アポロ劇場を後にして、3人で再び大通りを歩く。だんだん日が傾き始めてきているみたいだった。ぼんやりとオレンジ味を帯びた日の光が、向こうの高層ビルのミラーガラスに反射して光る。人の流れは相変わらず空く気配を見せない。どうやらちょっと脇道に逸れないかぎりは、昼から夜までこの調子のようだった。
「……どうにかなんないのかなぁ」
 隣を歩いていたネスが、ふとぼくに向かって言った。
「なにが?」
「いや、トンズラのみんなのことだよ」とネスは言う。「騙されてオーナーにこき使われてる、って言ってたじゃん。だから、俺たちで何かできないのかなって」
「……そりゃあ無理だろう」とぼくは答える。「どれくらいのお金が必要なのか聞いてみただろ、ぼくら3人でどうにかできる額じゃないよ」

 トンズラの5人との話のあと、ぼくたちは詳しい事情を聞きに、オーナーさんの部屋にまでじかに直訴しにいったのだ。トンズラの5人は「無駄だぜきっと」と言ったのだが、それでもぼくたちは行かないわけにはいかなかったのだ。
 でも、いくらぼくたちが超能力が使えて、世界を救うほどに強かったとしても、子供であるぼくたちには、「大人の事情」というのはどうしようもないのだった。
「……そう、あなた達トン・ブラのファンなの。なーに? ……えっ? ダメダメ! このバンドは100万ドルの借金をウチにしてるの。契約を破ったら、お巡りさんにコラッてお仕置きされちゃうのよ。ホホホ、それとも、ぼくちゃん達、100万ドル立て替えてあげられるの? 埋蔵金でも掘り当てなきゃ無理よね……ホホホ……ホホホホホホホ!」

「こうなったら、意地でも埋蔵金掘り当てないと!」
 ネスは、天に向かって高く拳を突き上げる。
「いや無理だろ、どれぐらいの確立だと思ってるんだよ」
「でもゼロじゃないだろ!」
「いや、あくまで希望的観測だろそりゃ。0%だよ、確実に。悔しいけど、でもぼくたちにはどうしようもない」
 ぼくがそう言うと、ネスは泣きそうな顔をして「むぅー……」と黙った。
「それにしても、まさかとは思ったけど今回もとはねぇ……」
 横のポーラが言う。そう、彼らは前回も、ツーソンという街で借金騒動に巻き込まれていて、たまたまその街に留まっていたネスたちにそのところを助けられたらしいのだ。
「その時はどうやったの?」
「トンチキさんっていう、なんていうかな、ツーソンっていう私の住んでた街の……ボスっていうか、街を裏で牛耳ってるような人がいたのよ。その人が何でだか工面してくれて……。『何だかけっこう私に入れ込んでたらしい』っていう話も聞いたんだけど、どうなんだか」
 それってもしかして、実はすごい危ない人なんじゃないか?と思う。
「じゃあ、今回もその人に頼めばどうにかならないかな」
「うーん……、さすがに無理じゃないかしら。そう何度も頼むわけにも行かないと思うし、金額も金額だもん」
「そうだなぁ」
 ため息をつく。ネスはまだ悔しそうにうんうん唸っている。


