本当に突然の出来事だった。それは比喩でもなんでもなく、本当にテントが『口を開いた』のだ。
「え?」
 まず初めに、テントに3本の横向きの亀裂が入る。位置的には、短い亀裂2本と長い亀裂一本が逆3角形を描くようにして存在している。その亀裂が開かれて、上方の短い亀裂2本はぎょろりとした眼となり、下方の長い一本は口となる。口の中には鋭いキバが並び、赤い口腔が覗けた。
「う、うわぁああぁああっ!?」
 恐怖のあまり、腰が抜けた。
 その『化けテント』は、口で息を吐きながらぼくを威嚇している。シャアア、と大蛇のような唸り声が聞こえる。
「う、うわあっ、くそっ、来るな!」
 さっきから体が動かない。必死にその場所から逃げ出そうと足掻く。
「くそっ、くそっ……、ん?」
 逃げ出そうと身体を必死に動かしていたところで、ふと気付く。
 相手はテントなんだから、こっちから仕掛けなければ、絶対に動くわけないわけで、別に襲ってはこないのだ。あぁそうか、と、高ぶった気持ちをひとまず落ち着ける。まだ心臓が高鳴っていた。
 しかしその直後、バキバキバキ、と何かが壊れる音が聞こえた。
「ん?」
 テントの中で何かが起こっている。
「おい待てよ、まさか」  建物の布生地を突き破って、中から何かが出てくる。

 腕が、生えてきている。

「……わ、わぁぁあああぁあ!?!」
 このままでは、確実に殺されると思った。
 また何かが壊れる音がする。足も生えてきているのか。
「そうだ、」
 必死にすがるように、カバンの中を漁りはじめる。何かないのか、何か、と思ったとき、ふと手ごたえがあった。以前に感じたような、重厚な冷たい手ごたえ。
 エアガン!
 慌てて取り出す。『化けテント』はすでに手足も生えそろい、こちらに向かって襲い掛かろうとしている。撃鉄を起こし、一気に引き金を引く。
 耳をつんざくような爆裂音。
「う、うわぁっ!?」
 打った衝撃に耐え切れずに、後ろへ転がり込みそうになる。あわてて体勢を立て直して、化けテントの方へ視線をやる。
 テントの生地に穴が開いていた。でも、それだけだった。テントはぴんぴんしている。まったく効いていない。
 化けテントが、怒り狂って牙をむく。天に大きく吼えながら、手足を使って獅子のようにこちらに向かって飛び掛かった。
「うわぁぁああっ――!」
「伏せて!」
「え?」
 どこからか声がした。聞き覚えのある声。
「PKっ、ファイヤーっ!!」
 その言葉が発せられた瞬間、化けテントに一瞬バチリと赤い閃光が走った。かと思うと、化けテントの布の生地が、突然ものすごい勢いで燃え上がった。
 この世のものとは思えないような、化けテントの断末魔の悲鳴が上がる。
 ぼくは、どさりとそこに座りこんで、呆然とその光景を眺めていた。一体何が起こったのか、まるでさっぱり分からなかった。顔が熱い。炎が近いのだ。本物の炎。テントは燃え上がりながら、そのまま横に音を立てて倒れこんだ。紅蓮の業火が、動かなくなった化け物の死体を焼き尽くそうとしている。バキバキッ、と火の粉が散る。
「ジェフ、大丈夫?」
 後ろから声をかけられて、ようやく我に返った。後ろを振り向くと、少しだけ息を切らしたポーラがぼくの顔を覗き込んでいる。
「ぽ、ポーラ?」
「よかった、無事なのね? 怪我はない?」
「あ、いや」ぼくは口ごもる。何でポーラがここにいるんだ?「……怪我は、ないよ」
「そっか……、あぁびっくりした、眼が覚めたらいきなりいなくなってるんだもの」とポーラはほっと胸をなでおろす。「それでネスと二人で街のほうに探しに行ったら、林の中から叫び声が聞こえて……」
「あぁ、そうだ。化けテントが襲ってきたんだよ」とぼくは言う。「眼があって口があって牙があって、手足が生えてきてぼくに襲い掛かってきたんだ。そしたら、なぜか急に燃え出して…」
「あ、それは私がやったの」
「えっ?」
「あ、ポーラっ!」
 また声がして振り返ると、赤い帽子のネスがぼく達のほうに向かって走ってきていた。ネスはぼくのところに来て立ち止まると、背後の炎を見て「うわぁ、派手に燃えてるなぁー」とテントに向かって正直な感想を漏らした。
「あ、とりあえずヒーリングかけておくよ」
「ひ、ヒーリング?」
「よいしょ」
 ぼくの質問に答えず、ネスは意識を集中させるように眼をつぶると、ぼくの体に向かってそっと手をかざした。すると、その手から淡い光が発せられ、ぼくの身体を包みこんだ。
 体が、心なしか軽くなった。
「こ、これは?」
「あれ、そうか。ジェフに話してなかったっけ?」とネスが言い、そして続ける。
「俺達、超能力者なんだ」

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