「あ……」
「あれ、ジェフも起きてたの?」とポーラが言った。
「ん、まぁね」
 ぼくがそう言うと、ポーラはぼくのすぐ横にまでやってきて、隣に黙って腰掛けた。
「ポーラも、眼が覚めちゃったのかい?」
「当たり」と言って、ポーラは照れたように笑う。「……はぁ、今夜は月が綺麗ねぇ」
「そうだね」
 ぼくは、ポーラと一緒に満月を見上げる。晴れた夜空を見上げるのは凄く久しぶりのように感じた。ぼんやりとした月明かりが、ぼくやポーラや、ほかの様々なものたちをやわらかく照らしている。
 ぼくはポーラの横顔を眺める。ポーラは満月から下界に視線を落とし、崖の上からどせいさんたちの建物の立つ平原を見下ろしている。ぼくと同じ細く柔らかな金髪が、月の淡い光を受けながら風になびいていた。
「こんなところに、ずっと住んでるのかしら。どせいさんたち」
「さぁ、どうなんだろうね」とぼくは答える。「……あぁ、でももしかしたら、本当に“ずっと”なのかもしれないね、彼ら」
「え?」
「ほら、古代種っぽいじゃないか」
 ぼくの言葉に、ポーラは半ば感心したように「あぁなるほど」という声を出す。
「……そっか、原初の民ってやつね」
 原初の民。はじまりの人々。
「古代のはるか昔からここに住んでいて、色々な文明が栄え滅んでいくさまをずっと見守ってきた、とかさ。ていうか、どせいさんっていうからには本当に土星からやってきたのかも知れないね。土星からの使者、地球の監視者、どせいさん」
「……へぇー」
「え、なに?」
「ジェフって、そういうことも考えるんだなーって思って」
 ポーラは感心したように頷く。
「心外だなぁ」ぼくは苦笑する。「ていうか、生まれてからそのセリフを言われたの2回目だよ。みんな見た目で他人を判断しすぎる」
「あれ、そうなんだ?」
「同じ寄宿舎にトニーってやつがいてさ。ぼくと同室のやつだったんだけど、『ジェフってもうちょっとマジメなのかと思ってたのに』って」
「そう、それよそれ」
「おいおい」
 ポーラは可笑しそうに笑う。どちらにしろ、本人を前にして言うセリフじゃないと思った。
「……あ、そうだ。ねぇ、どう? ジェフは」
 唐突に、ポーラがぼくに尋ねた。
「え?」
「私たちと会ってみて、どう?」
「……どう、っていきなり言われても」ぼくは苦笑する。「まだよく分かんないな。そもそも、世界を救うとかいう実感もないし」
「あ、やっぱり?」
「うーん――あぁ、でも」
「え?」
 ポーラが、ぼくの顔を不思議そうに覗き込む。
「やっぱり、そういうことを良いことに使えるってのは、いいことなんだろうなと思った」
「どういうこと?」
「ほら、例えばさ」とぼくは言う。「例えば世の中には、そういう力を使って悪さをする輩もいるだろ? だからそういう奴と比べたら、ポーラやネスみたいにこう、そういうのを世界を救う旅なんかに使える、ってのは、やっぱりいいことなんだろうなって」
「……そうねー」とポーラは頷く。「うん。やっぱり、環境の違いとはあるんじゃないかなと思うわ。私とかの親とか友達は、だいたいそういうのに寛大だったから」
「あぁ、なるほど」
 確かにそういうのはあるのかもしれなかった。
「でも、いいわよねー、ジェフは」
 不意に、ポーラがぼくに言う。
「え、何が」
「だってジェフってほら、すごい学校通ってたんじゃない」とポーラは続ける。「言っちゃえばエリートでしょ。格好いいなぁそういうの、憧れるっていうか」
「別に、そんなの何の役にも立たないよ」
「そんな風にいわなくても」
「本当の事だよ」
 本心だった。ずっと痛感していたことだった。
「ジェフ?」
「……反対に言えば、ぼくはそういうお堅い勉強なんか以外は何にも出来ないってことじゃないか。そりゃ勉強は出来た方がいいかもしれないけど、でもそんなことよりもっともっと出来なきゃいけないことってのがあるはずだろ。世界を救う人間のひとりとかだったら特にさ。それこそ超能力とか、身体能力とか、勇敢さとかが」
 ぼくは言う。止まらない。
