「……ちょっと前の話なんだけど、『オネット』っていう街に、ある日突然隕石が落ちたんだ。けっこう大きなニュースにもなったんだけど……」
 それは知っている。ぼく達ウルトラサイエンスクラブにおいて、隕石の落下はけっこうな話題となった。軌道の方向からすると未知の大いなる惑星から降ってきたらしいだとか、隕石にはよく分からない金属が含まれていたとか、新聞やニュースで虚偽とも分からない情報に内心ワクワクしていたりしたのだ。だがそれも少しのことで、ある程度時間もたった今ではそんなことはもはや忘れ去られかけており、ぼくにしても「あぁ、そんなことあったなぁ」くらいな感じで覚えていたことなのだ。
「えっと、俺、実はそのオネットってとこに住んでてさ。それもたまたま隕石が降った場所に近かったもんだから、友達と一緒に歩いて隕石の近くまで見に行ったんだ」
 それはなんともうらやましい話だ。ぼくの友人にはウィルという、地学が得意で宇宙とか天体とかが大好きな少年がいるが、そいつにしてみればもう失神してしまうくらいの話だったであろう。
「そしたら、その隕石から、カブトムシが出てきたんだ」
 ここらへんから、話はいかにも電波な方向へと進みだす。
「厳密にいうとそいつはカブトムシじゃなくて、はるか未来からやってきた未来人らしいんだ。それでそのブンブーンの話によれば……あ、ブンブーンってのはそのカブトムシ未来人の名前ね。ブンブーンによれば、はるか未来の状況はもう惨澹たる有様らしくて、なんでもギーグっていう悪の親玉が、未来の世界を恐怖のビン底にたたき落として…」
 どん底、ね。
「あ、そうなんだ。それでその、恐怖のどん底に叩き落しているらしいんだよ。それでそのブンブーンは助けを求めに未来からはるばる今の時代へとやってきたらしくて、それでその未来の言い伝えによると、世界を救えるのはある3人の少年と1人の少女で、それが俺とポーラと、それからジェフ、らしい」
「……」
 ずいぶんと「らしい」の多い話だ。
「それで? どうすればぼくたちはその悪の親玉を倒せる、と?」
「あ、そうそう。ちょっと待って」
 ぼくの質問をあしらって、ネスは自分の黄色いリュックサックをごそごそと漁り出し、やがてこぶし大ほどの大きさの石を取り出す。
「それは?」
「音の石」
 ネスはその石を見ながら、静かに答えた。
 ごつごつとした黒っぽい本体に、端っこの方が緑と黄色にぽつんと輝いている場所があった。
「この世界には、8つの『自分だけの場所』っていうのがあるんだ」とネスは言った。「そこは選ばれた人にしか入ることが出来ない場所で、その8つの場所から『音』を集めれば、それがギーグを倒すことの出来る唯一の手段になるんだって」
 ますますよく分からない話になってきた。
「だから、その音を探して、この石に集めていくっていうのが俺たちの旅なんだ。ほら、ここが緑と黄色で光ってるだろ。これが行った『自分だけの場所』の数。今は二つ」
「へぇ、じゃあ、これからもっと色が増えるってことか……」とぼくは呟く。「それで、その旅にそのブンブーンって奴はは手伝ってくれないのかい? その人たちが手伝ってくれるに越したことは無いんだけど」
「……ブンブーンは、死んじゃったんだよ」
「死んだっ!?」
「うん」とネスは頷く。「その友達の母親に見つかって……、ほら、ブンブーンってカブトムシだから、そのお母さんゴキブリか何かと勘違いして、その、『死んで地獄へ行け!』って、スリッパで思いっきり」
「弱っ!!」
「『弱っ』ってさぁー。いやまぁ、ホントに意外なほどに弱かったけど……。でもすごかったんだぜ? 未来の追っ手の超能力を跳ね返したりとか、ただの体当たりなのに追っ手を吹っ飛ばしたりだとか、もうカブトムシだとは思えない力を発揮してさぁ、って聞いてる?」
 聞いてますとも。
 なんていうか、物理攻撃に弱かったのかな?
「ていうか、そんな話でついていく方もついていく方だと思うんですけど、どうなんですか」
「えっ、なんで私に振るのよ」とポーラは面倒くさそうに言う。「そうねぇ、なんていうか、運命っていうか、ついて行かなきゃいけないような気がしたのよね、なんとなくだけど」
「うーん」
「あ、それは俺も思った」とネスがすかさず口を挟む。「なんていうかこう、あらかじめ旅に出る事は決まっていたんじゃないかっていう感じがするんだよな」
「……」


 それは、確かにそうかもしれない。確かにぼくはあの時も、そう心の強く感じたからこそ、こんなところまでわざわざ命がけでやってきたのだし。あの時は確かにそう感じた気がした。どこかあべこべなはずが、そういうものだと思わず納得してしまうような。なにかおかしいはずが、そうなのかと心の中で自己完結するような。
 まぁ、気のせいといえばそれまでなのだけれど。
「そういえば、世界を救う子供達ってのは4人なんだよね。あと1人は?」
「あ、そのことなんだけどね」とポーラが答える。「なんだかよく分からなかったけど、ランマに住んでる人らしいわよ」
「へぇー」
 ランマといえば、あの東の果ての果てにある王国らしいと授業で習ったっけ。なんだかリアルといえばリアルだ。人生と言うのはよく分からない、と思う。
***
 ――その夜、いつか見た夢の続きを見た。
「強く、強く生きるのよ、ジェフ」
 ぼくは母さんに抱かれている。ぼくは、母さんの朱く染まった腕に抱かれている。
「……おかあさん」
 夢だと分かっている。でも、それでもぼくは母さんに抱かれたままでいる。それはなぜかといえば、夢こそが母さんと会える唯一の場所になってしまったからだ。だからぼくは母さんの腕の中でじっとしている。
 母さんの顔は覚えていない。だから夢の中の母さんの顔は、いつもおぼろげだ。写真ですら見たことがないのだ。父さんは、母さんの写真はすべて捨ててしまったと言っていた。母さんの写真を見るとただ悲しくなるだけだから、と。だからぼくは母さんの顔は知らない。ただ、父さんがぼくにほんの少しだけ話してくれた、母さんのおぼろげな特徴だけは知っている。
 母さんのよく着ていた白いワンピース、長くて美しく風に揺れるブロンドの髪。ぼくと同じブロンドの髪。父さんは、ぼくは母さんによく似ていた、と話したことがあった。
 だからなのかもしれない。父さんが、ぼくに母さんの話をするとき、父さんはいつも途中で話すのをやめてしまう。途中で心の中にとどめていた思いがあふれ出てしまい、涙をこらえ切れなくなってしまう。母さんを思い出し始めるといつもこうだ、と父さんは言った。思い出したくは無いのに、これ以上つらくなりたくは無いのに、泉から湧き出る水のように止め処なくあふれ出てしまうのだ、と。
 だからなのかもしれない。
 父さんがぼくから離れていってしまったのは。ぼくを見ると、ぼくのブロンドの髪を見ると、ぼくの顔を見ると、思い出してしまうから。思い出すのは、辛くなってしまうから。
 だからなのかもしれない。
 母さんをこれ以上思い出さないために、アルバムの母さんの写真と同じように。
 ぼくは、捨てられたのだろう。

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