ぼくは、化けテントをもう少し調査してみると言ったネスたちを林に残して、一足先にテントに戻って布団の中にもぐっていた。しかし、今さっきあんなことがあった手前、もう眠気はさっぱりと消えうせていた。体にはまだ疲れが残っている。眠ってしまいたいのに、体のほうが何故かぼくの事を許してくれないといった感じだった。時刻はもう午前6時をまわっているが、外はまだ日は昇らずに暗いままだった。これも、やはりゾンビたちの仕業なんだろうか。
「ジェフ、どうしたの? 眠れない?」
 ふいに、声がした。枕から顔を上げると、ポーラがぼくの枕元に座っていた。
「あれ、ポーラ」ぼくは言いながら、枕元においていたメガネを手探りで探してかける。「ネスは?」
「まだあっちに残ってるわ」とポーラは静かに言った。「大人の人たちがたくさん来ちゃったから、わたしだけ先に戻ってきたの。ネスは一人でもきっとなんとかできると思うし、それに、ジェフもちょっと心配だったし」
「そうか」
 仲間に心配されている自分が情けなかった。やれるとこまでやってやる、と思っていたのに、全然かなわなかった。何にも歯が立たなかった。
「ジェフ? 本当に大丈夫?」
 ポーラが心配そうにぼくの顔を覗き込む。
「あ、いや、大丈夫だよ、心配ない」
 ぼくは首を振る。なんとか自分を奮い立たせようと、話題を振る。
「そういえばさ、ポーラはどうやってネスと出会ったの?」
「え、私?」
「あぁ。いやぼくってさ、君たちのことって全然知らないじゃないか。だから」
 ぼくの言葉にポーラは意外そうな顔をしていたが、やがて、それから少し考える。
「んーっと、話すと、結構長いんだけどね」
 ポーラは苦笑しながら語り始める。
「……実は、私の場合は、予知能力みたいなものが生まれつき備わってたの。いつの頃だったかな、今生きている時代からほんの少しあとの未来に、とてつもなく大きい『黒いモノ』が現れて、世界を破滅させる、っていうことを、ある日突然知ったの。たぶん小学校にあがるくらいのとき」
 ポーラはさらりとそう言い、それから少しだけ微笑んだ。
「……パニックになったりしなかったの?」
「そりゃあしたわよ」とポーラは言う。「でもそれと同時に、私がその世界の危機を救うことができるってこと、そしてこれからネスっていう仲間の少年が私のところにやってきてくれる、ってことも分かったの。それから、ずいぶんいろいろ悩んだんだから。両親にその事を相談したりして……。うちの親って、私のそういう不思議な力について薄々気付いてたし、そういうのには寛容だったから。私のいい相談役になってくれたわ。『そのこと、まわりの人に絶対言っちゃダメだよ』って。――それで、だんだんとその第1の仲間、ネスに会う日が近づいていったんだけど、だけど、」
「だけど?」
「ギーグの手下に捕まっちゃったの」
 ポーラは目を瞑る。
「正確には、ギーグに無意識のうちに操られていただけの、まったく無関係な人々だったんだけどね。突然口をふさがれて、意識がだんだん遠くなっていって、気が付いたら、どこか知らない小屋の中に、一人で閉じ込められてた」
 ポーラは記憶を1つずつ丁寧に思い出すように、ゆっくりと語る。
「わたし、とっても不安でたまらなくて、ネスに必死でテレパシーで助けを求めたりしたけど、それでも、何日かすると力も尽きてきて、わたしもう駄目かもしれないって、そう思った。だけどその時、急に小屋の扉が開かれて、そこに――」
 そう言って、静かに深呼吸する。
「そこに、ネスが立ってたの。ネスが、私のテレパシーを聞いて、その小屋まで一人で助けに来てくれたの。それが、私とネスとのはじめての出会い」
 ポーラは眼を静かに開き、遠くを見ながらため息をつく。
「あの時は、すっごくカッコよく見えたのにな……」
 彼女は彼女なりに、結構ガッカリしているようだった。まぁ分からないでもない。
「でも、それにしても、ネス遅くないか?」
 ぼくに言われて、ポーラはふと時計に目をやる。
「……たしかに、何だかんだ言ってけっこう時間経ってるわね。本当に大丈夫なのかしら」
「っていうか、これからぼくたちどうすればいいんだろう」ぼくも答える。「あいつらってギーグの手先なんだろ? だったらつぶさなければいけないだろうし。……というかそもそも、あっちのゾンビたちの規模も分からないじゃないか。大人の人の話だと結構な人数らしいけど、よく分からないし。もしそれが本当だとしたらあまりに多勢に無勢だよ。ぼく達だけでどうにかできる話じゃない。でも、肝心の大人たちもテントの中で震えてるだけだし……」
「あーあ、ゴキブリホイホイみたいなので一掃できたら楽なのにな」
「そりゃいいかもね」
 ぼくらは二人で苦笑した。――とそのとき、ちょうど急にどこからか、なにやら電話の着信のような甲高い電子音が鳴り出した。ぼくらは反射的にぴたりと話すのをやめ、お互いに顔を見合わせる。
「ん、なんだ?」
「ネスのリュックからだわ」
