目が覚めると、もう午後になっていた。目の前のうっとおしいものを払いのけると、それはぼくの目の上に乗っかっていた濡れタオルで、額のビニールの中の氷もいつの間にか全部溶けてしまっていた。
 仮眠室の中を見渡しても、ぼくのほかには誰もいなかった。ぼくはそっとベッドから這い出して、仮眠室の外に顔を出して中を覗いた。外の部屋の事務所部分にはネスとポーラと、あと一人さっきのおじさんではない人(たぶん弟さんだろう)がお茶を飲みながら3人で話をしており、ふとポーラがこちらを見てぼくに気が付いた。
「あ、ジェフ。もう平気なの?」
「うん、おかげさまで」とぼくは笑う。それから「もう今すぐにでも出発できそうだよ」と冗談を言う。それで安心したのか、ポーラもネスもくすりと笑った。
「いやまぁ、もう少し休んでってくださいな。ちっこい家だけどさ」
 横の弟さん、チュージさんが言う。
「いいんですか?」
「いいよいいよ。男二人だけなんで、ちょっと寂しかったところだし。……まぁ、あいにくお茶くらいしか出してやれないけどさ。今食い物切らしてるんだよ。向こうの橋を渡ってフォーサイドまで買出しにいかないと……」
「あ、そういえば、ここで一体何してるんですか?二人とも」とポーラが聞く。そうすると、チュージさんは言葉を濁すように「あー、いや……」と言って、「まぁ俺はよく知らないんだけど、なんでも、埋蔵金があるらしくて」
「埋蔵金!?」
「うん。そこら辺の話は兄さんに聞いたほうが早いと思うよ……まぁ、興味があれば、だけどさ」
 興味があれば、というか、そんなのに興味を持たない人なんているのか。
 埋蔵金……埋蔵金? よりによって埋蔵金。なんだそりゃ



 外に停まっているユンボは、たしかに穴を掘るためのものであるらしく、その隣の発掘現場は既に荒々しく地面をえぐられた跡だった。しかもその一番下にさらにトンネルらしき穴が続き、発掘現場を下に降りて、その穴をくぐってしばらくいくと、やがてまわりの空気が割かしひんやりとした。が、それを感じる暇もなく、奥からガリガリガリガリガリガリ!となにやらひどい衝撃音がしてきた。何かと思って一番通路の奥に急ぐと、前に会った例のお兄さん、ジョージさんが、トンネル堀り作業の真っ最中だった。ドリルを両手で持って片足で支え、再びギャリギャリギャリギャリギャリギャルルルルオォン!と、物凄い音で岩盤を削っていた。
「すいませーん!」とぼくが呼びかけたが、ドリル音にさえぎられてジョージさんの耳には届かなかったようだったので、ぼくはより大きな声で「すいませぇーん!」と叫んだ。と、そこでようやく気が付いたのか、ジョージさんはドリルを停止させて、「おぉボウズ、もう良くなったのか」と聞いた。
「はい。おかげさまで」
「おぉそりゃよかった。何よりだ」ジョージはそう言って、手元のドリルをひとまず脇に置いて、こちらへやってきた。「いやぁ参った参った。こうウルセェのを毎日聞いてると、耳が慣れちまってどうもいけねぇな、ははは」
「あの、埋蔵金を掘っているって本当ですか?」
「え? あぁ、チュージから聞いたのか。本当だぞ」とジョージさんは言って、頬の無精髭をボリボリと掻く。「……なんでも、日本にあるトクガワ家ってとこの祖先が、内戦のゴタゴタでこっちの大陸に流れ着いてきてたらしくて、そのときの埋蔵金が埋まってるって話なんだが……、俺も最初は半信半疑だったんだけどよ、どうやら調べてみたら、なんだかかなり信憑性の高い話らしくてな……って、まぁ子供に言ってもわかんねぇか、ハハ」
「それで、見つかったんですか?」
「いんや」とジョージさんは首を振る。「でも、この穴はすげぇよ。いい穴だ。もともと人に頼まれて、ここで埋蔵金を掘り出してたんだけど……、途中から意地になってさ。なんとか見つけたいんだよね。腹減ったなー。なんか食い物を分けてくんないかな?」
「あ、サンドイッチとかでよければ」
「おぉ、ずいぶん大層なもの持ってるなぁ、……ん、ありがとよ」
 ジョージさんは、ぼくのリュックから取り出したタッパから、サンドイッチを一切れ掴み取ると、大きな口をあけてそれを一口で平らげ、もぐもぐと租借してからそれを旨そうに飲み込んだ。
「うわぁ、ありがとね。金をめっけたら、全部あんたにやるからさ」
「え? ……アハハ、どうもありがとうございます」
 ぼくは笑って頷いた。ジョージさんは汚れた手をペロリと舐める。
「ボウズたちはフォーサイドに行くんだろ?」
「え、あ、はい」
「それだったら後もうちょっとだ。あの例の渋滞は、どうやらバッファローの大群が横断してたせいらしいから、もう普通に戻ったし……、道路に沿ってもうしばらく歩けば、目の前に橋が見えてくるはずだ。それがゴールデン・ゲート・ブリッジ。……まぁボディは赤いんだけどさ。で、それを通り抜けると、もうフォーサイドだ。フォーサイドはすごいぞ、なんてったって摩天楼の町だからな。ビルの高さに眩んで、また熱中症になるなよ」
「そんなにすごいんですか?」
「あぁ。一回行ってみりゃ分かる。いかに自分が田舎モンかってのもな」
 ジョージさんの言葉にぼくは、ふーん、とただ頷くだけだった。やがてトンネルの入り口からポーラが「ジェフー、そろそろ行くわよー」と言ったので、ぼくは「はーい」と返事をした。
「じゃあ、どうもお世話になりました」
「おうよ、また来いよ」
 ぼくはジョージさんに礼を言って、ジョージさんも返事を返して、ぼくはその場を離れた。

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