ぐれーぷふるーつのたきには、こわいやつ…。こわくて、ぴー! きもちわるい
 どせいさんたちの言葉を要約するに、どうやら『グレープフルーツの滝』に奴らのアジトがあるのは間違いないらしかった。そこにはどせいさんたちの仲間の何人かも連れ去られ、中でゾンビたちに強制労働を受けさせられているらしいのだ。しかし、そう簡単に奴らのアジトへ侵入することはできないという。中へ入るためにはどうやら俗に言う『合言葉』というものが必要であるようなのだ。
ひみつきち、ある、ぐれぷふつのたきのところ。あいことば、しってる、わし。げっぷーのこぶん『あいことばをいえ』という。そしたら、そのままだまって3ぷんまつんだ


 ぼくはグレープフルーツの滝の裏に鉄製のドアを発見すると、それを強く2回ほどノックする。すると、しばらくして中からくぐもったような声が聞こえてくる。
「合言葉を言え!」
 ぼくたちは黙って、じっと3分という時間が経過するのを待つ。ただ待つだけの3分というのは意外に長い。何度も時計を確認し、まだか、まだか、もしかしたら何か言った方がいいんじゃないか、と思い始めた頃に、鉄製の重い扉が音を立ててゆっくりと開かれる。
「よーし、入れ!」
 アジトの中は、廃工場だったものを改造したような、ちょっとした研究所のようなつくりをしていた。ぼくたちが入った所はちょうどエントランス部分の広いホールのような所で、壁は打ちっぱなしのコンクリートがむき出しになっていたし、高い天井からは何tでも吊り上げられそうなクレーンや鎖が釣り下がっていた。ホールの中央は吹き抜けになっていて、柵からその下の階を覗くと、おそらく連行されたのだろうと思われるどせいさんたちが、ベルトコンベアで流れてくるはえみつの包装加工をさせられていた(彼らはもともと腕というものがないのでどうするのだろうと思っていたが、そこは念動力でふわふわと瓶を浮かせながら、嫌々ながらもそつなく作業をこなしていた)。
 ぼくらの目の前には、なにか得体の知れないスライムのようなものがうごめいていた。大きさはぼくらの膝下にも満たないほどの、一目見た限りでは粘液状のなにかとしか思えない身体をしたその生物は、ぼくらを見て声を上げた。ぐちゃぐちゃとした粘液の真ん中に穴が開いて口になり、しゃべり始めたのだ。
「ゲップーさまの大好物の『はえみつ』を持ってきたのか?」
「あ、はい、そうです」とぼくは同意して、カバンの中からどす黒い液体の入った瓶を出す。とりあえずここは驚きどころなのだろうが、ゾンビやら化けテントやらどせいさんやら、色々なものを見てきてしまった今では、何だかもうリアクションする気力もなかったのだった。
「おぉ! そりゃまさにはえみつ!」彼は思わず感嘆の声を上げた。そして、ぼくの言葉に了解したのかそのスライムはうんうんと頷いて(少なくともぼくにはそうしたように見えた)、「よし、通れ。こぼさないように気をつけて行けよ!」と言った。
「はい。承知しました」
 ぼくがそう答えると、彼(性別があるのかどうかは知らない)は巡回かなにかの途中だったのか、またどこかへズルズルと這って行ってしまった。それを目で追って見送りながら、そういえば彼の体から何か変な臭いがしていたな、ということに今更ながら気が付いてしまう。そう、まるで――吐瀉物のような悪臭。
「ねぇ、さっきのアレ、変な臭いしなかった?」
 ぼくと同じ疑問に気が付いたのか、後ろで黙っていたポーラがやっと口を開いた。というか、彼の身体をさらによく観察してみると、彼の身体はじつは本当に『緑色の』『吐瀉物』で出来ていたのだが、それは敢えて口にしなかった。
 ぼくたちは、さらに歩みを進める。
「奴らの親玉はどこにいるんだろう」と、後ろのネスが言った。「可能性としては一番下の階ってのが一番確率高そうだけど」
「……んー、どうだろうねぇ」とぼくは歩きながら頭をめぐらせる。「まぁ、ぶっちゃけ推理に頭をめぐらせるよりかは、そこらへんの人に話を聞いてみるのが一番早いんじゃないかな?」
「えっ、ちょっ、何言ってんのよ!?」とポーラは激しく疑問の声を上げる。「こっちは仮にも忍び込んでやってきてるのに、どうしてわざわざ彼らの前に姿をあらわすみたいなことしなくちゃいけないの!? ……あ、そういえば、何でさっきもバレなかったの? こっちはどうしようどうしようってビクビクしてたのに」
「奴らの認識じゃ、ぼくたちは『ゾンビ側に協力している裏切り者の人間』ってことになってるのさ」
 ぼくは苦笑しながら答える。
「中にはそういう人間はいるし、っていうかそもそも『そういう奴』からぼくははえみつの情報を掴んだんだよ。それに、きっと彼らはそんな大してぼくたちに追求もしないと思うな。そもそも一般人がこんなところに入ってくるなんて不可能だし、それにたかが年端も行かない子供3人がこのアジトに潜入しに来たスパイだとは思わないでしょ。そんなにいちいちこそこそしていたらそれこそ怪しまれるだけだよ」
「うーん、そうなのかなぁ……」
 ポーラはイマイチ釈然としない様子だったが、ぼくは構わず、そこら辺で談笑をしていた2〜3人の例のスライムたちに話しかける。
「あのー、すいません」
「ゲーップ! ……なかなかゲップー様のような汚らしい音がでないなぁ……」微妙な話題で盛り上がっていたスライムの一人が、やがてぼくに気が付く。「ん? どうした」
「『はえみつ』の配達に来た者ですけど、ゲップーさん今どこにいらっしゃるか分かります?」
「あぁ、配達か。ゲップー様なら、たぶん下の階にある通路の一番奥の部屋にいると思うぜ。……だがなぁ、ゲップー様も確かにすごいけど、ゲップー様だってギーなんとか様の部下だっていうじゃないか。考えられねぇよなぁ……」
 彼はぼくに一瞥をくれてそう言うと、また仲間たちと妙な談笑にふけり始めた。
 ギーグのことだ、とぼくは直感する。ゲップーと言う親玉はやっぱりギーグの幹部の一人だったのだ。そして世界を『惨憺たる有様』にするためにゲップーにスリークを支配させ、自らの計画を邪魔しようとしたネスとポーラを監禁したのだ。
 しかし、そこでぼくはふと「あれ?」と思う。
 じゃあ、ギーグはなぜ、どういう理由でこの世界を恐怖のどん底に叩き落そうとしているんだ?
「ジェフ、どうかした?」
 後ろのネスに囁かれて、ぼくは自分の思考を現実へと戻す。ぼくたちはスライムたちと別れると、言われたとおりに下の階への階段へと向かってまた歩き出す。
 階を降りてしばらく行くと、やがて細い通路の突き当たりにぶつかる。そこにはとても大きな両開きのドアがあり、上の表札には『所長室』とかかれた札が掲げられていた。
 所長だって? ふざけるなと思う。
 ぼくは、強くドアをノックする。
「誰だ」
 部屋の中から、地を這うようなドス低い声が聞こえてくる。
「失礼します、はえみつの配達に上がりました」
「入れ」
 声の主がそう言うと同時に、静かに目の前のドアが開かれる。
 そして、ぼくはそいつを見た。

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