フォーサイドのホテルの部屋に戻ってくる。部屋の明かりを点けると、こじんまりとした部屋にぎりぎりのスペースでベッドが2つあり、窓の外からフォーサイドの美しい夜景が望めた。ビル街の瞬くネオンと、通りに並ぶたくさんの街灯と、そこを通る多くの車の流れによって、色とりどりの地上の星空が描かれている。100万ドルの夜景とはこういうのを言うんだろう、とぼくは思う。もっと高いところに行けばさらによく見えるのだろうか。街の明るさのせいか、空の星はほとんどと言っていいくらいに見えない。
 ポーラは隣の部屋にいる。ネスはぼくと同じ部屋だが、部屋に着くなりどっと疲れが押し寄せたのか、ふらふらになりながら部屋に備え付けのシャワーの方を浴びに行ってしまった。ぼくは床に荷物を降ろすと、両手を広げながらベッドにどさっと倒れ込む。それからそっとため息をつくと、ちらりと窓の外に目をやる。
 窓の外からは、例のきらきらとしたモノトリー・ビルが容易に目に入る。ぼくは目を瞑り、今の自分の置かれている状況を整理する。頭の中がだいぶ疲弊している。でもぼく達はこれからのことをまた考える必要がある。ぼくは思い出していく。


おれが本当に3番目に強いこの穴のヌシだ。勝負してやる!
おれは2番目に強い穴のヌシより弱いが、4番目のやつより強い。おれの腕を試してみるか? 来い!
おれが正真正銘のナンバースリーのこの穴のヌシだ。本物の中位の強さを見せてやる!
ふっふっふ。お前は今までに、1番強いこの穴のヌシと、2番目に強いこの穴のヌシと、4番目に強いこの穴のヌシと、1番弱いこの穴のヌシと戦ったはずだ! おれが! おれが! 真の3番目に強いこの穴のヌシなのだ!行くぞ!



「……結局全部強さ同じじゃねぇか」
「ん? ジェフ、何か言った?」
「いや別に、独り言だよ」
 シャワーを浴びて戻ってきたネスに言われて、ぼくは意識を現実に戻す。


 残り4匹の巨大モグラをぼくらが楽々とのしてしまうと、ジョージさんは声を上げて喜んだ。
「化け物をのしちまったって?! ごくろうさんだったねぇ。……よし! この先はおれにまかせてくれ。バーンと埋蔵金を掘り当ててやるからさ! じゃ、おれ仕事の段取り決めてから始めるからね」
 ジョージさんは心なしか嬉しそうにしながら、愛用の巨大ドリルを片手にさっさと洞窟の先へと歩いていってしまった。ぼくらは一瞬ぽかんとしたが、日も暮れてくる時間になっていたので、一旦街へと帰ることにした。
 やっと坑道から外に出てくると、既にもう日は沈みかけ、まわりにいた野次馬達も興味がなくなったのかサッサと帰ってしまっていた。なのでぼくたちも仕方なく、弟のチュージさんに見送られるまま、歩いてゴールデン・ゲート・ブリッジを渡り、フォーサイドの街へと戻っていった。
 しかし、それから数時間して、ふたたびネスの持っていた携帯電話が鳴る。チュージさんからだ。
「ネス!さん! おれ、あの発掘現場のショージ・モッチーの弟のチュージです」チュージさんは荒くなった息を抑えるようにして、慌てながら言葉を発している。「埋蔵金は……、見つからなかった。――んですけど、ダイヤモンドが出てきたんで、ネスさんに渡すようにってショージ兄貴に頼まれまして」
 そう、ダイヤが出てきたのだ。