 ポーラが言う。ぼくは眉をひそめ、それからネスの黄色いリュックサックに目を向けた。確かに耳を澄ませてみると、どことなしにネスのカバンからその音が聞こえてくるのが分かる。ぼくはのそのそとそちらに近づいていき、リュックのファスナーを開ける。音源はすぐに見つかった。携帯電話だ。ぼくは黙ってそれを取り出す。
「ネス、こんなの持ってたんだ……」
「出てみれば?」
「え? そりゃまずいでしょ」
 ぼくは再び目を携帯の方に向ける。しばらく待ってみるが、電話はいっこうに鳴り止む気配がないようだった。ぼくは仕方なしに、思い切って電話に出てみることにした。「通話」ボタンを押し、電話を耳に当てる。
「もしもし?」
『――もしもし、アップルキッドです』
 まったく知らない人物だった。
『あれ、ネスさんですか? 声違いますね』
「あ、いや、ネスは今外出中で。ぼくはネスの知り合いで、ジェフっていいます」
『あー、なるほど。ぼくはアップルキッドです。発明家をやってます』
 発明家? とぼくは首をひねる。一度受話器を手の平で覆い、ポーラに向かって「アップルキッドって人知ってる?」と呼びかけた。
「知ってる知ってる。私たちの友達よ、それ」
「へぇ」
「私たちと大体同い年くらいで、自称発明家とか名乗ってる人。なんていうか、不思議な子よ。私がギーグに捉えられてた頃にネスと意気投合したらしいんだけど……。最初はすごかったわね、『タコけしマシン』っていうものを作って、『タコの形をしたものを一瞬のうちになんでも消しちゃう』っていう変な機械なんだけど、それが本当に消えるのよ。最初使ったときびっくりしちゃった」
「……」
 なんだそりゃ、と思う。
『あー、もしもし、続けていいですか?』アップルキッドが続ける。『変なものができたんですが、役に立つかどうか……。今度は「ゾンビホイホイ」っていって、これを使うとゾンビが集まるマシンなんですけど』
「はい?」
 ゾンビホイホイ?
『ゾンビってのは分かりますよね、あのホラー映画で有名な生ける屍です。……いや、この世にゾンビが実在するかどうかは分からないんですけど。えーと、この「ゾンビホイホイ」はテントのような場所の真ん中に置きます。テントはどこかにありますよね。……置いておけば面白いようにゾンビどもがくっつきますから。いっぱいとってください。地上にいるゾンビどもはたぶんこれで全部退治できると思います。さっきマッハピザの人に頼んだので近いうちにつくと思います。ゾンビなんて見たことないけど、もしほんとにいるとしたらこのマシンはきっと使えるはずです。またなんかあったら電話します』
 一方的にまくし立てられて、ガチャン、と電話が切られる。
「どうしたの?」
「いや……」
 後ろのポーラが聞く。ぼくはどう言っていいのか分からずにしばらく唖然としていた。
「おぉーいっ!!」
 そのとき、入り口から大きく呼びかけられた。
 見ると、ネスが大きな大人たちと一緒に帰ってきていた。片手で重そうな手提げぶくろを持ち、もう片方の手には何故か箱のようなものを抱えている。ぼくたちが気付くと、ネスはこちらのほうへ走って近づいてきた。
「いやいや、お待たせー」と、苦笑しながらネスは言って、持っていた手提げぶくろを下ろした。ガチャガチャとビンの揺れる音がする。「ちょーっと手間取っちゃってさ、遅くなった」
「それが例の『はえみつ』?」
「そうそう。あいつらにばれないようにするには苦労したぜー。なんてったって、見つかったら全部持ってかれちゃうかもしれないしなぁ。ていうかコレほんとヤバいぜ、匂いが。嗅いでみる?」
「いや、遠慮しとくよ……。で、もう一つのそっちは?」
 ぼくは、ネスの腕の中に抱えられているものを指差して言った。
「あ、これ?」と、ネスも箱を指差す。「いや、なんかさ、いまマッハピザの人からとつぜん渡されちゃってさ。『ゾンビホイホイ』っていう発明が完成した、とかアップルキッドの手紙が挟んであるんだけど。丁度タイミングよく完成したんだって。なんか上手くいきすぎだよな……まぁいいけど。だから、これをここらへんに設置しておけば、上手くすれば、スリーク周辺のゾンビを全部捕まえられるかもしれない」
「……」「……」
 ぼくとポーラは、同時に顔を見合わせる。
「それ、本当に効くの? 胡散臭くない?」とポーラは言う。
「んまぁ、今までだってそうだったじゃん」とネスは答える。「アップルキッドの発明だし大丈夫だよ。それに、使ってみなけりゃ分かんないだろ。もし効果があったらそれで越したことないし、なかったらなかったでそのとき考えりゃいいじゃん」
「そんなこと言ったって……」
「まぁ、でもあるならあるでいいんじゃないかな」
 ぼくは横から言う。そうだそうだ、とネスも通続いて頷く。ポーラはもう諦めて、『まぁ、なるようになるか』という顔をしていた。

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