天井が低く幅の狭い、岩壁の薄暗い坑道を、ぼくらとジョージさんたちを合わせた合計5人で列になって歩く。先頭にジョージさんが歩き、ぼくら4人はそのジョージさんの後ろで先導されて歩く形になる。そうしてぼくらがしばらく歩いていくと、やがてジョージさんの言っていた例の「迷路」とやらの前ににたどり着く。ジョージさんはそこでぴたりと立ち止まる。
 ぼくらは促されるように道の先を覗き込む。向こうは電灯なんて点いていないせいで、完全な真っ暗闇がどこまでも続いているように見える。電気が通っていないならその先が暗いのは当たり前だが、その先に何があるかまったく判別が付かないのは結構問題だ。ジョージさんが言ったとおり、きっとその先は開けているのだろうけど。
「おい、本当に行くのか? ボウズども」ジョージさんが声を低くして言う。
「大丈夫だよ」
 ぼくの代わりに前のネスが頷き、リュックからバット(スリークで新調したものだ)を取り出して両手に構える。
「……ネス、勝算はあるの?」とぼくが聞く。
「いや、別にないよ。いつも通り戦うだけだ」とネスは言う。「でも戦ってみなくちゃわかんないだろ。幸い暗闇は関係ないし、あっちもこっちの戦力のことは知らないはずだから、五分五分だよ」
「え、暗闇が関係ないって、見えるの?」
 ぼくの問いに、ネスは頷く。「ポーラにだいたい教えてもらったから要領はわかる。力を目に集中して、コウモリみたいな要領で念動波の波を視覚に変換すればいいんだ……って、実感わかないか。んー、まぁそう難しくないんだけど」
 なんだか聞いた限りではものすごく大変そうに思うが、まぁネスが難しくないといっている以上そうなのだろう。もしくはネス自体が大変な能力の持ち主なのかもしれない、とぼくは心の中で思う。
 ほらよ、と突然、後ろのチュージさんの手が後ろからにゅっと出てきて、ぼくの手に何かを渡す。パッと見としては、やたらとメカメカしいゴーグルみたいな感じのもの。試しに着けてみると、向こうの暗闇の中に坑道の輪郭線が白く浮かび上がっている。赤外線スコープだ。
「こんなものあったんですか?」ぼくは思わず感嘆の声を上げる。
 チュージさんは、まさか本当に使うことになるとはね、と笑う。「そこの二人はどうやら闇なんてお構いなしらしいし……まぁ、まだ半信半疑だけどさ。俺は生まれてこの方、超能力なんて見たことないからさ。よく分かんないよ」
 そんなことぼくだって分からない。ぼくだって、ほんのつい最近彼らの冒険に加わったばかりなのだ。


 ジョージさんたちの言ったとおり、坑道の奥は入り組んだ岩壁の迷路のようになっている。天井も見上げるほどに高く、道の幅もかなり広い。赤外線スコープのおかげで内部構造の輪郭はある程度つかめるものの、それでも依然真っ暗闇であるという前提条件に代わりはない。まっすぐ続いていた坑道はやがてT字路にぶつかり、そこを左に行くと今度は十字路が待ち構えている。そこをさらにまっすぐ行くと、またT字路がある。ぼくは角を一つ曲がるたびに、その岩壁にナイフで印をつけることにする。それでとりあえずは迷う事もないだろうとは思うが、それでも目的の巨大モグラにはなかなか遭遇しない。
 5つ目の三叉路を通り抜けて、ひさしぶりの長い長い直線の坑道を歩いている途中、先頭を歩いていたネスがぴたりと足を止める。その後ろに歩いていたぼくはネスの背中にドンとぶつかって驚く。
「おいネス、どうしたん――」
「しっ」
 ぼくは慌てて口を塞ぐ。ぼくの方を振り向いていたネスは、また坑道の向こうをまっすぐ睨み返す。道はまっすぐまっすぐ進んでいる。が、その道の先になにか障害物がある。何かがぼくらの前に待ち構えている。でかい


 7、8mはありそうな巨大なモグラが、ぼくらの道の先で本当にもぞもぞと蠢いて道を塞いでいる。


 あまりの大きさにぼくらが目を見張っていると、巨大もぐらはその道いっぱいの体をこちらに向けて、ぼく達の方に鼻を向ける。ぼくらは固唾を呑んでその様子を見守る。
おれはこの穴のヌシだ
 モグラが喋る。ぼくらは耳を疑う。モグラが本当に口を動かして喋っている。
この穴には5人のヌシがいる。5人といってももぐらだから、正確には5匹だ。おれが思うには、おれはそのうちで3番目に強い。どこからでもかかってこい!
「わっ!」
 その3番目のモグラは、突然ぼく達に向かって風のように一瞬にして跳びかかってくる。
「ジェフ、スコープを捨てろ!」
 ネスが叫ぶ。ぼくは「えっ?」とうろたえるが、ネスのそういうとっさの行動には慣れているのですぐにスコープを取る。ネスが叫ぶ。
――PK・フラッシュ!
 突然眩いばかりの閃光が射して、ぼくは思わず目をつぶる。「ギャアッ」とモグラの叫ぶ声がして、そのあとドスドスドスドスドスとモグラの逃げていく足音がする。一瞬何が起こったのかぼくにも分からなかったが、とにかくネスがなにか超能力を使ったらしい。後ろのポーラが「逃がさないわよ!」と言いながらぼくを押しのけて前に出る。
PK・フリーズ・γ!
 骨が嫌な風に折れるグロテスクな音がして、モグラが逃げた勢いのまま地面に転がっていく。モグラは何度か痙攣していたようだったが、やがてピクリとも動かなくなった。ぼくはゴーグルを付けてポーラの方を見る。ポーラは肩で息をしている。
「案外、簡単に倒れちゃったな」
 ネスは警戒しながら足早にモグラに駆け寄っていく。
「力、結構消耗しちゃったんだけどね」とポーラ。まだ息が上がっている。「……試しに全開のパワーで撃ってみたんだけど、ずっとこのペースで向かっていったんじゃ、ちょっと辛いかも」
「ミサイル、出そうか?」とぼくは提案する。
「みさいる?」
「ミサイル。ペンシルロケットだよ。こんなときのために量産しておいたんだけど」
 ぼくの言葉を聞いて、隣のポーラが一瞬びっくりしたような顔になる。モグラの状態を確認していた向こうのネスは、「えっ、それって例のゲップー倒したアレだろ! それなら百人力だ!」と声を上げる。
「どうしたの、ポーラ」
「ううん」ポーラはまだキョトンとしている「……ジェフ、変わったなって」
「ぼくが?」
「うん、前はなんか、ゾンビみたいな顔して、すっかり自信なくしてたのに。でも、よかった」
 ポーラはそう言って笑う。ゾンビとは酷いな、とぼくは苦笑したが、でもそれと共に少し安心する。
 ぼくは変われたんだろうか。
 ガウス先輩の言うとおり、ぼくは前向きに生きていっているのだろうか。
 それは分からない。これに限らず、ぼくの周りはいつだって何も分からない事だらけだ。だけど、きっと多分これが「ぼくにできること」「ぼくにしかできないこと」だ。ぼくはそれを、時間の許す限り精一杯やるだけだ。多分、おそらく。

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