Chapter 5  摩天楼に抱かれて

 幽霊の出なくなったトンネルをくぐって、スリークを出てオレンジ色のライトの照らす暗いトンネルの中をバスは走る。心地よいスピードでしばらく走って、少しして現れた眩しい光を放つ出口を通り抜けると、そこはまっさらに晴れた炎天の空だった。行く先に広がる赤茶色のただっ広い沙漠のなかに、まっすぐ一本だけコンクリートの舗装された道路が通っている。が、それを埋め尽くすようにたくさんの車が渋滞して並んでいる。ぼくたちだけが乗っていたバスもその渋滞の『ケツ』につながり、バスの運転手は窓から顔を出して、道の先を見渡すと、「あー、こりゃだめだ」と帽子を押さえて言った。
「渋滞ですか?」
「いやぁ、混んでる混んでる」と運転手は言った。「おれは運転が仕事だし、降りるわけにゃいかねぇけど、あんたらが降りちまって、砂漠を歩いていくのは自由だ。きっとそっちのほうがええ。ここは自由の国さ」
 ぼくたちはバスを降りて、太陽の光を反射するコンクリートの道路をよけつつ、その脇の岩だらけの砂漠をえっちらおっちらと歩いていくことにした。それにしても広い。辺り一帯見渡すかぎり砂漠だ。見上げると、ちょっとクドいくらいに青い空と、ぎらぎらに輝く太陽がある。その空の青と大地の赤茶が妙にコントラストっていて、逆に暑苦しい。青と赤茶の間の地平線のずっと向こうには、ゆらゆらと陽炎のように揺れるゴールデン・ゲート・ブリッジと、幽かなフォーサイドの高いビル群が望めた。
 道路に沿って、しばらく30分ほど歩いてみた。が、道路は相変わらずまだずっと続くようだった。横の車の流れはまるで動く気配すら見せない。ふと、暑さのあまり頭がくらくらしてくるのを感じた。なぜかまぶたが重くのしかかってくる。目の中でチカチカと、光っているものが見えたかと思うと、急にぼくは体のよろめきを感じて、思わずとっさにその場でしゃがみこんでしまった。
「ジェフ! どうした、大丈夫?」とネスが聞く。
「気分悪い……」
 ぼくは、正直な気持ちを口にした。ネスは「大丈夫か、熱射病かも」と言って、ぼくの横にしゃがみこんで、自分のかぶっていた赤いキャップをぼくに被せた。それからぼくの前にしゃがみこんで、くるりと後ろを向いてぼくに背中を貸してくれた。ぼくは為すがままにネスに負ぶさり、そのままネスは立ち上がって歩き始める。ポーラは大きなつばのある帽子をかぶっており、「大丈夫?」とぼくに向かって度々呼びかけてくれていた。
「暑いのは嫌いだ……」
「そう?」とネスは言う。「俺は夏は大丈夫なんだけどなぁ。逆に寒いのはすっごい苦手だけど」
「寒いのは、着込んじゃえば耐えられるじゃないか」とぼくは言う。これくらい口が動くなら、まだ大丈夫そうだと思った。「でも、暑いのは脱ぎ続けるわけにもいかないから、どうも駄目だ。生まれたところのせいもあるかもしれないけど」
「うーん、そうかぁ。俺も夏生まれだし、だから暑いのは平気なのかもなー」
「それって関係あるのか?」
「ないの?」
 しばらく歩くと、ずっと先に休憩所らしき小さなプレハブ小屋が見えてきた。その横には、工事なんかに使うユンボが一台停まっていて、どうやら何か掘る作業をしているみたいだった。プレハブ小屋の近くまでたどり着くと、玄関のところに「ドコドコ砂漠埋蔵金発掘本部」と書かれた看板があることに気付いた。
 ネスはぼくを負ぶったまま、ガラリと横開きの扉を開けて、小屋の中に入った。プレハブの中は小さな事務所のような内装で、仕事用のデスクが一つ二つ並び、その横にちゃんと応接用のスペースらしき場所も設けられている。ネスが「すいませーん、ちょっと休ませてほしいんですけどー」と奥の部屋に向かって呼びかけると、しばらくして、「おう、どうしたどうした」と、中から安全第一のヘルメットをかぶった50代くらいのおじさんが出てきた。
「すいません、友達の一人が熱射病になっちゃったみたいで、ちょっとベッドとか貸してほしいんですけど」
「うぉぉ、そりゃ大変だ」
 おじさんは別の部屋に向かって「おいチョージ、病人だ! 氷と濡れタオル持ってこい!」と呼びかけ、奥の「えっ? はーい」という返事を聞くと、「ささ、こっちだ」と言ってぼくらを案内した。奥の部屋はこじんまりとした仮眠室になっており、そこの2つあるベッドの1つにぼくを運んでくれた。
 さっき呼んだ別の人が、濡れタオルと冷蔵庫の製氷機に入ったままの氷を持ってくると、おじさんは「バカヤロウ、氷は別のに入れて来なきゃダメだろうが!」と怒鳴った。言われた人は「あっ、ごめん兄さん……!」と言って、あわてて濡れタオルだけテーブルに置くと外の部屋へ戻っていった。濡れタオルがぼくの閉じたまぶたの上に置かれ、さっきの弟さん(?)が水の入った洗面器と、ビニールに入った沢山の氷を持ってき(た音が聞こえ)て、氷がぼくの額に置かれると、みんなはようやく「ふぅ」と息をついた。
「まぁ、これでしばらく安静にしときゃ治るだろ」と、そのお兄さんのほうは言った。
「にしても、ボウズたち一体どうしたんだ。まさかこの砂漠を渡り歩いてきたわけじゃねぇだろ」
「いや、その通りです」
「うおっ!?」とお兄さんは叫ぶ。「こーりゃたまげた、そりゃー熱射病にもなるさね。まぁ、とりあえずゆっくり休みな。冷たい水もあるしな……、お前もしばらく寝てろ」
 お兄さんのほうが、ぼくの頭をポン、と叩く。それを合図にぼくもやっと安心して、ようやくぼくはじわじわと深い眠りに落ちていった。

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