2
「……」
「……?」
――そいつは、なんというか、形容しがたいものだった。
ぱっと見からして体長は40cmくらい。肌色の丸っこい体の下に同じく丸い足が二つ付いていて、さらに本体には大きくでっぱった鼻と愛らしいつぶらな瞳があり、どこからが体でどこまでが顔なのかあまりよくわからない。頭の上には髪の毛が一本生えていて、小さな赤いリボンが結ばれていた。
むしろ、何、これ。
「こんにちは」
「えっ!?」
あちらが急に深々とお辞儀をしてきたので、ぼく達もあわててそれに習う。
「え、えっと、あの…」
「?」
そいつは首をかしげる。
なにか言いたいはずなのに、うまく言葉が出てこなかった。
「かっ、かわいい……」と後ろでポーラがささやく。「ね、ねぇ、抱きしめちゃダメかな……」
「いやいやいや!」とぼくは首を振る。「ちょっとポーラ、こんな得体の知れないもの……。もしかしたらものすごく危ない生物かもしれないじゃないか」
「でも、全くそうは見えないんだけど……」
そりゃ確かに。
バットを構えてそいつと対峙しているネスの脇を通り抜け、ポーラが恐る恐るそちらの方に近づいていく。一方で、そいつはまるで微動だにしない、というか、こちらを全く警戒していないようだった。
「ねぇ。あなた、誰なの?」
ポーラが、しゃがみこんでそいつに訊ねた。
「じぶんは、どせいさんというものですよ」とそいつは答える。
「どせい、さん?」とポーラが尋ねる。「どせいさん、っていうのがあなたの名前なの?」
「はい、どせいさんです」とそいつ、どせいさんは言う。
「あなたって、もしかしてここに住んでるの? お仲間さんとかは?」
「このさきです」
そう言って、どせいさんは袋小路を振り返る。
「この先……って、何にもないじゃん」とネスが言う。確かに、そこは岩壁の行き止まりだった。すると、どせいさんはその壁に向かってぴこっぴこっぴこっ(本当にそんな音がする)と歩き出し、
壁を、すり抜けた。
「うわっ!?」
全員目を丸くした。
ネスが壁に駆け寄って、恐る恐る手で触れる。手は、まるで幽霊のようにすっぽりと中へとすり抜けた。
「なんだろうこれ……」と、ネスは呟く。
「さ、さぁ。ホログラムか何か、としか考えられないけど……」とぼくは答える。「中、どう?」
「ん、あんまり変わんないみたい」とネスは言って、そのまま好奇心のままにずぶずぶと中へと入っていく。「……おおぉー!?こりゃすげぇや!」
「えっ、ホント?なになに?」
「あ、ちょっと待てよポーラ!」
ポーラは、壁の向こうへ行ってしまったネスを追いかけるようにして、まるで吸い込まれるようにすっぽりと壁の中へと消えていった。
「……」
そして、そこにぼくだけがただ一人残された。
――なんか最近、ぼくだけ二の足を踏んでいる気がするのは気のせいか?
「まぁいいや、行こ」
ぼくは意を決して……否、半ば強制的に決されて、壁の奥へとしぶしぶ入っていった。
***
「うっ」
太陽の光がまぶしくて、ぼくは思わず視界を覆った。
「……ん、太陽だって?」
目を手で覆ってから、洞窟に入るまで、空はずっと分厚い雲で覆われていたのを思い出す。
洞窟に入っていた時間はせいぜい10分かそこらだし、そんな短時間でこんなに穏やかな晴れ間が覗く、ということはにわかには信じられなかった。
何かが変だここ、と思う。
崖に囲まれたただっ広い谷間の平原に、太陽の光がぽかぽかと照っている。そこに、ぽつぽつと幾何学的な形をした家(のようなもの)が数件ばかり立っていた。家は平原だけでなく、周りを取り囲む崖からも生えるようにして転々と存在していた。家の他には作り物みたいな木が数本と、間に合わせみたいな池が真ん中にぽつんとひとつあった。周りには、人らしき姿はほとんど見当たらなかった。
「ここが、あなたの住んでいるところ?」とポーラが聞く。
「はい、そうです」と、どせいさんは静かに頷く。「ここにみんないます」
「みんな?」
「あっ、あれ!」
ぼくがちょうど質問したとき、それをさえぎるようにして、ネスが向こうを指差した。
ぼく達は、あわててそちらに眼を向ける。
指差した先は、平原に建っている家のひとつだった。その家の後ろの影から、今ぼくの横に立っているどせいさんとまったくそっくりなやつが、ひょっこりと顔を覗かせていた。
「きゃーっ! またいたー!」とポーラが思わず歓声を上げる。
その家の影に隠れていたどせいさんは「?」と首をかしげると、そのままぴこっぴこっと足を鳴らしてこちらの方に近づいてくる。
すると、まるでそれに呼応するかのようにして、違う家の影から、崖の上から、木陰から、池の中から、たくさんのどせいさんがわらわらとこちらの方に現れてきた。
「うわぁぁっ!?」とネスは叫んだ。「すげぇ、出てきた出てきた!」
「……う、うわぁぁ……」
ぼくの今まで見たこともない生き物が、いや、地球のどんな人々でさえも眼にしたことのないであろう生き物たちが。
やってきたどせいさんたちは、ぼくらの周りに集まると、ぼくらに向かって「ぷー」「ぷー」と鳴いた。
「すごーい!すごーい!」ポーラは喜びまくりだ。「…ねぇねぇ、やっぱり一匹くらい抱きしめてもいいわよね?」
「いや、いいとか悪いとか、そういう問題じゃないんじゃないかな…」と、ぼくはポーラをなだめる。
「……なぁなぁ、こいつらがお前の仲間たちなの?」と、最初に出会ったどせいさんにネスがしゃがんで尋ねる。
「はい、ここはみんなどせいさんなんです」と、どせいさんは言う。「とりあえず、やすまれますか?」
「えっ?」
「おつかれでしょう」とどせいさんは言う。
「えっ、まぁ、疲れたといえば疲れたけど……」とぼくは答える。「休める場所とかあるのかい?」
「とまれるよん」
よん、って。いやまぁいいけど。