ペンシル・ロケットとはいうものの、それはロケットというよりむしろミサイルである。というかそもそも、本来「ロケット」と「ミサイル」は同義語なのだ。その先端に衛星や精密機器や人間が積まれるか、TNTなんかの爆薬が搭載されるか、という違いがあるだけで。
 ぼくのリュックから発射されたペンシル・ロケットは、花火のような音を立てて貫通するほどの勢いでゲップーの眉間に突き刺さって、ゲップー自身が自分に刺さったのに気付くか気付かないかの瞬間に先端の火薬に引火し、思い切り爆発した。その勢いでゲップーの頭は一瞬にして爆ぜ、そのこっぱ微塵になった結構な量の(吐瀉物の)カケラがそこら一体に飛び散り、辺りは一瞬にしてゲロまみれになった。
「く、臭っせぇ……」
 鼻にツンとつくあの独特の胃液の臭いが辺りに漂う。その強烈な吐瀉物臭に、思わず顔をしかめて鼻をつまんだ。脳髄(?)を失ったゲップーの体は、もはやその「意思」が無くなったのか、原型を失ってどろどろと辺りに溶け出して、ただの嘔吐物になってしまった。ぼくはとりあえずホッと安堵の息をつき、さっき吐瀉物の海の中に沈みこんでしまったポーラを助けにいった。
「ポーラ、大丈夫か!」
 呼びかけてみるが返事はない(まぁ当然だ)。そのおどろおどろしい液体?半固体?の中に入るのに一瞬躊躇するが、戸惑っていても仕方ないと意を決して、ぼくはズブズブと腕を沈めて中を捜索することにした。手ごたえはすぐにあった。
 その腕らしき部分をつかんで思い切り引っぱり上げる。しばらくして、ようやっとポーラのからだ全体を引き上げることが出来た。ぼくはポーラの顔をペチペチと叩きながら名前を呼びかける。
「ポーラ、ポーラ? しっかり!」
 やがてポーラがゲホゲホと息を吹き返した。むせると同時に口の中からまたゲロゲロしいもの(これってゲップーのヤツなのか、それともポーラ本人の……いや、別にどうでもいいや)が吐き出される。ふぅ、っていうか全く、さっきからなんて下品な戦いなんだか。
 しばらくして、ポーラの意識が回復した。
「……ん、ぅんっ……」
「大丈夫かい? 気分はどう?」
 ぼくは呼びかける。ポーラは開口一番、
「……サイッテー」
 なるほど、そりゃごもっともだ。
「みんな、大丈夫かー?」
 と、後ろから、片腕をPKライフアップで回復しながら、ネスがこっちに歩いてきた。
「大丈夫じゃないわよまったく」とポーラが言う。「もうやだー、ゲロまみれ……」
「しかたないだろ、俺もだよ」
「まぁ、でもとりあえず一件落着ってとこかな……」ぼくはネスの方を振り返って、「なんか本当に嫌な終わり方だったけど。あ、どせいさんたちは大丈夫かな」
ぽえーん
「「「うわっっ!!?」」」
 気が付くと、また目の前にどせいさんが立っていた。
「あ、どせいさん、大丈夫だった?」
はい。げろもみんな、きえたみたいです
「ちっとも消えてないんだけど……」とポーラが言う。
「この場合の“げろ”って、手下たちのことだと思うけど」とぼくは答える。「……そうか、きっとここら辺の手下たちは、全部ゲップーの魔力か何かみたいなので動いてたのかな。だからその親玉のゲップーが消え去ったことで、その手下たちも消えた、ってことなんじゃないかな」
「お? じゃあ、例のゾンビだとか幽霊だとかも、全部いなくなったってこと?」
「さぁ、それは見てみないと分からないけど……」
「……グブグブ、ゲーゲ、ゲーゲ!」
 突然近くで声がして、ぼくたちは驚いて顔を見合わせた。
 声のした方を見ると、ゲップーの口の部分のカケラのひとつが、ぼく達に向かって愉快そうに語りかけていた。
「げ、ゲップー!?」とぼくは叫ぶ。
「ゲゲゲ、おれとの戦いは事実上引き分けってことだな。ゲ―――ップ!」ゲップーは雄たけびを上げる。「だが、ギーグ様が周到に仕掛けた『マニマニの悪魔』のせいで、大都会フォーサイドはゲロゲロ以上のひどいことになるはずさ」
「マニマニの……」
 悪魔。なんだそりゃ?
「ゲプッ、苦しみに行くがいいさ! ゲボゲボゲボ、ゲボゲボ、ゲロ――ップ!」
「うるせぇっ」
 ネスが立ち上がってバットを思い切り振り下ろした。ブチャッ!という音がして、そのカケラは完全に沈黙してしまった。
「……さて、じゃあ、戻るとしようか」
「そうね、長居は無用だわ。もうこんなところコリゴリ!」
 ポーラもうなづく。ぼくらは立ち上がって、出口に向かってゆっくりと歩き出した。