 ぼくはポケットから、チュージさんからもらった大きなビー玉くらいのサイズのダイヤを取り出して、部屋の天井にあるライトの明かりを透かしてみる。まだちゃんとカットされてもいないので、見た目的に言ってしまえばそこら辺の石ころにもかなり近い。
「これ、幾らぐらいするんだろう」と、ぼくはつぶやく。
「どーだろ」
 と、ネスは相槌を打ちながら、隣のベッドに腰を下ろす。それから、まだ乾ききっていない髪をタオルでゴシゴシと拭く。「なんか原石っぽいし、案外ただのニセモノだったりしてな」
 そりゃあ救われないな、とぼくは笑う。
「……でも、これ本当にトンズラに寄付するの? いいの?」
「あぁ」とネスは答える。既にもう固く決心した様子だった。「やっぱり色々お世話になっちゃってたしさ。言ってなかったかもしれないけど、幽霊に呪われてたスリークにもぐりこむことが出来たのも、もともとはあのみんなのおかげだったし。それに何より、目の前で友達が苦しんでるのに、そんな簡単に放っておけるわけないじゃん」
「へぇ、偉いなぁ」
「おいおいジェフ! 俺達、世界を救う勇者なんだぜ!? そんな感心してる場合じゃねぇだろーっての」
 ネスは、ぼくの言うことが理解できないかのように笑う。


 その判断が本当に正しかったのかどうか、ぼくには分からない。でも、ただひとつ言えることは、ぼくにはとてもそんな真似は出来ない、ということだ。
 これはもちろん褒め言葉だ。「自分の友達が苦しんでいるのに、そんな簡単に放っておけるわけがない」という言葉には、正直、少し感動した。たとえばそれがぼくだったら、そのトンズラのこととダイヤのこととは、思うに全く別の問題として考えただろう。仮にその2つの問題が頭の中で結びついたとしても、ぼくはきっとそうしない。ぼくは自分の利益のことをついつい考えてしまい、トンズラのことなんて気にせず、自分のためにそのダイヤを誰かに売ってしまうだろう。


 発掘現場のジョージさんについてもそうだ。彼はなぜぼく達に、その最後に出てきたダイヤをくれたのだろう。あの人は、あそこで発掘し始めてからきっと相当経っているはずで、その掘って掘って掘りまくった挙句に出てきたほんのすずめの涙ほどの宝を、その前後に偶然近くを訪れていたぼくたちにあっさりと譲ってしまったのだ。常識からすればまるで考えられないことだ。
 いつか、ぼくがジョージさんの穴に初めて入ったとき、発掘作業をしているジョージさんにぼくはサンドイッチをあげたことがあった。ジョージさんは美味しそうにそれを平らげると、「埋蔵金が出たら、全部お前にやる」と笑った。
 そのときジョージさんが本気だったかどうかは分からない。もともとその気だったのかもしれないし、実はその時は冗談だったが、途中で気が変わって、約束しちゃったしまぁ上げてもいいだろう、という安直な理由でぼく達にダイヤをくれたのかもしれない。それは分からない。
 そんなことぼくには出来ない。それが正しいのか、正しくないかすらぼくには分からない。


 未来からやってきたというあのブンブーンというカブトムシが、ネスを勇者に選んだその理由も、もしかしたらそういうことが関わっているんじゃないか、とぼくは思う。その、ほとんどの大人は忘れてしまった、未来にもほとんど残ってすらいない、その純粋さ、無垢さが、必ずや地球を救うだろう、とブンブーンは考えたのかもしれない。そして、その誰もが憧れる前向きさ、明るさは、必ずや多くの人々を魅了し、改心させ、導くだろうと、その類まれなるほどの強大な超能力をもって、かならずや『ギーグ』を打ち倒すだろうと、ブンブーンは考えたのかもしれない。このぼくがネスにこうやって導かれて来ているのも、その何よりの証拠だろう。このぼくやポーラや、ジョージさんやトンズラ・ブラザーズのナイスや、スリークの人々やどせいさんたちや他の沢山の沢山の人々を、その運命的な力で今まで導いてきたのが、その何よりの証だろう。

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