「ガーン! そ、そ、そのダイヤモンドで払うって?! い、い、いーわよ。この契約書はやぶるわ。(ビリビリビリッ!)ダイヤのことは他の人には内緒よ。さぁ、トンズラブラザーズは今から自由の身よ! ……ま、このダイヤだったら、ごご、ごじゅうドルくらいだけど、大負けにしといてあげるから」

 結局ネスは、トンズラたちにそのダイヤを寄付してしまった。ぼく達とトンズラはお互いにわっと喜び合い、そのなかでオーナーの女の人だけが妙に挙動不振なのが面白かった。そんなダイヤなんてのは、ぼく達にとって必ずしも価値のあるものでもなかったし、そういうものはその価値が本当に分かる者のもとに渡っていけばいいのだ。ジョージさんたちには悪いけれども。
「またまた迷惑をかけちまったな」
「でも、おれ達のお人よしもこれで最後にするけど……ファンが待ってるから」
「もうワンステージだけ歌ってから、こことおさらばしよう」
「じゃ、行くぜ! ありがとうよ!」
 トンズラの面々は、とても晴れ晴れとした顔をして、5人で愉快に歌いながら開場の方へ戻っていった。メンバー達がすっかり言ってしまったあと、ぼくはネスにこっそりとまた、「本当に良かったの?」と聞いた。ネスはしばらくキョトンとしていたが、やがて、
「あぁ。トンズラのみんなも喜んでくれたし、変なオーナーもよくわかんないことになってたし……、まぁ、一件落着じゃねぇ?」
 と、笑った。

 そして、そのトンズラ・ブラザーズバンドのフォーサイド・ファイナルステージは、まさに言葉には表せないほどすばらしかったということを覚えている。
***
 自分はこのまま、世界を救う勇者をやっていていいのだろうか?と、今でもぼくは思う。その不安はまだ晴れない。おそらくそれは、永遠にぼくの周りに纏わりつき続けるだろう。
 ぼくはまたガウス先輩の言葉を思い出す。ぼくは果たして「積極的」に生きることができているのだろうか。ぼくはひょっとして、今の自分の中にあるその例の不安を紛らわすために、そうやって自分を適当に決め付けることで、「自分はそういう価値のある人間だ」と思おうとしているだけなのではないのだろうか。
 そもそも、積極的に生きる、とはどういうことなのか。考えれば考えるほどよく分からなくなっていく。そもそも、何で自分はこんなところにいるのかという不安が、何故ぼくの心の中にずっと渦巻いているのだろう。


「♪金、それは欲しいもの。金、とても欲しいもの。金、おれの欲しいもの。
 ♪金、それは欲しいもの。金、みんな欲しいもの。だけど自由はもっと欲しい」


 昔、トニーに向かって言った言葉を思い出した。自分がなんでこんな所にいるんだろう、なんてことを思うのは、一種の通過儀礼であり生理現象と言ってもいいわけで、そういうときは他に熱中することを見つけて、答えが見つかるまで現実逃避をしてどっしり構えていろ、と。
 それは賢い方法ではあるだろうが、決して正しい方法などではないだろう。本当はそういう個人にかかわる問題の答えというものは、他でもない、自分ただ一人にしか分かりっこないのだ。だからそういうことは自分で悶々と考え、答えを導いていくしかないのだ。他人に安易に答えを求めたり、それが簡単に分からないからと言って現実逃避をしたり、わざとシニカルに斜めに構えたりするのは、言うなればただの逃げだ。それ以外の何物でもない。


「金、それは欲しいもの。金、とても欲しいもの。金、おれの欲しいもの…」


 ぼくは目をつぶり、自分があのビジネスホテルの窓から、外のフォーサイドの夜景を眺めているのを想像する。あの光の一つ一つに、人間達一人一人の営みが確かに存在する。ぼくはホテルの窓から、その夜景の様子をじっと見下ろしている。
 そして、ぼくは、本当にここにいても良いのだろうか、と思う。


――いけないよ。

 耳の奥で、誰かが叫ぶ。

――君は、そんなところにいてはいけない。そこは君のいる場所じゃないよ。

 ぼくは、ただ窓の外の夜景を睨んでいる。
 耳鳴りは止まない。

――なにをしているんだ。早くそこからいなくなれ。いなくなれと言っているんだ。

 耳の奥で歌が聞こえる。優しい母さんの歌だ。ぼくは目を閉じる。母さんの顔は浮かんでこない。

――もうすぐ君の罪は裁かれる。あともう少しだ。だからもう一度言う。

 悲鳴が聞こえる。誰かの断末魔。女の人の声。甲高い泣き声。
 母さん?

――そこは、きみのいる場所では、ない。

 本当のぼくのいる場所は、いったい、どこなのだろう?
――第6部へ続く


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