隣のほうを向くと、トニーは、何故か目に涙をにじませていた。
「……えっ、なっ、何で泣いてるのっ!? ちょっなっ、何で!?」
「あっ違ッ、違う! 違うよっ」
 トニーは慌てて涙を拭う。
「だって、だって、すっごい悲しかったんだもん……」
「感受性良すぎだって……」
 ぼくはポケットからティッシュを取り出して、トニーに渡す。トニーは持っていたビニール袋を地面に下ろし、びーと鼻をかんだ。
「……ジェフ!」
 突然、トニーが顔を上げて叫ぶ。
「なに」
「今日のクリスマス会、絶対楽しくしよう!」
 トニーは持っていたティッシュをぼくに返すと、地面のビニール袋を両手に掲げる。
「お菓子食べて、いっぱい騒いで、たくさん遊んで、朝まで夜更かししよっ、ね! 僕たちが寄宿舎で一緒の部屋になって初めてのクリスマス会なんだから! ほら!」
「ど、どうかしたの?」
 雰囲気に押され、思わずたじろぐ。
「僕が、代わりにジェフの思い出、作ってあげるんだから!」
 息を荒げ、声高に宣言される。
 思わず、噴き出した。
「え、なんか、変だった?」
「変だって! そんなくさいセリフ、今どき誰も言わないよ」
 ぼくが笑いながらそう言うと、トニーは頬をさっきよりもっと赤くさせ、照れて頭を掻いた。
「そ、そんなにくさかったかな……?」
「うん。もう信じられないぐらい」
「あぅぅー」
「いやー、トニーってなかなか大胆なんだねぇ、思わず感心しちゃったよ。いやーまったく」
「うー、うるさいうるさぁーい!」
 トニーは顔を真っ赤にさせて叫び、それからぷんすか怒って駆け出す。
「ふん、もう知らない! あんなこと言うんじゃなかった」
「冗談だって、冗談」
「ふーんだ、ほら、早く帰らないとみんなに怒られるよ!」
「はいはい」
 ぼくはトニーには悪いと思いつつ、心の底からの笑いを抑えながら、トニーの後を追った。


 これも昔の話だ。遠い遠い昔の話。

BACK MENU NEXT