 街の中でひときわ大きな、尖塔のようなビルがモノモッチ・モノトリーのオフィス・ビルである。人々には「モノトリービル」と呼ばれて親しまれているらしい。中のロビーは大理石の床が広がり、スーツを着た人々が忙しそうに通るたびに革靴がコツコツコツと音を立てる。ぼくらはロビーを横切って受付嬢のいるインフォメーションに行き、話しかける。ぼくらが歩くとスニーカーが静かでみじめな音を立てた。
「モノトリービルに何のご用でしょう?」
「あのー」ネスが身を乗り出す。「モノトリーさんに会うにはどうしたらいいんでしょうか?」
 受付嬢は一瞬キョトンとする。「……失礼ですけど、アポは取ってますか?」
「え、アポ?」
「アポイントメント、面会の約束です」と受付嬢は言う。言わんこっちゃない。「アポが入っていないと、申し訳ありませんが社長にはご面会できません。社長は多忙の身なもので」
「えっ、じゃ、じゃあどうやったら取れるんですか? 今取ります今」
「……まぁ、それなりの手順を踏めば面会はできますが、今すぐというわけにはちょっと」
「どれくらいで会えるんですか?」
「少々お待ちください」受付嬢は脇のパソコンでデータベースを調べている。「……実際には一ヶ月と3週間程度となっております」
「……」
 ネスは閉口する。ぼくはやれやれとため息をつく。
「ほら、ぼくの言うとおりだっただろ。だからやめろって言ったんだ」
「……じゃあどうすりゃいいってんだよ」
「どうするったって、知らないよ。これから考えるんだ」
「そんなこと言ってもさぁ」
「おい」
 ぼくたちが話していると、不意に後ろから声をかけられる。振り向くと、そこにはぼくらと同年代くらいの太った子供が立っていた。赤紫の悪趣味なスーツを着て蝶ネクタイを結び、ガムをくっちゃくっちゃと噛みながら、脇にはそれぞれ黒人のごっついボディーガードをつけている。
 その様子に気付いたのか、ネスがふっと顔を上げて、そっちを見て驚く。
「お、お前!」
「ウーララ、これはこれは、昔の貧しい友人の……」ポーキーと言われたそいつは、さも驚いたようにわざとらしく言う。「えーとなんてったかな……豚のケツ君……、じゃなくて、そうそう、ネス君! 物乞いにでも来たのかな?」
「知ってるの?」
 ぼくはネスの顔をうかがう。ネスはただ怪訝な顔で向こうを睨んでいる。後ろのポーラが少しだけ青ざめた顔をしているような気がする。
「ウーララ、ぼくが誰だかわからないのかな? ポーキーさんだよ。ぽーきー!」とそいつは言う。「今はモノモッチ・モノトリーのパートナーとして、政治や経済に関するアドバイスをしている生活さ。みすぼらしいガキどもがミスター・モノトリーの事をかぎまわってるという情報があったが……、ネス! 君だったのか?」
 情報が早い。確かにぼくらはあれから1,2日くらい、その最近になって力を持ち始めてきたモノモッチ・モノトリーという男について情報を集めている最中だった。「ボルヘス」という裏路地の方にある酒場に、モノモッチ・モノトリーが月に一度ほど出入りしているらしい、というところまでは頑張って何とか掴んだのだが、そこからは「ぼくたちが子供だから」という理由もあってあまりその先に踏み出せていなかった。ボルヘスの酒場。酒場は夜の、大人たちの場所だ。
 ネスはギリリ、とポーキーのほうを見る。
「……何でお前が」
「それはこっちのセリフだよ、よくこんなところまで来たもんだ」ポーキーは意地汚そうに笑い、頭の上の脂ぎった金髪をなでつけた。「ここはお前みたいなチビスケの来られるところじゃない、ぼくの視界から消えろ!」
 ネスは何も言わずに黙っている。ポーキーはそのネスの屈辱にまみれた顔を見、フンと鼻を鳴らして身を翻すと、ぼくたちの前を通り過ぎて回転ドアのある入り口へと向かっていく。去り際、横のボディーガードの一人が近づいてきて、「いいか? 2度とポーキーぼっちゃまの前に姿を見せるんじゃねぇぜ」と言って去って行く。ネスはその様子を目だけで追い、まだ黙っている。
「誰?」
「……ポーキーっていう、幼馴染だよ」とネスは言う。その顔には表情がない。「昔、俺の住んでた街で隣の家に住んでたんだ。まぁ、いろいろあったんだよ」
「でも、ただの幼馴染にしちゃあ様子がおかしくないか?」とぼくは言う。
「……」
 ネスは黙っている。

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