「……自分で言うのもなんだけど、ぼくには何にもないんだ。力だって弱いし、超能力だって持ってないし。いつもは冷静ぶってるくせに、いざその時になると弱音吐いてまるっきり何の役にも立たないし、勇気もないし」
「……」
「だからさ、だから思ったんだよ。なんでよりによってぼくがこんな所にいるんだろうって。もっと他に適する人だってきっといたはずで、もしかしたらぼくが選ばれたのはちょっとした手違いだったんじゃないかって、本当はもっと別の強くて勇敢なヤツが選ばれるはずだったんじゃないかって、本当はぼくはここにいちゃいけないんじゃないかって、そう、そう思う時が、あるんだ……」
 ポーラは何か言いたそうにしながら、黙ってぼくの顔を眺めていた。複雑な表情だった。何か言いたいことはあるが、それを言葉にするのが難しい、というような。
「……えっと、その、こういう時、なんて言っていいのか分からないけれど……」
 しばらくして、ポーラが口を開いた。言葉をひとつひとつ慎重に選んでいるのが分かった。
「でもほら、その、きっと何とかなると思うのよ、私は。だって、やっぱりなんだかんだで『選ばれた』ってのは紛れもない真実なんだし、だったらきっと、ジェフにしかない何かっていうのがきっとあるはずだと思うの。きっとそうよ」
 ぼくにしか出来ないこと。そんなものあるのだろうか。
「ま、まぁ何にしろ、やっぱり思いつめるのは良くないっていうか、きっとジェフの思うように上手くいくわよ。実際ジェフが思ってるほど、あなたはそんな酷い人間じゃないから」
「……ありがとう」
 慰めの言葉は、気休めくらいにしかならなかった。そして次の瞬間、自分がすっかりただの愚痴吐きのみじめな奴になってしまっている事に気付いて、それ以上自分のことを言うのをやめる。こんなことは言っても仕方ないことだし、言われた方もどうしていいか分からないことなのだ。
「ごめん。変なこと言って」
「あ、ううん、気にしないで」ポーラは首を振った。「私のほうこそ、力になれなくてごめんなさい」
「いや、そんなことないよ。言っただけでだいぶ楽になったし」
「そう?」
 ポーラは心配そうにぼくの顔を覗き込む。その目に、自分のすべてが見透かされてしまいそうで怖い。ぼくは目を逸らし、それから気持ちを隠すために誤魔化し笑いをする。ポーラはそこから何か感じ取ったようだったが、ついにその事には触れず、「そっか」とだけ言って、静かに立ち上がった。
「……じゃあ私、そろそろ寝るね」ポーラが言って、微笑む。「ネスにこんなのバレちゃったら、何て言われるか分かんないし、なんて」
「おいおい」
 ぼくは笑う。そうしてお互いにさよならを言って、ポーラが帰ろうとしたときに、ふと思い出したようにまたポーラが振り返って、
「ねぇ、また話そう。こんな風に」
「え?」
「二人でさ。いいでしょ?」
 ぼくは心の中で「?」と思う。何故そんなことを言うのか分からなかったが、その次の瞬間に、また励ましてくれているのだと思い至る。それなら、その心遣いを無碍にするわけにはいかないな、と思い、断る理由もないのでぼくはOKの返事をする。ポーラはぼくの答えに満足したのか、「そっか。じゃあまたね」と言って、そのままホテルのある方へてくてくと帰っていった。
 ポーラが見えなくなってしまってから、ぼくは一気に力が抜けて、ふぅ、と肩を落としてため息をついた。やれやれ、とぼくは苦笑する。なんだかんだで、ぼくはただ誰かに愚痴りたかっただけだったのかもしれない。つくづく駄目なヤツだと思う。
 でも、いつまでもこんなことではいけない。こういう個人的な問題の答えは、やはり自分自身の中で見つけ出さなくてはいけないのだ。気分は晴れた、ぼくはただ、自分にできることをするだけだ。


ぽえーん
「……うわっ!?」
 ぼくの隣に、いつの間にかどせいさんがちょこんと腰掛けていた。
「い、いつから!?」
さぁ、どうでしょう
 こっちが逆に質問されちまったよトニー。まぁいいんだけど。
「あ、そうだ、どせいさん」
はいはい?
 思い切って、訊ねる。
「ここらへんにさ、ガラクタとかがいっぱい捨ててあるところとか、ないかな?」

BACK MENU NEXT