 サターン・バレーに戻ってきたところで「この汚れた服はどうしよう」と処置に困っていると、どせいさんたちは、ぼくらをなんとバレー内にある温泉に案内してくれた。崖を上へ上へと梯子を登って上がっていくと、てっぺんに辿りついたあたりで何やらプレハブ作りの建物を発見し、中に入ると玄関をあがってすぐ「男湯」と「女湯」に分かれていた(どせいさんに性別とかあるんだろうか……わからない)。
 中に上がろうとすると後ろのどせいさんに呼び止められて、どうやら玄関では靴を脱ぐらしい。靴下で中に入るのか? とぼく達は首を傾げたが、きっとそういうしきたりなんだろうと納得して、ぼくとネスは男湯、ポーラは女湯の方に入っていった。
 中の脱衣所で汚れた服を脱いで扉を開けると、温泉のあたたかな湯気ですぐに眼鏡が曇った。
「うわー、すっげー!」とネスが叫ぶ。仕方なく眼鏡を取ってから、中に入って辺りを見回すと、そこは岩で出来た立派な湯気のたった露天のお風呂があって、既にどせいさんが一匹そこにぷかぷかと浮いていた。どうやら共同浴場っぽいものらしい。天井はなく、その代わりに次第に薄くなりはじめた青い空がそこに広がっていて、ふと見ると周りはたくさんの竹を横に束ねて出来た高い敷居で囲まれていた。おそらくその向こうが女湯なのだろうな、と推測できた。
「おーい、ポーラ!!」とネスが向こうの風呂に呼びかける。しばらくすると「なーにー?」とポーラの声が返ってきて、ネスは「すっげーよなー!」と感動をあらわにして叫んだ。ポーラは笑って「そうねー」と適当に相づちを打った。
 入り口の扉の側に桶と椅子があったので、ぼくはそれを持って蛇口の付いた洗面台の方に向かっていって、そこに椅子を置いて腰を下ろすと体を洗うことにした。幸いボディシャンプーもシャンプーも常備されていたので持っていたタオルでごしごしこすっていると、後ろからザバーン!と水をかけられた。
「うわっ冷たッ!! なに!?」
「お背中お流ししましょうかー♪」とネスはニコニコしながらこっちに近づいてくる。「あ、ジェフが眼鏡取ってるの初めて見た気がする。新鮮だー」
「なーにが新鮮だよ。寝るときいっつも見てるでしょうが」
「うるせぇな、背中流すぞ素手で。おらおらおら」
「うわっ、ひゃっ、あはあはははは! くっくすぐったいってちょっとやめ、ははははは!」
「ちょっとー、男子うるさいぞー」
 向こうからポーラの野次が飛ぶ。なんかこういうの初めてだったし、楽しかった。


 すごく余計な話をしてしまった気がするぞ。いろいろと。

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