とりあえずネスを何とか落ち着かせて、そこらへんのブックストアでタウンガイドを購入してから(ガイドを買うっていうことは何だかその店の人に「自分は田舎物です」と言ってるような気がして、ちょっとだけ勇気がいるのだ。どうでもいいことだけど……)、ぼくらはそのトポロ・シアターという劇場に足を向ける。トポロ劇場は、大通りを曲がって道路の十字路に出たところの、そのカドに面するようにして建てられており、入り口のドアの上には「TOPOLO THEATER」の文字のネオンサインが光り輝いて……はいなかった。今はまだ昼をまわったばかりなのだ。
 数段ある広い階段を上って、2つある回転扉の1つから中に入ると、広いロビーに出る。床には一面に赤い絨毯が敷かれ、左手の壁には4窓あるチケット売り場が、右手には5つのチケット改札らしきものが見えて、改札に入っているチケット切りの人が中で駄弁ったりしながら暇を持て余している。周りを見ても、人はかなりまばらだ。正面の石切モザイクの壁には、さっき見た「VENUS LiveTour1999」のポスターがまた数枚貼られていた。
 ネスがチケット受付のところに駆け寄って、開口一番「あっあのっ、トンズラに会いたいんですけど!」と叫んだ。
「「何だそりゃ!?」」
 ぼくたちは、焦ってすぐにネスをそこから引き剥がす。
「アンタばっかじゃないの? そんなんで話通るわけないじゃない!」ポーラが言う。
「えー、だってさー」
 だってさぁじゃねぇって。頭弱すぎだろ。
 ぼくたちがネスを罵倒していると、受付の女性が「あのぅ、」とぼくたちを呼んだ。「あの、ネスさんとポーラさんですか?」
「へっ……、あ、はい?」
 急に名前が呼ばれたので、びっくりしてネスは答えた。
「ど、どうして俺の名前を?」
「いつか、ネスさんという方が訪ねてきたらお通しするようにと、トンズラの方々から言われていました。どうぞ、お入りください」
 そう言うと、受付の女性は窓口の奥を通って手前のドアからこっちにやってきて、ぼくたちを改札の奥のトン・ブラのいるところへと案内してくれることになった。これってもしかして、巷で言う「VIP待遇」ってやつじゃないか? とふと思う。コネってすごい。


 改札の奥、というか、赤い絨毯の敷かれた広くてお洒落な廊下の奥へと歩いて行くと、やがて廊下の先・右手方向に劇場の入場口が見えてきた。まるでソファのようなクッションの張られた重くて分厚いドアを開けると、普通のコンサート会場なんかでもよくあるみたいに、防音のために扉の向こうにもさらに同じ扉があって、しかし最初の扉を開けた瞬間に、劇場の中から心地良いドラムの音や、ピアノとかトロンボーンとかの音色がぼくたちの耳に聞こえてきた。
「リハーサルやってるんだ!」
 ネスがきらきらした笑顔でこっちを見る。
 会場の中は薄暗く、蒸し暑かった。ステージの上だけが明るくライトアップされており、そのステージの上によれよれのシャツとズボンを履いた(そしてなぜか全員サングラスの)、5人の男たちがいた。5人のうち2人、痩せていて鼻の下に髭を生やした(そしてサングラスの)男と、反対にがっしりと太っている(そしてサングラスの)男はボーカルのようで、後ろの演奏担当の3人と簡単な音合わせをしているみたいだった。
 隣にいたネスが、「トンズラのみんな!」と声を張り上げる。ステージに向かって一番下の席の方へと走っていくネスにぼくとポーラはまたしても置いてけぼりを食らい、自分たちも慌てて通路の階段を走って降りていく。ステージの5人はすぐにネスとぼくたちの様子に気が付いて、ボーカルの太った男が「おぉ、ボウズじゃねぇか!」とマイクで呼びかけた。早くもステージの下にたどり着いたネスに、5人はリハーサルを一時中断して、「おいどうした? こんなところで」と懐かしそうに声をかけながら近寄っていった。
「どうしたって、トンズラのライブを見に来たんだよ!」
「お! こいつ、うれしいこと言うてくれるやないか」もう一人の痩せた髭の男が変なエセ関西弁でしゃべりながら、ネスの黒髪の頭をわしゃわしゃと掻き乱す。ネスはうれしそうな顔でくすぐったそうにした。
「よく来たなぁ。いつからこっち来てたんや?」
「今日だよ今日」とネスは答える。「渋滞でバスが止まっちゃったから、砂漠を歩いて横断してきたんだ」
「はー! あの砂漠を越えたのか。やるなぁボウズ」後ろの、コントラバスを持っていた男が驚いて言う。「そりゃご苦労だったなぁ。熱射病とかになんなかったか? 夏風邪とか」
「うん、俺の友達が……って、そうじゃないんだ。実は、今日はもっと別な話をしに来て」
「別な話?」
 トンズラの5人の怪訝な顔に、ネスはこっくりと頷く。


 とりあえず立ち話もなんだ、ということで、ぼくたちはトンズラ・ブラザーズの面々の楽屋へと案内される。ぼくは彼らとはまったく初対面だったけれども、5人はとても気さくでフレンドリーで、不思議な信頼感があった。ネスが彼らとの再会を心から嬉しがっているのも、そこら辺が多く関係しているんじゃないかとぼくは思った。
 ぼくらの話を簡単に聞いたあとで、トンズラの面々は、ネスやポーラと同じく、そろって顔をしかめる。
「さぁなぁ。何か変わったこと、って言われても……」難しい顔をしながら、例の痩せた髭の男、ナイスは答えた。「まぁ、確かに10年くらい前にも1回フォーサイドには来たことはあるけども、ずいぶん昔のことだしなぁ」
「どんな些細なことでもいいんです。何か少しでも、気になったことってありませんか」
「あー、でもなんや、まぁビルは増えよったなぁ」
「あぁ、増えた増えた」
 ぼくの嘆願に、太った男のラッキーが言って、5人は互いに頷き合って笑う。
「そんなに増えたんですか?」
「あぁ、いや別に、そーんな大したことでもないんやけど」ラッキーが答える。「10年前も決して少ないわけやなかったんやけど、去年か一昨年あたりからその、なんやったっけ、……あれや、モノトリーさんっちゅうとこが、えらいチカラ持ち始めてからやな。ここらへんの潰れかかってたビルとかをぜーんぶ買い取って、それからあったらしいのをボンボン立ておったんや」
「その、モノトリーのことについては、何か分からないの?」後ろでポーラが聞く。が、ラッキーは横に首を振る。
「……あーいや、まぁ俺らかてそんな仰山こっち来とるわけやないし、それに……好きで来とるわけでもないんや。ここの劇場のオーナーにだまされてもうて、ニセの契約書でしばられて動けなくなってん」
「えぇっ、また!?」ネスが叫ぶ。
「また……て、まぁそう言われてもしゃあないけどな」
「歌は得意なおれ達だけど、金と女にゃ弱いのよー、ドゥワッドワッ♪」
 その後ろのコントラバスの男――こっちは「ゴージャス」――、がそう歌って笑う。
 なんていうか、のんきな人たちだと思う。いい意味でも悪い意味でも。
「あんたらにはずいぶん迷惑かけたのに、申し訳ないのう」
 さっきまで黙っていたドラムの男、グルービーが呟く。ぼくは「いや、いいんですよ」と苦笑して、それから「どうする?」、と3人で顔を見合わせた。

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