滝へと続く谷間の道を、3人で歩いていた。先頭をずんずん歩いているネスが、大声で何か歌 っている。その歌をネスの後ろで聞きながら、ぼくとポーラが並んで歩いていた。
 ポーラは苦虫をつぶしたような顔をしてネスを睨んでいて、ネスはそんな様子も知らず、陽気に歌い続けている。ぼくはその光景にただただ苦笑していた。その3人の愉快な様子と裏腹に、空はスリークを出たときから変わらず、ずっとどんよりとした曇り空だった。
「ちょっと、そんな下手なの歌うのやめてよー」
 いかにもうざったそうに、ポーラが呼びかけた。
「うわ、ひっでぇ!」ネスが振り返る。「なんだよそれ、人がせっかく気持ちよく歌ってるのに!!」
「ネスが気持ちよくたって、こっちは気持ちよくないの」とポーラは言う。毒舌だ。「ねぇ、ジェフもそう思うでしょ?」
「え、ぼくかい?」
 いきなり質問が振られたので、しどろもどろになる。
「や、ぼくは別に」
「ほら、ジェフもそう言ってるじゃねぇかよーっ」
「分かってないわねぇ。ジェフは優しいから、ネスに気を使ってるに決まってんじゃない」
「んだよ、違ぇーよ!!」
「違わないわよ!」
「あはは……」
 2人のやり取りに、思わず苦笑する。
 ぼくたちは、墓場の地下道を越えたところにある『グレープフルーツの滝』を目指して歩いていた。町を占領していたゾンビたちをゾンビホイホイで撃退したぼくたちは、その捕まえたゾンビたちから、どうやらこの辺りにゾンビたちの本拠があり、そこにやつらの大親分である「ゲップー」という奴がいるらしい、という話を聞きつけたのだ。ゾンビを送りこんだそのゲップーとやらが次にまた大きなアクションを起こす前に、いっそやつらに先制攻撃をかけてしまおうと、ぼくらはこの近くまでやってきたのだった。
 見上げると、高い空はいまだ灰色の分厚い雲に覆われていたが、それでも吹く風は心なしか生暖かかった。
「でも、ジェフってずいぶん落ち着いてるわよね。同い年とは思えないんだけど」
 怒って先にずんずん進んでいってしまったネスをさらりと見送りつつ、ポーラが言う。
「……そうかな、周りはみんなこんなんばっかりだったけど」
「あ、ジェフってウィンターズの寄宿舎に住んでたんだっけ」ポーラは納得する。「スノーウッドって言ったらすごいところだしねー。そっかー、頭いい人ってみんなそんなもんなのかなぁ」
「いや、そうでもないと思うけど……」
「まぁ、そうねぇ。でも、やっぱりあそこのおバカさんにどこかしら見習ってほしいっていうか……」
 いくらなんでも子供っぽすぎる、とポーラは言って、思わず笑ってしまった。
「――あれ……?」
 ぼく達の先頭をあるいていたネスが、地図を手にふと立ち止まって言った。不振に思い、ふたりでネスの方に駆け寄る。
「おっかしいな、道はあってるはずだよな……」
「どうかしたの?」
「道が分かれてる」
 ネスは、ぼく達の進行方向の先を指差して言う。
 見ると、確かに道が二つに分かれていた。進行方向の一方は、普通に川沿いの道が続いていたのだが、もう一方のほうは、突然ぽっかりと穴を開けた洞窟の方に向かって延びていた。
「地図にはなんて書いてあるの?」とポーラが訊ねた。
「え、んとぉ……」とネスは首をひねり、頭をボリボリと掻く。「か、川沿いのほう、かな?」
「何よ『かな?』って」
「だって、実際よく分かんないんだからしょうがないだろ」
「ジェフはどう思う?」
 またぼくですか。
「え、うーん」と、ぼくは少し考えたフリをした。「……ど、どっちでもいいんじゃないかな、どちらかといえば地図に載ってない洞窟の方も気になるけど」
「えー、でも明らかに獣道じゃなーい……」と、ポーラは嫌そうな顔をする。「まぁ、本当は私もどっちでもいいんだけど」
「え、じゃあ洞窟入ってみる?」とネスが尋ねる。
 ぼくらは頷いた。
***
「やだー、なんか怖ーい……」
 ジメジメとした洞窟を、3人で進む。先頭を歩くネスが片手に懐中電灯を持ち、行く方向を照らしている。
「――空気が流れてる」とネスが呟く。「やっぱりこれ、きっとどこかに繋がってるんだな。ていうか、本当になんで地図に書いてなかったんだろ?」
「ん、ちょっと待って」
 ぼくは、前方のネスを呼び止める。
「どした?」
「ちょっと照らしてみて、下」
 ネスは、懐中電灯の灯かりをぼくの足元に向ける。
 無数の、足跡だった。
「なにこれ、何の足跡?」
「少なくとも人間のじゃないだろうな。小さすぎる」とぼくは言う。「かといって猫とか狸とかの小動物のでもないし……、ていうか綺麗な楕円だなぁ。本当に足跡かな?」
「いや、でもちゃんと歩いてるみたいだし」
 見ると、確かにその足跡は、左右交互に続きながらぼくらの進行方向へと延びていた。
「ふむ、なんだろ。もしかしてUMA?」
「やだーもう、さっさと調べて戻ろうよー」と、ポーラが囁いたとき、


 ――カラン。


「……!?」
 ぼくらはびっくりして顔を上げた。
「何だ、今の?」
「石の転がる音だ」とぼくは答える。「……誰か、いるのか?」
「え、ちょっとやだ、怖い……」とポーラが思わず呟く。
「――しっ」
 ぼくは唇に指を立てて、話を制止させる。他のふたりも話すのを止め、息を潜めて物音の方向を探る。
「あっちかな?」
「だな」とネスが小さくうなづく。「行ってみよう」
「え、やだっ、帰ろうよぉ」とポーラが鳴きそうな声で囁く。
「今更引き下がれるかよっ」
 ネスは小さく捨て台詞を吐いて立ち上がり、小走りに音がした方へと走っていく。ぼくもあわててその後を追い、ポーラが後に続く。
 うわ、ていうか、ネス走るの早いって。
「こら、待てお前!」と、前方からネスの叫び声が聞こえる。角を曲がり、偶然あった袋小路にそいつを追い詰める。
「誰だっ!」
 追い詰めたネスが、ライトで袋小路の相手を照らす。そして後ろから、ぼくとポーラがあわててそちらを覗き込む。
 そして、暗闇の中から、そいつが顔を出した。




…ぽえーん

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